ブリタニア軍との大規模な戦闘がない時、黒の騎士団の者達が滞在している蓬莱島には、穏やかな時間が流れる。決して毎日を戦闘に明け暮れているわけではなかった。勿論、KMFの整備や戦艦の整備などには余念がないが、それでも、戦闘時と比べれば多少、静かだった。 だが、その日、蓬莱島の黒の騎士団本部、その幹部達が集中的に住んでいる建物の会議室に、珍客が訪れていた。 ジェレミア・ゴッドバルト。ブラックリベリオンよりも前、それこそまだ黒の騎士団がその活動の狼煙を上げる以前に、ゼロの知略により地位を奪われ、名誉を失ったブリタニア軍人が、単身武器も持たずに、乗り込んできたのだ。 ゼロを恨んでいるだろう、憎んでいるだろう男の突然の登場に、ゼロが席を外していて幸いだったと、誰もが思ったその瞬間、男は視線を会議室内へと巡らせて、口を開いた。 「ルルーシュ様は、どちらに?」 ゼロの正体を看破しているかのようなその言葉に、誰もが声を失った。 病室の扉が叩かれ、半分程扉が開いたそこに顔を出したのは、副指令である扇だった。ベッドの横で椅子に座っていた星刻を手招くので、ルルーシュに断り病室の外へと出ると、“ゼロ”に客人が来ていると言う。 「ところで、その頬、どうしたんだ?」 扇が、不思議そうに星刻の左頬が赤くなっているのに気づき、言う。それに、何でもないと返した星刻は、客人だと言う男と対面し、少しばかりの驚きを表情にのせたが、相手に敵意が皆無なのを受けて、病室の扉を開いた。 「ルルーシュ、君にお客様だ」 「客?」 不審そうに眉根の寄った顔が、星刻の立つ扉へと向けられ、その横に立つ男へと視線を滑らせて、全身に警戒を漲らせる。 「お前は………」 「ジェレミア・ゴッドバルトです、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下」 「っ!」 「私のお話を、聞いていただけませんか?」 「話、だと?」 一歩、室内へ入ってきたジェレミアが、そのままベッドへ近づいたかと思うと膝を折り、頭を垂れた。 「殿下。私に、貴方様をお守りする役目を、くださいませんか?マリアンヌ様をお守りできなかった私に、どうか、償いのチャンスを頂きたいのです」 「母、を?お前は、何を知っている?」 「お話します。私が知っていること、全てを」 ルルーシュは静かに、立て、と言った。 幼子が目を輝かせて、笑んでいる。 「それから、ずぅっとじぇえみあはかあさまをまもってるの?」 「そうですよ」 ルルーシュによく似た紫色の大きな瞳が、ジェレミアを見上げる。 「ねえ、じぇえみあ」 「何でしょう?」 「かあさまのおめめ、なおる?」 「必ず、方法を探しましょう。何か、きっと、あるはずです。私は諦めません」 眼帯を当てていなければ、誰彼構わず命令を下してしまう、暴走したギアス。母が眼帯を当てている理由を知っているわけでもないだろうに、目が悪いのだろうと推測して心配している幼子に、ジェレミアは力強く頷いてやる。 それに安堵したのか、幼子は固くしていた肩から力を抜いた。そこへと、声がかかる。 「あ!ここにいたのか!」 「かあさま!」 「ルルーシュ様」 扉から顔を出した姿を認めて、幼子が飛び起きて細い腰に抱きつく。 「またジェレミアの所にいたのか?仕事を邪魔したらだめだ」 「だってぇ」 「構いませんよ、ルルーシュ様。ちょうど、休憩する所だったので、有意義な時間を過ごさせていただきました」 「そうか?悪いな」 「ねえ、かあさま」 「ん?」 「じぇえみあはね、かあさまのことすっごいすきなのよ」 「お前………何話したんだ?」 じろりと、鋭い隻眼がジェレミアを睨む。それに苦笑しつつ、纏めていた報告書の一部を差し出した。 「以前お話していた、報告書です。一部ですが、先に」 「ああ、悪いな………管理をお前とロロに任せきりで」 「いいえ。あそこにいた子供達も皆、今は社会へ出ています。皆健やかに、成長しているようです」 「そうか」 「なんのはなしー?」 腰に抱きついたままの娘が見上げてくるその頭を撫でながら、苦笑する。 「仕事の話だよ。ほら、そろそろ星刻が帰ってくる。出迎えに行こう」 「はーい!」 走り出そうとする娘の手を掴んで、横に並んで歩いていく大小の後姿を見送り、ジェレミアは微笑んだ。 機械の体になったことを、疎ましいと一度も思わなかったといえば、嘘になる。だが、今こうして、この穏やかで幸せな空間を守るためであったのだとしたら、少しはV.V.に感謝をしてもいいのだろうかと、開いた屋敷の門を見て、思った。 そこに、何気ない家族の、親子の風景が、ある。 まるで、かつて緑溢れ、花の咲き乱れたアリエスの離宮のような、景色だった。 「おかえりなさい、とうさま!」 「おかえり」 「ああ、ただいま」 駆け寄る娘を抱き上げる父親と、寄り添う母親。そんな、当たり前だからこそ幸せで、穏やかな日常の景色。 ………マリアンヌ様、この風景を、是非、貴女様にも見ていただきたかった。 どこからともなく風に乗って流れてきた一枚の花弁が、広げられた書類の上を滑り、また、風に流されていった。 V.V.やジェレミアにも焦点を当てようとしたら何だか文章が増えてしまいました。 ルルーシュのこと、皇帝だってV.V.だってジェレミアだってロロだって、勿論星刻だって大好きなんです。 だから、皆に愛されて幸せになるといいのです。 ヒロイン=プリンセス=お姫様には、王子様が必須で、眠り姫は勿論王子様のキスで目を覚ますんです。 そこだけはどうしても書きたかったので、六話目に入れておきました。っていうか、そこが書きたかった! V.V.と皇帝は疲れちゃったので、教団放棄する感じで。 そしたらその後の教団はジェレミアやロロが引き継いで管理して子供達を社会に解き放つといいと思います。 2008/12/2初出 |