鈍い色に光る銃口を眼前に突きつけられても、ルルーシュの中に湧き上がるのは、恐怖でも、悲しみでもなかった。 ただ、呆れた。まだ、執着しているのか、と。 最初は、自分だった。執着し、追いかけて、手を取り合おうと願っていた。 けれど、いつしかそれが、逆転した。追う者と追われる者が。そして、その関係も崩れ去った今の自分達は、一体、何なのだろうか。 恋人でも、友人でも、家族でもない。殺しあうような関係でも、ない。 もう、他人でしか、なかった。恋人にもなれず、友人にも戻れなかった。ならば、他人でしかないのだろう。 「何で、何も言わないんだ?」 「言ったぞ。あの子は、私の娘だ、と。私と、黎星刻の娘だと。お前の問いに答えただろう。何が不服だ?それ以上の、何を求めている?」 その答えに満足し、身代わりになるとルルーシュが申し出たからこそ、娘の肩から手を離し、解放したのだと思っていた。 「そうじゃない!怖くないのか!」 「怖い?何がだ?お前が、か?それとも、この銃口が、か?」 「どっちもだよっ!!」 「お前は、恐怖で私を縛りつけようとしたな。恐怖を植えつけることで、私を手に入れようと」 「っ!」 銃口が、ぶれる。 「正しい道を行くはずだったお前が、いつからそうなったのかは知らないが、私はもう、お前が怖くない。それとも、泣いて、喚いて、命乞いでもする姿が見たいのか?生憎だったな。銃口なんて、見慣れている」 「これしか、ないんだ、もう………僕には、君を手に入れる方法が、わからないっ!!」 「だったら、撃てばいい。撃って、お前の気が、済むのならば」 引き金に、指がかかる。その指に力がこめられるのを、ルルーシュの冷え切った眼が、見つめていた。 響いた銃声に、星刻の足が止まる。穏やかな日中の、朱禁城の中で、銃声が響いた。その事実に、恐らくは衛兵達が騒ぎだすだろう。だが、その前に何としても、星刻はその根源たる男を捕まえなければならなかった。 「枢木君を連れてくるのではなかったな」 息を切らせてはいるものの、少し遅れて星刻の後から走ってきた男に、驚いた。 「他に、暇そうなラウンズがいなかったから、護衛代わりに連れてきたのだが………しかし、足が速いね、君は」 「鍛錬を怠るわけにはいかないので」 短く答えて走り出す。嫌な汗が、背中を落ちていった。 逸れた銃弾に、ルルーシュは表情一つ変えることなく、前を向いていた。 「な、んで………」 「何で?それだけ照準が定まらないのに、当たると思っていたのか?」 「っ………」 「スザク。もう、私に囚われるのはやめろ。お前は、きちんと自分に向き合った方がいい。自分を、許してやった方がいい」 「許、す?」 「ああ。私と言う過去に囚われている限り、お前は前に進めない。父親を殺した罪に苛まれ、自分を殺してくれるものを探していた時のように」 「僕は、前に進んでる!後は、君を手に入れさえすれば………」 再び向けられる銃口に、今度こそ、悲しみが湧いてきた。 「たとえ、私を手に入れたって、お前は変わらない。私も変わることはない」 「そんなことっ!」 「お前が今まで、私の何を見てきたかは知らない。でもな、人は変わるんだ。お前が望む私が、出会ったばかりの頃の私なら、幻想は捨てろ。あの頃の私は、もういない」 「ルルーシュ………」 「お前のことが、好きだった。日本が、ブリタニアに侵略されるまでは。お前と、別れるまでは。でも、今は、違う」 言えば、もう、完全に断絶されるだろうことが分かっていた。けれど、自分が言葉にしなければ、スザクには決して、伝わらないのだ。 自分自身の、言葉で。 「私が愛しているのは、黎星刻だ。私は、ここで生きていく。あいつの妻として、その傍で」 銃口が、下がる。銃を握っていた腕が力をなくし、だらりと、身体の横へと落ちた。 悲しかった。ただ、悲しかった。 それでも、別れの言葉を言うつもりはなかった。言えば、それこそ最後になりそうだったから。 だから、何も言わずに背を向けた。これで、スザクが本当に、自分自身の道を歩み始めてくれればいい、と。忘れる必要はないが、囚われることをやめてくれればいいと、思いながら。 「ルルーシュ!」 慌てたように声をあげて、近づいてくる姿を眼にして、少し、安堵した。あの子が無事に、星刻の元に辿り着いたと、そういうことだったから。ただし、その後にいる、もう一人の姿には、眉根を寄せたが。 来ていると言うのは本当だったのか………と思うのと同時に、肩を竦めて歩き出す。 「星刻、そんなに慌てなくても………」 銃声が、耳の後ろで爆ぜ、鋭い風が通り抜けたと思った次の瞬間、星刻の身体が、左へと傾いだ。 「星、刻?」 左へと傾いだ身体が、地面へと落ちる前に膝がつき、手がついて堪えた体へと、ルルーシュは駆け寄った。 「おい、星刻!」 「っ………大丈夫、だ………左肩、だから」 「なっ………何が、大丈夫だ!」 そして、もう一発の銃声。それは、ルルーシュの頭上を越えていき、スザクの手から、拳銃を弾き飛ばしていた。 「ナイトオブセブン、枢木スザク。ブリタニア皇族への反逆罪で、君からラウンズとしての資格を剥奪する」 「え?」 シュナイゼルが、銃を構えていた。 ![]() 2010/6/9 |