治療室にいたる廊下に設置された椅子に座る姿を見つけて、足を進める。気づいた子供が、隠れ鬼をするように母親の影に隠れたのを見て、少し、傷ついた。 「隣、いいかな?」 声をかければ、恨めしそうな視線が向けられる。それを流して横に腰を下ろし、懐から書類を取り出す。 「これを、君に」 「何です?」 「今日は、これを渡すために来たんだ。君達を脅かせるために来たわけではないよ」 書類を差し出した手を引く気がないと気づいたのか、不承不承と言った体で受け取り、封を開け、中身を取り出して、驚いたように視線が上下した。 「偽造文書ではないよ」 「だが、これは………」 「これで、君は自由だ、ルルーシュ」 書類の最上部には、戸籍謄本、と記されている。 「鬼籍に載っていたはずだ」 「そうだね。戻したんだよ、君の名前を」 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと記された名前には、確かに数日前まで、“死亡”と言う文字が付されていた。だが、今、その文字はない。 「嫌だと言うのなら、捨ててくれてもいい。だが、これが唯一、君の身分を証明するものだと言うことも、忘れないでくれ。そして、これがなければ、君は彼の籍に入れない」 「え?」 「当たり前だろう?戸籍がないのに、籍を移したりは出来ないからね。だから、自由だ、と言ったんだ」 「初めて、貴方が兄らしく見えますよ」 「そうかい?そうなら、嬉しいね。ああ、それと、枢木君のことだけれど………先ほど、皇帝陛下にお話したら、即ラウンズから外してくれると言ってくれたから、安心していいよ」 「ブリタニア皇族への反逆罪、と言ったのは、こういう意味ですか」 「そうだね。今現在では、君はブリタニア皇族だからね。後から銃で狙うなんて、狙う相手がたとえ違ったのだとしても、許されざることだ」 治療室の扉が開いたのを見て、シュナイゼルは腰を上げた。 「それでは、本国に戻るよ」 大切そうに、封筒の中へ謄本をしまうのを見て、ああ、何だか娘を嫁に出す気分だな、などと、シュナイゼルは思った。 左肩を狙撃され、絶対安静だと医師から告げられたのにも関わらず、星刻は翌日も、いつもの通りに朱禁城へと足を運んでいった。だが、帰ってきた時刻は、いつもよりも圧倒的に早い、昼過ぎだった。 「珍しいことがあるんだな」 「これを見た天子様に、怒られて、仕方なく」 動かさないようにと、腕を吊られた状態で現れれば、誰でも驚くだろうし、怒るだろう。天子が驚いて、半泣きになって休むように言う姿が瞼の裏に見えるようで、ルルーシュは笑った。 「まあ、今日の目的は達成できたから、帰ってきたと言うのもあるんだが」 そう言いながら、器用に動かせる右手だけで、書類を出してくる。何だと思いながらそれを受け取り、中を覗いてみれば、昨日と同じ戸籍謄本だった。 「何だ。これなら昨日、シュナイゼルに貰ったぞ」 「違う。中をちゃんと見てくれ」 「違う?」 引き出してみれば、確かに、ブリタニアの戸籍とは紙質や印の形などが違い、記されている名前も違った。 「お前、いつの間に………」 「早い方がいいだろう?こう言うのは。手続きを済ませてきた」 「私は、いいと言ってないだろう?」 「嫌なのか?」 「嫌とも言ってないが、何だ、こういうのはだな、順序ってものがあるだろう?」 「そうか?順序など関係ないだろう、今更。普通は、こちらが最初じゃないか?」 「………仕方ない。この方が、私達らしい」 肩を竦めて苦笑し、ルルーシュは謄本に視線を落とした。 そこには、星刻の名前のすぐ側に、自分の名前があった。そして、娘の名前も。 穏やかな昼下がり。どこからか盛大な喚き声のような、泣き声のようなものが聞こえてくる気がするが、それを無視して、シュナイゼルは白磁の中でたゆたう蜂蜜色の紅茶を飲んだ。 「お姉様は、お元気でしたか?」 「ああ。元気だったよ」 車椅子に座ったナナリーが、シュナイゼルの正面で、同じ様にカップを傾けている。 「ところで、ナナリー。さっきから聞こえてくるあの声なんだけどね」 「ああ。お父様の声ですね」 「一体、どうしたと言うんだい?」 「別に、大したことではないと思うのですけれど………恐らく、早速ブリタニア皇族の名前から、お姉様のお名前が消えてしまったことが、それなりに悲しいのではないでしょうか?」 「それにしては、大仰だと思うんだけどね。それと、聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」 「何ですか?」 カップを置いたナナリーが、にこりと微笑む。その笑顔は愛らしくて、邪気など微塵も感じられないが、シュナイゼルには分かっていた。 この子は、正真正銘、ルルーシュの妹なのだ、と。 「どうやって、父上を説得したんだい?私と兄上の言葉だけで、納得してくれたとは思えないんだよ」 「あら。説得なんてしていませんわ。ただ………」 「ただ?」 「『お姉様の戸籍を復活させてくれないのなら、もう二度と、お父様とお呼びいたしませんから、元皇帝陛下』と、言ってみただけです」 ああ、それはきっと、ショックだったんだろうな、もうナナリー以外に、父上、とか、お父様、と呼んでくれる皇子も皇女もほとんどいないから………と遠い眼をして、シュナイゼルは、元皇帝であり父でもある人の不憫を、心の中で嘆いた。 ![]() いつか書きたいと思っていた戸籍話です。 ルルの本名は亡くなっているので、戸籍がないんじゃないかと思ったんですね。 じゃあ、星刻と書類上で夫婦になれないじゃないか!!と思いまして(苦笑) そこは、シュナ様に頑張ってもらいましょう、と。 で、まあ、今回もスザクは損な役回り。多分シュナ様にラウンズ剥奪の権限はないと思いますが、そこははったりで。 ただ、以前と違うのは、ルルがきちんと星刻を好きだと言う所。ここは書きたかった。 以前、対峙した時はまだ多少の恐れがあったと思うんですが。今回は違います。星刻に愛されていると言う自覚があるからこそ、強くなってるんですね、ルルが。 で、最後はちょっとギャグタッチというか、柔らかく落としてみました。 シャルルさんは号泣するといいと思う。ルルがお嫁にいったら。 2010/6/9 |