*星合*


 軽やかな足音が、庭を駆けて近づいてくる。
「とうさま、おかえりなさい!」
 長い髪を靡かせて、満面の笑顔で飛びついてきた娘を抱きとめてやり、ただいま、と返す。すると、見上げてきた瞳が、不思議そうに瞬いて、首が傾げられる。
「とうさま、それなぁに?」
 持っていた枝を軽く振り、頭を撫でてやる。
「これは、笹だ。面白い風習を聞いたので、やってみようかと」
「ふーしゅー?」
 今日は、天気がいい。きっと、よく見えるだろうと、少し期待していた。


 五色の紙を、大体同じ大きさに切り、ペンを用意する。器用なものだと、正方形の折り紙に鋏で切り目を入れていくルルーシュを横目に見ながら、星刻は切った黄色い紙とペンを、娘の前に滑らせた。
「これに、願い事を書くそうだ。そうすると、叶うんだと」
「ほんとう!?」
 嬉しそうに、ペンを握った娘が、どうしようかと、考え出す。
「だからといって、わざわざ買ってこなくてもいいだろうが」
「買ったのは色紙だけだ。笹は、騎士団から余りを譲って貰った」
 文句を言いながらも、それでも付き合ってくれているのは、日本で暮らした当時を懐かしんでいるからだろうかと、切り目を入れた紙を広げ、それを笹に飾っているルルーシュの横顔が、決して不機嫌ではない事を確認する。
「なんのおねがいごとでも、いいの?」
「ああ。一応、習い事や家事などに効果は高いようだが」
「んーと、えーと………」
 ぎゅっ、と握ったペンを短冊に走らせている娘の字が、ああ、上手になったなぁ、などと思い、これなら文字の上達を願わなくても大丈夫そうだと、なら何を願えばいいのかと、困る。
「できたー!」
「それは、願い事じゃないだろう?」
 ひょい、と書きあがった娘の短冊を横から取り、文字に眼を走らせたルルーシュが、呆れたように肩を落とす。何を書いたのかと、見せられたそれに眼を通し、星刻も苦笑した。
『とうさまとかあさまとずっといられますように』
 離れて暮らしていた時期があったせいだろう。それが一番のこの子の願い事だと思うと、切なかった。
「大丈夫だ。ずっと一緒だから、これはもう叶ってる。別のにした方がいい」
「じゃあ、もういっこかく!」
 返された短冊を横に置き、もう一枚短冊を取った娘が、また考え出す。
「君は、どうするんだ?」
「ん?ああ、そうだな………こんなのはどうだ?」
 いつの間に書いたのか、白い短冊に“世界平和”と書かれている。
「それも、願い事じゃないだろう?」
「うるさい。いいんだ、これで。ここは平和でも、まだ、平和でない場所が、あるだろう」
「それは、確かに………」
「できたー!みて!」
 ぐい、と見せられた赤い短冊には、“おいしいおかしがいっぱいたべれますように”と書かれていた。
「ぷっ………くくくっ………」
「あ!かあさま、なんでわらうの!?」
「いいじゃないか、子供らしくて」
「とうさままで!」
 堪えているようで堪えられていない星刻に、娘が頬をぷくりと膨らませる。
「じゃあ、これが終わったら早速食べるか?ゼリーを作ってある」
「たべるー!」
 いそいそと、書いた二枚の短冊に紐を通して、それをぎゅっと笹に結ぶと、椅子から飛び降りる。
「かあさま、ゼリーはやく!」
「はいはい。ああ、星刻、これも結んでおいてくれ」
「本当に飾るのか?」
「当たり前だ」
 急かす娘の後を追いかけるように、ルルーシュも部屋を出て行く。
 残っていた青と黒の短冊を取って、ペンを走らせる。黒い短冊では文字が見えなくなってしまうので、何も書かずに笹に飾り、青い短冊に短く願い事を書いた。
「これも、願い事ではないかな」
 苦笑しつつ笹へと結びつけて、余った紙や鋏やらを片付ける。
 庭が一望できる廊下へと出ると、涼しい風が吹いていた。
 見上げれば、満点の星空。
「とうさまのぶんもたべちゃいますよー!」
「すぐに行くよ」
 匙を持った右手を振り上げ、皿を左手に持って呼ぶ娘を、ルルーシュが、行儀が悪いと、室内へ引きずっていく。
「ルルーシュ、庭で食べないか?」
「は?」
「今日は、いい星空だ。七夕は、星を見るものだろう?」
「………そう、だな。わかった。皿とスプーンを持って先に行ってくれ。ゼリーと飲み物を持っていくから」
「ああ」
 庭にある小さな亭からならば、空を見ることができる。飛び跳ねるように歩く娘が転ばないように手を繋ぎ、空を見上げる。
 牽牛と織女のように、一年に一度しか会えない寂しさを味わった事がない自分は、幸せなのだろうと、盆にゼリーと飲み物を載せて運んでくるルルーシュを振り返る。
「何だ?」
「いや、何でも」
「お前は、短冊に何て書いたんだ?」
「君と似たようなことだ」
「私と?」
 卓の上に盆を置き、娘の皿にゼリーを載せる。涼やかな透明のゼリーの中に、星型の果物が入っているのは、彼女がこの行事を知っていたと言うことなのだろう。
「知っているか?七夕は、星合とも言うらしい」
「そうなのか?初めて聞いた」
 星刻の皿にもゼリーが載せられ、ルルーシュも自分の分をとって腰を下ろす。早速食べ始めている娘が、可愛い、美味しい、と繰り返す。
 今頃、笹の葉と短冊達が風に揺れていることだろう。









2009年七夕小説です。
星ルル夫婦設定で和やか話。
恐らく、星刻が短冊に書いた言葉は妻と娘への愛の言葉です。
それで、ルルに見つかって後で色々言われるんですよ。「外せ」とか「恥ずかしい」とか(笑)
言葉の中身は皆様の想像にお任せします。
このシリーズの星刻とルルの出逢いは、まさに“星の巡り合わせ”だと思います。




2009/7/7初出