*愛の証 二*


 鈍い色に光る銃口を眼前に突きつけられても、ルルーシュの中に湧き上がるのは、恐怖でも、悲しみでもなかった。
 ただ、呆れた。まだ、執着しているのか、と。
 最初は、自分だった。執着し、追いかけて、手を取り合おうと願っていた。
 けれど、いつしかそれが、逆転した。追う者と追われる者が。そして、その関係も崩れ去った今の自分達は、一体、何なのだろうか。
 恋人でも、友人でも、家族でもない。殺しあうような関係でも、ない。
 もう、他人でしか、なかった。恋人にもなれず、友人にも戻れなかった。ならば、他人でしかないのだろう。
「何で、何も言わないんだ?」
「言ったぞ。あの子は、私の娘だ、と。私と、黎星刻の娘だと。お前の問いに答えただろう。何が不服だ?それ以上の、何を求めている?」
 その答えに満足し、身代わりになるとルルーシュが申し出たからこそ、娘の肩から手を離し、解放したのだと思っていた。
「そうじゃない!怖くないのか!」
「怖い?何がだ?お前が、か?それとも、この銃口が、か?」
「どっちもだよっ!!」
「お前は、恐怖で私を縛りつけようとしたな。恐怖を植えつけることで、私を手に入れようと」
「っ!」
 銃口が、ぶれる。
「正しい道を行くはずだったお前が、いつからそうなったのかは知らないが、私はもう、お前が怖くない。それとも、泣いて、喚いて、命乞いでもする姿が見たいのか?生憎だったな。銃口なんて、見慣れている」
「これしか、ないんだ、もう………僕には、君を手に入れる方法が、わからないっ!!」
「だったら、撃てばいい。撃って、お前の気が、済むのならば」
 引き金に、指がかかる。その指に力がこめられるのを、ルルーシュの冷え切った眼が、見つめていた。


 響いた銃声に、星刻の足が止まる。穏やかな日中の、朱禁城の中で、銃声が響いた。その事実に、恐らくは衛兵達が騒ぎだすだろう。だが、その前に何としても、星刻はその根源たる男を捕まえなければならなかった。
「枢木君を連れてくるのではなかったな」
 息を切らせてはいるものの、少し遅れて星刻の後から走ってきた男に、驚いた。
「他に、暇そうなラウンズがいなかったから、護衛代わりに連れてきたのだが………しかし、足が速いね、君は」
「鍛錬を怠るわけにはいかないので」
 短く答えて走り出す。嫌な汗が、背中を落ちていった。


 逸れた銃弾に、ルルーシュは表情一つ変えることなく、前を向いていた。
「な、んで………」
「何で?それだけ照準が定まらないのに、当たると思っていたのか?」
「っ………」
「スザク。もう、私に囚われるのはやめろ。お前は、きちんと自分に向き合った方がいい。自分を、許してやった方がいい」
「許、す?」
「ああ。私と言う過去に囚われている限り、お前は前に進めない。父親を殺した罪に苛まれ、自分を殺してくれるものを探していた時のように」
「僕は、前に進んでる!後は、君を手に入れさえすれば………」
 再び向けられる銃口に、今度こそ、悲しみが湧いてきた。
「たとえ、私を手に入れたって、お前は変わらない。私も変わることはない」
「そんなことっ!」
「お前が今まで、私の何を見てきたかは知らない。でもな、人は変わるんだ。お前が望む私が、出会ったばかりの頃の私なら、幻想は捨てろ。あの頃の私は、もういない」
「ルルーシュ………」
「お前のことが、好きだった。日本が、ブリタニアに侵略されるまでは。お前と、別れるまでは。でも、今は、違う」
 言えば、もう、完全に断絶されるだろうことが分かっていた。けれど、自分が言葉にしなければ、スザクには決して、伝わらないのだ。
 自分自身の、言葉で。
「私が愛しているのは、黎星刻だ。私は、ここで生きていく。あいつの妻として、その傍で」
 銃口が、下がる。銃を握っていた腕が力をなくし、だらりと、身体の横へと落ちた。
 悲しかった。ただ、悲しかった。
 それでも、別れの言葉を言うつもりはなかった。言えば、それこそ最後になりそうだったから。
 だから、何も言わずに背を向けた。これで、スザクが本当に、自分自身の道を歩み始めてくれればいい、と。忘れる必要はないが、囚われることをやめてくれればいいと、思いながら。
「ルルーシュ!」
 慌てたように声をあげて、近づいてくる姿を眼にして、少し、安堵した。あの子が無事に、星刻の元に辿り着いたと、そういうことだったから。ただし、その後にいる、もう一人の姿には、眉根を寄せたが。
 来ていると言うのは本当だったのか………と思うのと同時に、肩を竦めて歩き出す。
「星刻、そんなに慌てなくても………」
 銃声が、耳の後ろで爆ぜ、鋭い風が通り抜けたと思った次の瞬間、星刻の身体が、左へと傾いだ。
「星、刻?」
 左へと傾いだ身体が、地面へと落ちる前に膝がつき、手がついて堪えた体へと、ルルーシュは駆け寄った。
「おい、星刻!」
「っ………大丈夫、だ………左肩、だから」
「なっ………何が、大丈夫だ!」
 そして、もう一発の銃声。それは、ルルーシュの頭上を越えていき、スザクの手から、拳銃を弾き飛ばしていた。
「ナイトオブセブン、枢木スザク。ブリタニア皇族への反逆罪で、君からラウンズとしての資格を剥奪する」
「え?」
 シュナイゼルが、銃を構えていた。








2010/6/9