*祝*


 出かけた両親を見送り、子供は紅葉のような手を下ろすと、横に立っている青年を見上げた。
「ロロおにいちゃ、だいどころいこう!」
「うん!」
 我先にと、二人は踵を返した。


 不機嫌な妻の横顔に、黎星刻は苦笑した。
「そんなに心配か?」
「当たり前だ」
「しっかりしてる子だ。大丈夫だろう」
「大体、どうして二人で出かけるんだ?あの子も一緒でいいだろう?」
「たまには、夫婦で出かけるのもいいだろう?」
 まだどこか納得していないような横顔に、星刻は冷や汗をかいた。
 ルルーシュは鋭い。思考回路が一体何パターン用意されているのかと思うほどに、先を予測してしまう。だからこそ、不用意な言葉を口には出来なかった。
 まさか、娘が今頃台所で奮闘している、などと言うことを口走ったが最後、すぐさま引き返すと言うに決まっている。それでは意味がないのだ。
 何故なら、今日は彼女の誕生日なのだから。


 蓬莱島にある、黒の騎士団本部の一室では、皇神楽耶が鏡の前でこれも違う、あれも違うと、引っ張り出した服が散乱し、それを端から千葉が片付けていくと言う光景の中へと、エースパイロットのカレンが顔を出した。
「そろそろ………って、まだ着替えていなかったんですか!?」
「まあ!だって、何を着ていくべきか悩んでしまうんですもの」
「もう何だっていいじゃないですか」
「いけません!カレンさん、まさかその格好で行く気ですか!?」
「え?だめですか?」
 淡いピンク色のワンピース。ただそれだけだ。髪は下ろしているが、アクセサリーの一つもつけていない。
「だめです!ゼロ…いいえ、ルルーシュ様のお誕生日なのに!ほら、着替えましょう!」
 言いながら、扉近くにいたカレンを室内へと引きずりこんだ神楽耶は、どのアクセサリーが似合うかと、ジュエリーボックスの蓋を開けた。


 遠く彼方、神聖ブリタニア帝国。麗らかな陽射しの中で、溜息をつく男が一人。
「何故私は今日ここにいるのだろうね?」
「それは、殿下が宰相閣下だからですよ」
「宰相閣下だと言うのなら、外遊で合衆国中華へ行ってもいいと思うのだがね?」
「合衆国中華との関係は良好。特に行く必要性はありません」
 小姑のようなカノンの言葉に、ブリタニアの宰相、シュナイゼルは溜息をつく。
 今日は、大事な義妹の誕生日だと言うのに、何故自分はここにいるのか、と。せめてプレゼントでも贈ろうかと色々考えていたら、いつの間にやらその当日。今から送ろうと思っても、どんな手段を用いても今日中に辿り着く事はないだろう。
「溜息をつく暇があるなら、手を動かしてください」
 目の前に積み上げられる書類に、二度目の溜息が零れた。


 橙色の夕暮れの中、ようやく帰ってきた我が家がやけに騒がしいと、ルルーシュは眉根を寄せた。
「どうしたんだ?」
「………何だか、甘い匂いが………」
 誰かが料理でもしたのか、甘ったるい香りが漂ってくる。それに、奥の方から声が聞こえてくる。いくつかは聞き知った声のように聞こえたが、しかし、今日来る、などと言う話は何も聞いていない。
「おい、星刻、どういうことだ?」
 庭を抜け、建物へ近づけば近づくほど、香りは甘さを増していく。その中に少し焦げたような匂いが混じっているのは気のせいだろうかと、横を歩く星刻を睨みあげるが、彼は微笑んでいる。
 何か企んでいるな、と思っているそこへ、お気に入りの紫色の中華服を着た娘が出迎えに来た。
「おかえりなさい!」
「ただいま。どうした、そんなにおめかしして?」
 長い髪も二つに縛り、花を飾っている。一体どうしたことなのかと、部屋の扉に手をかけようとすると、その手を星刻に掴まれた。
「今日は何の日か、覚えているか?」
「今日?別に、何もなかった気がするが?」
「全く、君は………」
 呆れたような溜息とともに、扉が開かれる。
 扉の向こうには、沢山の笑顔と優しい言葉が、待っていた。
「誕生日おめでとう、ルルーシュ!」








ルルーシュと言うキャラクターが生まれてきてくれたことに感謝。
コードギアスと言う作品にも感謝。
そんな思いを込めて、優しい、楽しい、穏やかな話にしたかったので、このシリーズで話を書きました。
ルルーシュの誕生が皆に祝われるといいと、そう思います。
誕生日おめでとう、ルルーシュ!




2008/12/5初出