*赤い花*


 何年経とうと、忘れることが出来ない。
 ふとした瞬間に、思い出す。


 きしり、と軋む寝台から抜け出して、そっと部屋を抜け出す。喉が渇いたと、台所へと向かう途中、庭へ視線を向けると、一角に、赤い花が群生していた。
 あんな花が、あっただろうか。昨年までは、なかったように思うが………と、風が吹いて、薄い雲が、引き千切られるように流れていく。その合間から覗いた月が、その花を照らした瞬間に、胸が痛んだ。
「っ………」
 息を呑んで、その花を見詰める。風に揺らめく、赤い色。
 あの、色は、血の、色。
 風に、揺らいで、地に、堕ちる。
「俺、は………」
 後悔など、していない。するものか。しては、いけないのだ。ここまで、歩み続けてきたのだから。
 けれど………けれど………………
「ルルーシュ」
 ふわりと、布が視界を舞い、温もりが肩に触れる。
「体が冷える」
 引き寄せるように肩を掴まれて、気遣わしげな視線が降りてくる。
「起こした、か?」
「いや」
 嘘だ、と思った。この男は、気配に聡い。それは、職業柄、と言うこともあるのだろう。
「悪い。水を飲みに行こうとしただけなんだ」
「だが、こんな場所で立ち止まっていては、体が冷える。もう、夏ではないんだ」
「わかっている」
 既に、秋の気配が濃いこの国で、夏の暑さなどどこかへ消えている。特に夜半は、冷え込みが強くなっている。
 肩へかけられた布の端を掴んで、苦笑する。
「戻る」
 もう、喉の渇きなど、どこかへいってしまった。それよりも、赤い色が、瞼の裏から消えない。
「ルルーシュ」
「ん?」
「何を、見ていたんだ?」
「ああ、ちょっと、な………」
 誤魔化そうとして、けれど、見下ろしてくる視線が探るように細められるのを見て、ああ、駄目だな、これは、と小さく溜息をつく。
「あの花」
「ああ、あれか」
「あんな花、あったか?」
「さあ。私はそれほど庭に興味はないからな」
「そうか」
「あれが、どうかしたのか?」
「いや、何でもない」
 寒さを堪えようとするように、腕を摩る。寒いのは、体ではないことが、わかっていて。
 戻ろう、と声をかけてきた星刻が、半ば無理矢理にルルーシュの腕を掴んで、廊下を歩き出した。


 冷えている、といって引きずり込まれた寝台の中で、星刻の腕が、ルルーシュを囲って離さない。そのまま、啄ばむようにされた口づけに、何故か、涙が流れてきた。
「っ………何で、お前、は………」
「ルルーシュ」
「お前は、俺を、弱くするっ」
 こんなのは、自分じゃない。そう思っても、後から、後から、わけもわからず、涙が零れる。それを拭うように、頬へと触れてくる指先が、温かかった。
「弱くて、いい」
「え?」
「弱くても構わない。人は、決して強くない。それは、君だけではない。私もだ」
「何を、言って………」
「君がいなければ、私は強くなれない。強く在ることが出来ない。君と、あの子がいて、初めて私は強くなれる」
「星、刻………」
「人の親になる、と言うことがこんなにも、自分を強くするとは思わなかった」
「俺、は………怖い」
「怖い?」
「怖い。いつか、あの子が俺を、軽蔑する日が来る。俺を、悪魔と罵る日が、来るのじゃないかと………」
 あの赤い色は、自分の罪だ。義兄を、義妹を、関係のない多くの人々を巻き込み、惨殺してしまった、自分の色だ。
 幼い娘は、今はまだ知らない。けれど、いつか知る日が来るだろう。己の母が、決して“英雄”などではない、と言うことを。
「ルルーシュ。私の眼を見ろ」
 強い言葉に、顔を上げる。赤味の強い双眸に、自分が映りこんでいた。
「君は今、確かに泣いている。悪魔は、泣いたりなど、しない」
「そんな、こと………」
「君は、悪魔などではない。私の妻で、あの子の母親で、そして強くて弱い、一人の女性だ。私にとっての君は、“英雄”でもなければ、まして“悪魔”でもない」
「そう言うのは、屁理屈と…」
「言わない。事実だ」
 それ以上言葉を紡がせる気はない、とでも言うように、星刻の唇が、ルルーシュの唇へと重ねられた。


 知っている。時折その横顔に差す影を。憂うように、嘆くように、悲しむように、伏せられる瞼を。群生した花の、赤い色にすら怯えて震える姿を、どうして黙って見ていられようか。
 決して軽くすることの出来ない、内包する闇を知っている。そこへ、自分が手を出すことなど、土足で踏み入ることなど、できないことも。それでも、こうしてその片鱗を垣間見てしまえば、無視して過ぎ去ることなど、出来はしないのだ。
 せめて、その闇に、一筋差す光を、与えられたらいいのに。
 温もりを、与えるように。








彼岸花を見ていて思いついたお話。別名、死人花。
ルルーシュは、クロヴィスの殺害については納得してる気がするんです。
一期で吐いてましたけど、それでも自分の意志で手を下したわけなので。
ただ、ユフィやシャーリーのお父さんに関して言えば、ある意味不可抗力、とも言えなくはない。
勿論、ルルーシュの取った作戦や行動が結果を生んでしまったわけなんですけど………
だからこそ、余計に苦しんだりするんじゃないかな、と。自分の中へ溜め込みそう。
だから、星刻に弱くたっていい、と言わせたかった。愛です。




2009/9/22初出