*愛姫-弐-*


 突然立ち上がったC.C.に、黒の騎士団幹部は驚いたように眼を見張った。
 黒の騎士団の首魁である“ゼロ”の側近くに常にある少女。見た目とは裏腹な落ち着いた物腰と洞察力は、誰もが…一部は不承不承かもしれなかったが…認めている所だった。
「ちょっと、C.C.どうしたのよ?」
 隣にいたカレンが声をかけるが、何もない空中を見詰めたままC.C.は、動かない。
 藤堂や扇らも心配したように、動かないC.C.を見る。
 と、突然C.C.が声をあげた。
「やめろ、V.V.」
「は?何?」
 カレンが頓狂な声をあげるが、C.C.はそれを意にも介さずに、空中を見詰めたまま、叫んだ。
「よくも………やってくれたな!」
 ただならぬ何かが起きたのだと、机を叩いたC.C.に、誰もがそう感じたが、誰も、言い出せなかった。


 ああ、何だろうか、この気持ちは………
 ぐるぐると、胸の内で沸き起こる薄暗い、憤りにも似た感情がわからずに、ルルーシュは持っていた書類の入った封筒を、握り潰さんばかりだった。
 星刻に抱きついている女が誰か、などどうでも良かった。けれど、そう言う場所に出くわしてしまった、と言うそのことが、酷く腹立たしかった。
 誰を好きになろうが、誰と抱き合おうが、あの男は別に自分のものでも何でもないのだから、構わない。
 そう。こうして憤りや腹立たしさを覚えるのはお門違いなのだと、それでも、その感情を留める事が出来ずに、ルルーシュはその場から踵を返そうとした。
 だが、気づいたらしい女が星刻から離れ、その様子に気づいた星刻が振り返った。
「ルルーシュ!?」
 一つ息を吐き出して、近づいてくる星刻へと、書類を突き出す。
「忘れ物だ」
「あ、ああ。態々持って来てくれたのか?」
「退屈だったからな」
 星刻が受け取ったのを確認して背中を向ける。送る、と言う言葉を無視してそのまま歩き出すが、追ってくる気配はない。
 そうだ。それでいい。自分のような人間に縛りつけられていい人間では、ないのだから。
 闇の世界を生きる人間では、ないのだから。
「初めまして、ルルーシュ」
「なっ………」
 突然声をかけられて、声を失う。いつの間にそこに立っていたのか、子供が一人、立っていた。
 床まで届く長い金髪に、紫色の瞳。けれど、どこか、存在感が薄い。
「誰だ、お前?」
「可哀想に。傷ついているんだね、ルルーシュ」
「は?」
「誰かに裏切られたの?嘘をつかれたの?悲しいよね、世界は。嘘と偽りだらけで、優しくない」
 一歩、また一歩と近づいてくる子供が手を伸ばし、ルルーシュの膨れた腹に触れる。
「ああ、きっと、女の子だね」
「女、の子?」
「そうだよ。きっと、君によく似た可愛い子が生まれる」
 じわり、じわりと、子供の声が耳から入り、脳内を侵食するように、滑り入ってくる。
 変だと思って視線を転じると、黒いローブを纏った誰かが離れた場所に居、その右目が、赤く輝いている。
 まさか………と思っていると、体から力が抜ける。
「少しお休み、ルルーシュ。きっと次に目が覚めた時、君は優しい世界にいるよ」
 だめだ、眠るな………そう思うのに、意思とは裏腹に、体からは力が抜けて、意識も閉じていく。
 瞼が下りて、その場にくたりと横になってしまったルルーシュの前にしゃがみこんで、子供は愛しげに、その白い頬を撫でた。
 倒れこむその瞬間、それでも腹を守るように前のめりにはならなかったルルーシュに、心の中で拍手を送る。
「可愛いルルーシュ。マリアンヌに本当によく似ているね」
 黒いローブを纏った男を招き寄せ、ルルーシュを抱えるように言う。子供の力と背丈では、ルルーシュを抱きかかえられなかったから。
 そこへ、足音が聞こえた。
「ああ、邪魔者が来る。早く行くよ」
「はい」
 ローブの男がルルーシュを抱え、子供が背中を向けた時、角を曲がって現れたのは、星刻だった。
「っ!?ルルーシュ!貴様等、彼女を何処へ!!」
 剣を抜いた星刻が迫る前に、その姿が、忽然と消えていた。
「何、だと?」
 そこには、ただ、静かな廊下があるだけだった。


 急いで蓬莱島へ向かった星刻を出迎えたのは、C.C.の罵声だった。
「何の為に、あいつを貴様に預けたと思っている。ここよりは安全だと言う理由だからだ!」
「すまない」
「私の契約者に手を出して………奴らめ、許さないぞ」
 黒の騎士団幹部室。現在は辞したが、短い期間でも騎士団総司令の地位にいた星刻を怒鳴りつけるC.C.に、誰もが口を挟めずにいた。
「彼女を浚った連中に、心当たりがあるのか?」
「ああ。すぐに向かう」
 そう言うと、C.C.は、幹部室に設置されている通信機器を操作しだした。
 すると、そこに、一人の少年が映し出される。着用しているのは黒い学生服。柔らかそうなブラウンの髪色に、紫色の瞳の少年だった。
「ルルーシュが浚われた」
 画面の向こうで、少年が息を呑む。
『っ!?姉さんが!?何で!!』
「今、教団の位置はどこだ?V.V.はどこにいる?」
『な、何で、V.V.が姉さんを浚うの!?理由は…』
「そんなことは知らない。いいから早く教えろ」
 急かすC.C.に、少年が応える。そして、少年が動いた。
『僕もすぐに行きます』
 通信が途切れ、C.C.も動いた。








お姫様とは浚われるものだ、と言うわけのわからない私の中の確信がこう言う展開に。
ルルーシュを考えるとありえなさ満載なんですが。
もう今回のテーマ「ルルーシュがヒロイン」からしてありえなさ満載なので。
そんな感じにシリアスタッチで進めようと思います。
浚われたお姫様を助けるのは勿論王子様です。




2008/10/16初出