*特別な日*


 目の前で、眉間に皺を寄せているルルーシュを見て、皇神楽耶は珍しいものを見たと思っていた。困っているような、悩んでいるようなそんな表情は、あまり見ることがない。
「どうか、なさいましたの?」
 助け舟のつもりでかけた言葉に、ルルーシュが顔を上げる。現在二人がいるのは、黒の騎士団の旗艦、イカルガだ。所用があって赴いた神楽耶と、母親に怒られて家を出てきた娘を連れ戻しに来たルルーシュと、普段幹部達が会議に使っている大部屋で、暢気にお茶をしている所だった。
「ああ、それが、な………」
 訥々と話し出した話を掻い摘めば、翌日がルルーシュの夫の誕生日なのだと言う。だが、ルルーシュは全く何も用意をしていない。それをどうしたものかと、悩んでいるのだ。
「今まではどうしていましたの?」
「毎年代わり映えなく、ケーキを作っていたんだが、流石にどうかと思い始めた」
「あら、まあ」
 目の前で悩むルルーシュに、神楽耶はすっくと立ち上がって宣言した。
「そういうことでしたら、私にお任せくださいませ!」
「え?」
「皇コンチェルンの総力を挙げて、お祝いさせていただきますわ」
「え?あ、いや、そこまでしなくても………」
「いいえ!こういう事は派手にやった方がいいんです!」
 ぐっと、拳を握る神楽耶に、ルルーシュの声は届かなかった。


 その日、星刻の元へ、妙な招待状が届いた。白い封筒に、勿論宛名には黎星刻と書いてあり、裏へと返せば差出人はなし。消印のない、直接投函されたらしいそれを開くと、一枚の招待状。そこには、『奥様の身柄は預かりました。返してほしければ黒の騎士団総本部まで来ること。  by皇神楽耶』とあった。
 一体全体、どんな冗談だ。いや、明らかに悪ふざけだろう。大体ルルーシュもルルーシュだ。何を簡単に、身柄を預かれているのか。
「何か、知っているか?」
 横にいた娘に声をかければ、大袈裟に左右へと首を振る。これは、確実に何かを知っていて隠しているな、と言うのがすぐにわかった。
「そうか。じゃあ、行こうか」
 ここは、この誘いに乗らなければいけないのだろうと、星刻は溜息をついて娘の手を引いた。


 辿り着いた黒の騎士団総本部に、少し前まで総司令と言う立場でいた星刻は、顔パスで中へと入ることが出来る。幾人か顔見知りの団員と挨拶を交わして奥へと進めば、幹部達が普段使用しているプライベートルームと、彼らのみが使用する談話室がある。そこへ向かうと、扇、藤堂、朝比奈らがいた。
「やあ、久しぶり」
「一体どういうことなのか、説明してもらいたいのだが」
 声をかけてきた朝比奈へと視線を向ければ、彼は軽く肩を竦めて、視線を扇へと向ける。
「いや、俺に振られても………藤堂将軍」
「むっ?俺か?いや、だが………」
「直接見たほうが早いと思うよぉ〜君の奥様なら、神楽耶様達と一緒にゼロの部屋」
「ゼロの?」
 今は、誰も使用する者のいないゼロの部屋で、一体何をやっているのかと、わかったと答えて、そちらへ足を向ける。
 今日は、年の瀬だ。明日からは、新しい一年が始まると言うのに、何故家で静かに過ごさせてもらえないのかと、辿り着いたゼロの部屋の鍵を開ける。
「ルルーシュ」
「あ、やっと来たわね。遅いわよ!」
「と、言われても」
 部屋を開けて最初に、カレンに怒鳴られて、星刻は眉間に皺を寄せた。室内には、千葉もいる。その手には化粧道具らしきものが握られていたが、室内にルルーシュと神楽耶の姿はない。
「彼女は?」
「奥だ。神楽耶様と一緒に」
 ゼロが普段寝室として使用していた奥の部屋にいると言われ、その扉を叩けば、中から開けられる。
「いらっしゃいませ、黎殿。ささ、ルルーシュ殿」
「嫌だ!」
「もう!この期に及んで往生際が悪いですわよ!」
「絶対に嫌だ!!」
「暴れないでくださいませ!崩れたらどうするんですの!」
 神楽耶が、奥に隠れているらしいルルーシュと、押し問答をしている。一体何事かと、明るい室内へ一歩足を踏み入れて、星刻は固まった。
「どうですか!黎殿!この皇神楽耶渾身の力作でございます!」
「ルルーシュ、その、格好は………?」
「これは、日本での結婚式の衣装です。白無垢、といいますの」
「白無垢?」
 神楽耶が、衣装の説明をしていく。だが、星刻はその説明を全く聞いていなかった。目の前にいる、ルルーシュの姿に眼を奪われて。
 全身真っ白な衣装の中で、ルルーシュの軽く伏せられた紫色の双眸が、美しかった。
「ふふふ………それだけでは御座いませんのよ!ウェディングドレスも用意してみましたわ!」
「これは、一体………」
「今日は、お前の誕生日、だろう?」
「え?」
「毎年ケーキばかり作っているから、今年は何か違うことをしようと思ったんだ、が………神楽耶に相談したのが間違いだった。脱ぐ!」
「待ってくれ!」
「待ってください!」
 星刻と神楽耶が、異口同音に声をあげて、衣装を脱ごうとするルルーシュを止める。
「私の誕生日のために着てくれたのだろう?いつもと違うことをするために。だったら、もう少し着ていてくれ」
「だが、その………似合わない、だろう?」
「そんなことはない!とてもよく似合っている!」
「そうですわ!とてもよくお似合いです!というわけで、黎殿。黎殿の衣装も用意してあるんですのよ」
「え?」
「さあ、次は黎殿の番ですわ。千葉さん、カレンさん、準備はよろしくて!」
 神楽耶が、部屋の隅に積み重ねられていた箱の中から、ひらりと一枚、衣装を取り出した。









神楽耶だけが楽しいかもしれない星刻の誕生日(苦笑)
ちゃんと特別な何かをしてあげたいけど、思いつかなかったルルは可愛いと思います。
星刻は勿論神楽耶の説明なんか聞いてません。目の前にいるルルに惚れ直してますから。
ウェディングドレスでもよかったのですが、やってる方が他にいるかな、と思って白無垢にしてみました。
ルルーシュは何を着ても似合うと思います。




2009/12/31初出