*愛の証 三*


 治療室にいたる廊下に設置された椅子に座る姿を見つけて、足を進める。気づいた子供が、隠れ鬼をするように母親の影に隠れたのを見て、少し、傷ついた。
「隣、いいかな?」
 声をかければ、恨めしそうな視線が向けられる。それを流して横に腰を下ろし、懐から書類を取り出す。
「これを、君に」
「何です?」
「今日は、これを渡すために来たんだ。君達を脅かせるために来たわけではないよ」
 書類を差し出した手を引く気がないと気づいたのか、不承不承と言った体で受け取り、封を開け、中身を取り出して、驚いたように視線が上下した。
「偽造文書ではないよ」
「だが、これは………」
「これで、君は自由だ、ルルーシュ」
 書類の最上部には、戸籍謄本、と記されている。
「鬼籍に載っていたはずだ」
「そうだね。戻したんだよ、君の名前を」
 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと記された名前には、確かに数日前まで、“死亡”と言う文字が付されていた。だが、今、その文字はない。
「嫌だと言うのなら、捨ててくれてもいい。だが、これが唯一、君の身分を証明するものだと言うことも、忘れないでくれ。そして、これがなければ、君は彼の籍に入れない」
「え?」
「当たり前だろう?戸籍がないのに、籍を移したりは出来ないからね。だから、自由だ、と言ったんだ」
「初めて、貴方が兄らしく見えますよ」
「そうかい?そうなら、嬉しいね。ああ、それと、枢木君のことだけれど………先ほど、皇帝陛下にお話したら、即ラウンズから外してくれると言ってくれたから、安心していいよ」
「ブリタニア皇族への反逆罪、と言ったのは、こういう意味ですか」
「そうだね。今現在では、君はブリタニア皇族だからね。後から銃で狙うなんて、狙う相手がたとえ違ったのだとしても、許されざることだ」
 治療室の扉が開いたのを見て、シュナイゼルは腰を上げた。
「それでは、本国に戻るよ」
 大切そうに、封筒の中へ謄本をしまうのを見て、ああ、何だか娘を嫁に出す気分だな、などと、シュナイゼルは思った。


 左肩を狙撃され、絶対安静だと医師から告げられたのにも関わらず、星刻は翌日も、いつもの通りに朱禁城へと足を運んでいった。だが、帰ってきた時刻は、いつもよりも圧倒的に早い、昼過ぎだった。
「珍しいことがあるんだな」
「これを見た天子様に、怒られて、仕方なく」
 動かさないようにと、腕を吊られた状態で現れれば、誰でも驚くだろうし、怒るだろう。天子が驚いて、半泣きになって休むように言う姿が瞼の裏に見えるようで、ルルーシュは笑った。
「まあ、今日の目的は達成できたから、帰ってきたと言うのもあるんだが」
 そう言いながら、器用に動かせる右手だけで、書類を出してくる。何だと思いながらそれを受け取り、中を覗いてみれば、昨日と同じ戸籍謄本だった。
「何だ。これなら昨日、シュナイゼルに貰ったぞ」
「違う。中をちゃんと見てくれ」
「違う?」
 引き出してみれば、確かに、ブリタニアの戸籍とは紙質や印の形などが違い、記されている名前も違った。
「お前、いつの間に………」
「早い方がいいだろう?こう言うのは。手続きを済ませてきた」
「私は、いいと言ってないだろう?」
「嫌なのか?」
「嫌とも言ってないが、何だ、こういうのはだな、順序ってものがあるだろう?」
「そうか?順序など関係ないだろう、今更。普通は、こちらが最初じゃないか?」
「………仕方ない。この方が、私達らしい」
 肩を竦めて苦笑し、ルルーシュは謄本に視線を落とした。
 そこには、星刻の名前のすぐ側に、自分の名前があった。そして、娘の名前も。


 穏やかな昼下がり。どこからか盛大な喚き声のような、泣き声のようなものが聞こえてくる気がするが、それを無視して、シュナイゼルは白磁の中でたゆたう蜂蜜色の紅茶を飲んだ。
「お姉様は、お元気でしたか?」
「ああ。元気だったよ」
 車椅子に座ったナナリーが、シュナイゼルの正面で、同じ様にカップを傾けている。
「ところで、ナナリー。さっきから聞こえてくるあの声なんだけどね」
「ああ。お父様の声ですね」
「一体、どうしたと言うんだい?」
「別に、大したことではないと思うのですけれど………恐らく、早速ブリタニア皇族の名前から、お姉様のお名前が消えてしまったことが、それなりに悲しいのではないでしょうか?」
「それにしては、大仰だと思うんだけどね。それと、聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「何ですか?」
 カップを置いたナナリーが、にこりと微笑む。その笑顔は愛らしくて、邪気など微塵も感じられないが、シュナイゼルには分かっていた。
 この子は、正真正銘、ルルーシュの妹なのだ、と。
「どうやって、父上を説得したんだい?私と兄上の言葉だけで、納得してくれたとは思えないんだよ」
「あら。説得なんてしていませんわ。ただ………」
「ただ?」
「『お姉様の戸籍を復活させてくれないのなら、もう二度と、お父様とお呼びいたしませんから、元皇帝陛下』と、言ってみただけです」
 ああ、それはきっと、ショックだったんだろうな、もうナナリー以外に、父上、とか、お父様、と呼んでくれる皇子も皇女もほとんどいないから………と遠い眼をして、シュナイゼルは、元皇帝であり父でもある人の不憫を、心の中で嘆いた。








いつか書きたいと思っていた戸籍話です。
ルルの本名は亡くなっているので、戸籍がないんじゃないかと思ったんですね。
じゃあ、星刻と書類上で夫婦になれないじゃないか!!と思いまして(苦笑)
そこは、シュナ様に頑張ってもらいましょう、と。
で、まあ、今回もスザクは損な役回り。多分シュナ様にラウンズ剥奪の権限はないと思いますが、そこははったりで。
ただ、以前と違うのは、ルルがきちんと星刻を好きだと言う所。ここは書きたかった。
以前、対峙した時はまだ多少の恐れがあったと思うんですが。今回は違います。星刻に愛されていると言う自覚があるからこそ、強くなってるんですね、ルルが。
で、最後はちょっとギャグタッチというか、柔らかく落としてみました。
シャルルさんは号泣するといいと思う。ルルがお嫁にいったら。




2010/6/9