*酔郷-前編-*


 その日、合衆国中華所有の人工島、蓬莱島に置かれている“黒の騎士団”本部は、喜びに包まれていた。三ヶ月前に神聖ブリタニア帝国と、合衆国中華の間で停戦条約と和平条約が締結され、その後各合衆国との間で同条約が次々と結ばれた。そしてその日、とうとうブリタニアが侵略した各国との条約が全て、結び終えられたのだ。
 それまで、合衆国唯一の軍力として活躍してきた“黒の騎士団”だ。感慨もひとしお、と言った所だったのだろう。無礼講、と言うわけではなかったのだろうが、あちらこちらで酒が飛び交っていた。
 それは勿論、騎士団結成当初から活躍した古参の者達にも言えたことだった。多く日本人で形成されているため、日本酒、焼酎などが右から左へ流れていく。
 既に扇、玉城などは酔い潰れて自室へ引き上げ、千葉はよろよろしながらも転がった酒瓶を片付けている。黙々と酒盃を傾けているのは藤堂で、表情に変化はない。朝比奈とラクシャータは互いにけらけらと笑いあい、次々にボトルを空にしている。
 そんな部屋の中で、異彩を放っているのは、左目に革の眼帯をし、中華服を着た女性。横には、騎士団の服を着た青年が座っている。
「姉さん、大丈夫?」
「このくらい大丈夫だ」
 頬に赤味がさし始めているのを心配して、問いかける。だが、幾度問いかけても大丈夫だの一点張り。だが、段々と眼の表情が虚ろになってきている。
「ルルーシュ様」
 そこへ、仮面で顔の左半面を覆った男が、水と薬を持ってきた。
「何だ、お前まで俺が酔ってるとでも言いたいのか?」
 ぎらりと、右目が男を見上げて睨む。そして、グラスの中に残っていた半分程の酒を、一息に呑み干してしまう。
「姉さん、あんまり立て続けに呑まない方がいいよ。しかも、さっきから滅茶苦茶な呑み方………」
 転がっているボトルは、ワインからシャンパン、日本酒と、種類がばらばらだ。どういう順番で呑んだのか、何を自分が呑んでいるのか、下手をすればわかっていないかもしれなかった。
 そこへ、グラスを片手に近づいてくる姿。
「ちょっとぉ、ルルーシュ、呑んでるの?」
「呑んでる。カレン、お前目がおかしいぞ?」
「なぁにぃ?私が酔ってるって言うのぉ?」
 呂律が回っていないのだから、確実に酔っている、と誰もが思っていたが、誰も止めはしない。だが、流石に足元がふらついて上半身が揺れているのはまずいと思ったのか、朝比奈が近づいてくる。
「ほらほら、紅月、足元危ないよぉ」
 ラクシャータと呑み比べらしき事をしていたにも関わらず、顔も足元もいつも通りの朝比奈が、カレンを引きずっていく。カレンが引きずられていった方向では、ラクシャータが酔い潰れている。
 と、ぐらりと、細い体が倒れる。
「姉さん!?」
「んー」
 肩に凭れ掛かってきた姉の手元からグラスが落ち、中身が零れている。
「ジェレミア、何か拭くもの!」
 言われて、すぐに部屋を出て行くジェレミアを見送り、姉の手からグラスを取り上げ、服の裾に零れた酒をどうしようかと思案していると、白い腕が伸びてきて、ロロの頬を掴んだ。
「うひゃぁっ!?」
「んーロロの頬はマシュマロみたいだなー」
 赤い舌が、ロロの頬を舐め上げる。素っ頓狂な声をあげたロロに視線が集まり、ラクシャータが天井を仰ぎながら笑った。
「ゼロがロロ襲ってるぅー」
 ラクシャータの声に、千葉はようやく集めた酒瓶を全てその場で落とし、目撃した朝比奈は飲んでいた酒を吹き出し、藤堂の手からは酒盃が落ちた。
「で、殿下!」
「何だ、ジェレミア?」
 濡らしたタオルを持ってきたらしいジェレミアが、押し倒されているロロの上からルルーシュを引き剥がすように、失礼、と言って体を持ち上げ、ロロの横へ座らせる。
「殿下、お部屋にお戻り下さい」
「いーやーだ」
 言いながら、再びロロに抱きつく。
「んー違うなー」
「違う?」
 ロロを解放すると、今度はジェレミアの服を掴んで引き寄せると、抱きつく。
「殿下!?」
「これも違う」
「姉さん?何が違うの?」
「ん〜」
 ぐるりと部屋の中を見回し、ふらりと立ち上がると、覚束無い足取りで、部屋を横切る。
 すとん、と腰を下ろしたのは、藤堂の前だった。
「ル、ルルーシュ君?」
 ぐい、と襟を掴まれたかと思うと、細い腕が藤堂の首に抱きついていた。
「ゼ、ゼロ!?」
 朝比奈と千葉が上ずった声を上げ、ロロとジェレミアが急いで駆けつけて引き剥がそうとする。
「んー近い」
「だから、何が違うの?何が近いの!?」
 涙眼になったロロが、必死に姉を引き剥がす。だが、酔っているにも関わらず、存外強い力で抱きついているらしいルルーシュは、離れようとしない。そこへ、藤堂へ思いを寄せている千葉が加わり、藤堂を背中から引っ張ろうとする。
「姉さん、離れてー!!」
「殿下、お願いですから離れてください!」
「ゼロ!藤堂さんから手を離せ!!」
 楽しそうに喉の奥で笑っているルルーシュとは正反対に、藤堂は辟易したように千葉に引っ張られてぐらぐらと上半身を揺らしている。
 酔っ払いに絡まれては、歴戦の勇士も形無しだった。
 その大騒ぎに、だからこそ誰も気づかなかったのだろう。酒の匂いが充満したその部屋に、一人の男が気配も足音もなく、忍び入ったことなど。
 そして、低い、それこそ地を這うような声が、部屋の空気を一変させた。
「藤堂将軍、胴を真二つにされるのと、頭から真二つにされるのと、どちらがお好みだ?」
 冷ややかに藤堂を睥睨する男が、剣を構えた。












2008/12/2初出