*愛姫-三-*


 目の前で散る、赤い花。次から、次へと、散っていく。
 折り重なる屍。顔の見える者、顔の見えない者、様々あれど、しかし、どれもが苦悶の表情を張り付かせ、恨み言を募らせる。
 飛び散る赤い花。流れ出す赤い花。白い手を汚す、罪の色。
 謝っても、謝っても、決して癒えることのない、傷。
 時が経てば忘れられると、痛みは和らぐと人は言うだろう。けれど、決して忘れることは、和らげることは許されないのだと、己に棘の鎖をかける。
 こんな自分に、幸せになる権利など、ないのだから。


 薄暗い地下空間の中、まるで祭壇に捧げられた生贄のように、石で出来た寝台の上へと横たえられた体。その昏々と眠り続ける白い頬に、涙が流れる。
「わかるよ、ルルーシュ。泣きたくなる気持ち。世界は嘘つきだらけで、優しくなくて、願ったものは手に入らない」
 子供は、眠るその頬に手を伸ばして撫で、涙を掬い取っては、口元へ運ぶ。
「君の涙は、辛いね。世界の苦しみそのもののようだよ」
 優しく話しかけ、時に触れる子供の下へと、黒いローブを纏った男が現れて頭を垂れる。
「何?」
 冷ややかな紫色の瞳が、膝をついた男を睥睨する。
「はっ。KMFが数機、こちらへ向かっています」
「そう。彼女を取り戻しに来たのかな。でも、渡すわけにはいかないなぁ。迎撃して」
「はい」
 ローブの男が下がったのを確認し、子供は再び目元を和らげ、手を伸ばす。
「もう少し、苦しいのを我慢してね。そうすれば、君が望んだ優しい世界が、君の目の前に現れるよ。ナナリーが望んだんじゃない。君の望んだ優しい世界が」
 近づいてくる足音に、優しく撫でていた白い頬から手を離し、子供は振り返った。
 そして、それまでの穏やかさが嘘のように、悪意の篭った笑みに、口元を歪めた。


 沈んでいく。何もない、白い、闇の中へ。
 もう、何も、考えたくない。


 顔の左半面を覆う、奇怪な仮面。膝をついて礼を取る男を見下ろして、V.V.は退屈そうに口を開く。
「ジェレミア・ゴッドバルト。君には当初“ゼロ”の抹殺を頼もうかと思っていたんだけれど、事情が変わった」
「事情、ですか?」
 男が顔を上げ、V.V.を見上げる。
「“ゼロ”を研究の対象にする。それで、この施設へ浚ってきたんだけれどね、連中が取り戻そうと、やってきているんだよ」
「それで、私に何を?」
「敵の中に、ここを裏切ったギアス能力者がいる。あいつの能力は厄介でね。キャンセラーを持つ君に、不本意だろうけど“ゼロ”を守って欲しいんだ。大切な研究サンプルだからね」
 V.V.の言葉に、一つ強く頷けば、満足したようなV.V.が、立ち上がる。
 “ゼロ”は、ジェレミアにとっては憎むべき相手だ。貴族としての地位、軍人としての名誉を得ていたジェレミアを、失墜させた憎むべき、相手。
 しかし、今、ジェレミアの中に、以前ほどの憎悪はなかった。理由は簡単だ。
 その正体を、V.V.から聞き、知ってしまったから。
 立ち上がったV.V.が行く先には、今まで足を踏み入れた事のない空間があった。何か、人工的らしい模様の描かれた壁。その壁から少し離れ、下がった場所にある石の寝台。そこに、細い体が横たわっている。
「ここは君に任せるよ、ジェレミア。僕は裏切り者の始末に行ってくる」
 そういい残して背中を向けたV.V.の姿が、その場から消えたのを確認して、石の寝台へ視線を戻す。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア様………」
 御名を呟いて、膝を折ろうとして、気づいた。
 横になっているルルーシュの腹が、いやに大きく膨れている事に。
「まさか、御子を、宿していらっしゃるのか?」
 その腹の大きさは、今にも生まれるのではないかと思われるほどの大きさで、そんな大事な時期のお体を、冷たい石の寝台に横たえるとは何事か!と、ジェレミアは両の拳に力をこめた。
 そして、V.V.の言っていた“サンプル”と言う言葉に引っかかりを持ち、仮面の瞳部分を開き、全てのギアスを無効化させる、ギアスキャンセラーを発動させる。もし、何がしかの能力でルルーシュがこうして寝かせられているのならば、これで解けるはずだと、そう思ったからだった。
 だが、ルルーシュは眼を覚まさない。眠り続けているだけだ。
 穏やかな、どちらかといえば微笑んでいるようにも見えるルルーシュの表情に安堵しながら、すぐにここから脱出すべきだと、地下施設からの逃走ルートを思い描く。
 この地下施設の中は、さながら迷路のようになっており、まだここへ来て日の浅いジェレミアには、全てを把握する事はできていなかった。
 だが、こんな日当たりの悪い場所に、いつまでも身重の体を置いておくわけにもいかないだろう。かといって、無闇にここから連れ出すのも、その体に負担がかかるのではないかと思い、動く事が出来ない。
 外から来ていると言う敵が“黒の騎士団”であろうことは想像に難くない。“ゼロ”を取り戻そうと言うのだから、そうなのだろう。ならば、彼らが外で大暴れし、V.V.やギアス能力者の眼を完全にそちらへ向けてくれれば、ここから脱出する事も可能に思われた。
 一番憂慮すべきは、ギアス能力者だ。どれほどの人数がいるのか、どんな能力者がいるのかが、まずわからない。幾らギアスキャンセラーを持つとは言っても、万能ではないのだ。気づかぬ内に背後からかけられる、と言うこともありうる。その際自動的に機械が反応して、キャンセラーが発動すれば何の問題もない。しかし、もしも、そうならなかった場合………
「いや、今は考えている時ではない」
 首を左右に振り、まずはここから………と考えていると、首筋に冷えた感覚があった。
「そのまま動くな」
 白銀に煌めく刃が、ジェレミアの喉元に、背後から当てられていた。








王子様の到着が少し遅れています(笑)
ほとんど話の主役二人が話さないと言う事態に。
いや、あの、次に出てきますから、大丈夫です。
お姫様を目覚めさせるのは勿論王子様ですから!大丈夫!(何が)




2008/11/6初出