*秋雨*


 あ、と言う小さな声に振り向けば、先ほどまで真剣に机へと向かっていた娘が、椅子からぴょん、と飛び降りて窓へと駆け寄る所だった。
「あめ!」
 確かに、窓の向こうでは雨が降っている。朝のニュースで見た天気予報では、確か夕方頃から降ると言っていた気がしたが、まだ昼を過ぎたばかりだ。雨雲の方が少し、予報よりも早く流れてきたらしい。
「ねえねえ、とうさまむかえにいかなくていいの?」
「何故?」
 突拍子もない娘の言葉に、眉間へ皺を寄せる。
 一応、子供の父親でもあり夫でもある黎星刻は、合衆国中華と言う世界の中でも指折りの大国で、政治の中枢に深く関わるような重要なポストについているのだから、わざわざ迎えになど行かなくても、傘を手に入れたり運転手付の車を呼んだり、雨に濡れずに帰ってくる方法など、幾らでもあるだろう。
「えー?だって、あめがふったらむかえにいくんだよ」
「だから、何で?」
 子供の思考と言うのは不思議だ。何故雨が降ったら迎えに行かなくてはいけないのか、の重要な根幹が見えてこない。
「だって、あめだもん」
 それは理由になっていないのだと、どれだけ理を説こうが、恐らくこの子には伝わらないだろうことが、口を開く前からわかってしまい、背中を向ける。
 放っておけば諦めて机に戻るだろうと思っていたら、袖を掴まれた。
「ねえ、かあさま。とうさまむかえにいこう」
「迎えに行く必要はない。仕事が終われば帰ってくるんだから」
「あめなのにぃ」
「どうしてそんなに迎えに行きたがるんだ?」
 小さく溜息をつきながら視線を下ろせば、きょとん、としたように眼を丸くしていたかと思うと、娘はにこりと満面の笑みを広げた。
「おうたできいたの!」
「は?」


 時計を見やり、ああ、また今日も遅くなるだろうか………と、雨が強く振り出した外へと視線を投げて、一息入れようと立ち上がった時、部屋の扉が叩かれた。
「失礼します。星刻様、あの、奥様と娘さんが………」
「え?」
 言われて、執務室から出て行くと、庭に妻と娘の姿が見えた。雨脚が強くなってきていると言うのに、傘を差したままで、花を眺めている。
「ルルーシュ!」
「ああ、星刻」
 振り返った姿があまりにいつもどおりなので、突然朱禁城へ足を向けるなど何かあったのかと、問い詰める言葉を飲み込む。
「とうさま!」
 強く振る雨などものともせずに、土をはねながら駆けてきた娘が、屋根の下で傘を閉じる。
「むかえにきたのー」
「は?」
「あめだから、むかえにきたの!」
「いや、だが、まだ仕事は………」
「一日くらい早く帰ったところで大して変わらないだろう」
 のんびりと歩いてきたルルーシュが、ようやく屋根のある場所まで辿り着いて傘を閉じ、肩へついた雫を払う。手には、差していたのとは別の、一本の傘があった。
「しかし………」
「お前がいなくて政治が滞るのならば、とっくにこの国は沈んでいる。大丈夫だ」
 いいのか悪いのか判断しかねる強い言葉に、しかし、確かにそうだと思ってしまうのだから、自分も彼女と同じ様な思考回路をしているのだろうか、と娘の頭を撫でる。
「で、どうして雨で迎えに来たんだ?」
「おうた!」
「歌?」
「そう。あのね………」
 娘が口ずさむのは、聞いたこともないメロディーと言葉。どこの国の歌かと視線を妻へ向ければ、苦笑したような笑顔が向けられる。
「日本の歌だ。神楽耶が教えたらしい」
「………ジャノメとは何だ?」
「傘の事だ。昔、日本では傘を蛇の目傘と言ったんだ」
「かあさまがむかえにくるとうれしいのよ!だからおむかえ!」
 ようやくのように事態が飲み込め、恐らく妻も娘の強引さに負けてここまで来たのだろうと推測して、肩を竦める。
「少し、待っていてくれ。書類を片付けてくる」
「ああ」
 こういうことがあるのならば、たまには雨もいいかもしれないな、などと思いながら、早くね、と急かす娘へと、星刻は軽く手を振った。








朱禁城にそんなに簡単に入れるのか、とか突っ込んじゃいけません。
まさに今日、振り出した雨を見ていて思いついた話。出来立てほやほやです。
ルルが娘と一緒に星刻迎えに行くって、萌えない?とか思っちゃいました。
最近文章が書けないので、リハビリの意味もこめて、ほんわかなお話を。




2009/9/15初出