*愛姫-四-*


 薄暗い地下に作られた施設。そこに足を踏み入れたC.C.は眉根を寄せて、溜息をついた。
「ここは、変わらないな」
 肌を撫でていく湿った空気、鼻を突く黴臭さに混じる薬品の匂い、沢山の気配がそこかしこにあるように思うのに、姿は見えない。
 陰鬱で、よい記憶など一つとしてない、場所。
 足を進め、目的地へと辿り着いて、苦笑する。
「久しぶりだな、V.V.」
 長い金の髪を鬱陶しそうに弄っていた子供が、驚愕に眼を見開いていた。


 溢れるほどの緑の中、腰を下ろした母の膝で、目を閉じる。
 とくん、とくん、と伝わる鼓動に、温かさが染みる。瞼を開けて、視線を上げる。
「ははうえ、もうすぐ生まれるのですか?」
「そうよ。そうしたら、ルルーシュはお姉ちゃんになるの」
「おねえちゃん」
 言われた単語がくすぐったくて、眼を閉じる。
 温かい、優しい時間。
 ずっと、ずっと、ここに………


 鋭い、白銀の刃。皮膚のすぐ上に当てられているのではないかと思えるほど怜悧なその色と、そこに乗る殺意に、ジェレミアは大人しく両手を肩辺りまで上げた。
「ゆっくりと、そこから離れろ」
 低い男の声に従い、ゆっくりと石で作られた寝台から離れる。その間も、寸分違われることなく、刃は首筋近くにあった。
 石の寝台から離れると、刃が下へと下ろされる。その隙に動こうにも、向けられる殺気の強さに、息を呑む。
 只者ではない、と、そう軍人としての勘が、ジェレミアに告げていた。
 下げられた剣の先が、ジェレミアの胸元へと向けられる。動けば斬ると、そう言われているも同じだった。そして、その剣先へ向けたジェレミアの視線が、その剣の形状がブリタニアのものとは違う事に気づく。見たことのない意匠の柄。どちらかと言えば刀身は薄く、幅は広い。
「そのまま下がれ」
 剣先を向けられ、後ろからようやく姿を現したのは、ブリタニア人でも、黒の騎士団と思われる日本人でもなかった。
「お前は………」
「喋るな。そのまま下がれと言っている」
 長い黒髪に、中華服にも似た衣服。ジェレミアはその姿を見ながら、一歩、また一歩と下がった。
「そこで止まれ」
 数メートル石の寝台から離れると、動くなと言われ、剣先は向けられたまま、男は逆に寝台へと近づいていく。
「ルルーシュ」
 名前を呼んで膝を折り、男の手から剣が離れる。だが、ジェレミアは動こうとは思わなかった。
 剣がすぐに取れる場所へと置かれていたからでも、男の体から立ち上る殺気がいまだ消えないままだったからでも、ない。
 この男が、ルルーシュへと害を成すようなことはしないだろうと、理解できたからだ。
 剣を握っていた手を伸ばし、ルルーシュの黒髪を柔らかく梳いて、安堵の息を吐き出した男が、首だけで振り返る。
「彼女を、どうするつもりだ?」
「私は知らない。だが、私自身は、その方に害を成す気はない」
「?」
「私はジェレミア・ゴッドバルト。かつて、その方………ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア様の暮らしていた宮に、仕えていたことがある」
「………オレンジ君か」
「その呼び名はもう古いな。それよりも、貴公は?」
「私は黎星刻。現在は“黒の騎士団”の総司令をしている」
「ならば、決して私は敵ではない」
 言い、一歩近づこうとすると、星刻の瞳が鋭く細められる。それを見て、ジェレミアは近づくのをやめた。
「………一応、ルルーシュ様にはギアスキャンセラーをかけてある」
「ギアスキャンセラー?」
「そうだ。私は、ギアス能力者。全てのギアスを無効にする事が可能だ。もしも、ここの施設の能力者に何かギアスをかけられていれば、全て無効になっているはずだ」
 ジェレミアの言葉を多少なりと信用したのか、星刻から殺気が少し薄れる。
「このような場所に長居は無用だな」
 星刻が立ち上がり、剣を鞘へ納める。
「何、してる………」
 そこへと、幼い子供の声がかけられ、ジェレミアと星刻は同時に、振り返った。
 そこには、頭から血を流すV.V.の姿が、あった。


 天井を突き破り、落ちてくるように着地した、金色のKMFと紅色のKMF。ヴィンセントと紅蓮の姿を見るなり、V.V.は裾を翻し、C.C.の前から姿を消した。
 地面にぽたぽたと血痕の残っているのを見ると、恐らく、崩落した天井の欠片が当たりでもしたのだろう。
『C.C.ルルーシュは?』
 紅蓮の外部スピーカーを通じて、カレンの声が流れてくる。
「今頃はあいつが見つけているだろう。外はどうだ?」
『大した戦力はここにはないみたいだから、陽動だけ』
「そうか」
 ヴィンセントのコックピットが開き、そこからロロが降りてくると、急ぐようにC.C.に近寄った。
「姉さんは無事なの?」
「気になるのか?」
「………」
「なら、行って来ればいい。私とカレンは先に外へ戻って、ここの連中をどうにかしよう」
 頷いたロロがヴィンセントのコックピットへと戻り、奥へと行くのを見届けて、C.C.はカレンの操る紅蓮の手の上へと乗った。
「行くぞ。ここの連中を宥めなくてはな」
『出来るの?』
「出来るさ。私はC.C.だぞ」
 それは何の理由にもなってないわよ、とカレンは心中でぼやいた。








ルルーシュに害を成す者には剣だろうと殺気だろうとがんがん向けるのが星刻。
ロロはルル大事で大好きな感じで。
ジェレミアは忠義な感じで。
お姫様をそろそろ起さないといけないんですが、もう少しかかります。




2008/11/9初出