*愛姫-六-*


 “黒の騎士団”本部の置かれている蓬莱島。一般の団員の目に触れることがないようにと、ひっそりと医務室へ運び込まれたルルーシュは、一向に眼を覚ます気配がなかった。
 何が原因かわからないと、ラクシャータも首を捻り、打つ手がないと、医務室を出て行く。室内に残ったのは、星刻とC.C.だった。
「少し、離れていろ」
「何故?」
「今ルルーシュに何が起きているのかを、調べる。その間、動くなよ」
 星刻がベッドの側から離れたのを確認したC.C.が、手をルルーシュの額へと置く。と、窓も開いていないのに風が起こり、C.C.の長い髪を靡かせた。
「そう、か………」
 呟いたC.C.が手を離すと、風は止み、室内はいたって普通の医務室へと戻っていた。
「黎星刻、後はお前に任せる」
「は?」
「呼び続けてやれ。今のこいつは、閉じこもってるんだ。今よりも幸せだった、過去に。だから、眼を覚まさない。現実を見たいと思っていないからな」
「何故………」
「ジェレミアがギアスキャンセラーをかけたと言ったな?だが、恐らくその処置が遅かった。ルルーシュは、自分の意思で、自分の中に閉じこもったんだ。キャンセラーをかけても眼を覚まさないのは、そのせいだろうな」
 わけがわからないと眉根を寄せている星刻に、C.C.が肩を竦めて医務室の扉に手をかける。
「夢を見ているのだと、思えばいい。幸せだった夢を。そして、その夢の中に、ずっといたいと願ってしまった」
「何故、私に託す?彼女の事は、君の方がわかっているのではないか?」
「何だ?幸せに出来る自信がないのか?」
「自信ならある」
「なら、問題はないな」
 部屋を出て行くC.C.に、のせられたのかと思いながら、椅子を引き寄せて座り、そっと、細く白い手を握る。
「ルルーシュ………」
 名前を呼びながら、合間に、額へ、瞼へ、頬へ、口づけを落とす。
「ルルーシュ、お願いだ………」
 ………眼を、覚ましてくれ………そう願いながら、そっと、唇を重ねた。


 温かな日溜りの中、まどろむように眼を閉じていると、名前を呼ばれた気がして、意識がゆっくりと瞼を押し上げる。
「はは、うえ?」
「なぁに?」
「いま、呼びましたか?」
「いいえ。どうしたの?」
「声が、きこえて」
「まあ。ここには私達しかいないのに、誰が呼ぶと言うの?」
「そう、ですよね………」
 再び眼を閉じようとして、やはり、遠くから聞こえる声。けれど、遠くから聞こえているはずなのに、とても近くから聞こえてくる気もして、不思議に思っていると、また、名前を呼ばれる。
 誰の、声だろう。聞いたことはないはずなのに、聞いたことがある気がする。それに、ひどく優しく呼んでくれている。
 ここは温かくて、ここにいれば安全で、何も怖いことなどないのに、どうしてこの声は、自分を呼ぶのだろう。
『ルルーシュ………ルルーシュ………愛してる』
「っ!?」
 優しくて、温かい、気持ちの篭った声。
「どうしたの?」
 何度も、何度も聴いた覚えのある、声。
「行かなくちゃ」
「ルルーシュ?どこへ行くの!?」
「ごめんなさい、ははうえ。行かなくちゃ」
 呼んでいる。自分を。何度も、何度も。だから………


 そっと唇を離して、頬を撫でると、長い睫が震えて、瞼が押し上げられる。
「ルルー………シュ?」
 ゆっくりと左右に動いた紫色の瞳が、微笑む。
「星、刻」
「よかった………眼を、覚ましてくれて」
「お、れは、どう、したんだ?」
「覚えて、いないのか?」
「ああ………何だか、ぼんやりと」
 布団の中の手を動かして、膨れている自分の腹に触れ、撫でる。伝わってくる鼓動に安心して、ほっと、息をつく。
「ここは、どこだ?」
「蓬莱島だ。今、ラクシャータを呼んでこよう」
「いや、いい。どこも、悪い所はない」
「だが、診てもらった方が………ルルーシュ?」
 瞼を閉じたルルーシュが、一つ息をつく。
「お前の声が、聞こえた」
「え?」
「何度も、何度も、名前を呼んだだろう?それこそ、うるさいくらいに」
 優しく、強く呼んでくるその声が、誰の声だとまでは夢の中の自分はわからなかったけれど、その声が、どこか、泣いているような気がした。だから、早く、側へ行かなければと、そう………強く、思った。
「うるさかったか?」
「少し、な」
 起き上がろうとするルルーシュの背に手を添えて、背もたれとの間に枕を挟んでやり、助け起す。
「ああ、そうだ」
 そういえば、と、今更ながらに思い出したかのようなふりをして、にっこりと微笑めば、その笑顔に、星刻が少し米神をひくつかせる。
「別に、浮気をするなとは言わないが、どうせするなら俺の知らない所で、見えない所でしろよ」
 凶悪な笑顔とともに、振り上げられた白い手が振り下ろされるのを、星刻は避けもせず、甘んじて受けた。








浮気してたわけじゃないんですけど、誤解させたならそれは自分が悪いからと、平手を甘んじて星刻は受けます。
ばれなければいいけどばれたら引っ叩く、みたいな、そんな感じです。
星刻の身体能力なら確実にルルの平手くらい避けると思いますから、そこはわざと受ける方向で。
って言うか、星刻はルル以外目に入れないと思うんですけどね。
後一話、で終わると思います。




2008/11/24初出