久しぶりにとることの出来た、丸一日の休日に、多少寝坊したとしても、許されることだろうと、誰も起こしに来ないのをいいことに、黎星刻は、惰眠を貪っていた。 気づけば既に昼近くで、流石に寝すぎたのか、少し重い頭を手で支えて、寝台から降りる。 そういえば、いつも遅くまで寝ていれば、遊んでくれとせがみに来る娘が来ない。日曜日でもあるし、どこかへ出かけているのかと思って部屋を出ると、遠くから、子供特有の高い声が聞こえてくる。 最近は、朝であれば寝顔を見て出勤、帰ってくればやはり寝顔を見ることしかできていなかった娘に、むしろ父である自分の方が構って欲しいのかもしれない………などと思いながら居間の扉を押すと、妻と瓜二つの顔が振り返った。 「あ、とうさま、おはよう!」 「おはよう」 「遅かったな、星刻」 「ああ」 「かあさま、はやく、はやく!」 「分かっているから、動くな。後は帽子だけだから」 立っているその場で、ばたばたと足踏みする娘の前に膝をついて、妻が黒い三角形の布を掴み、それを娘の頭に乗せてやる。 「よし。いいぞ」 くるりと、その場で一回転した娘が着ているのは、全身真っ黒なワンピースだった。だが、裾や袖口には紫色のレースがあしらわれ、襟も尖った形をしており、頭に乗せた帽子にいたっては、三角形で、折れ曲がった先には、小さな南瓜のような丸いものがついている。 よくよく足元まで視線を落とせば、履いている靴の先は、丸く上から内側へと巻かれた形で、妙だった。 「後は、ほら、箒」 差し出された箒を受け取り、自分の全身を満足気に見下ろした娘が、小首を傾げる。 「これでせんぶ?」 「ああ、これを忘れてる」 「かご!だいじ!」 「お菓子を沢山貰ってこい」 「うん!いってきまーす!」 受け取った籠を右手に、左手に箒を持った娘が、星刻の横をすり抜けて玄関へ向かう。 「ルルーシュ。あの格好は?」 「可愛いだろう?私が作った」 「器用だな、君は」 「当たり前だ。娘の衣装の一つや二つ、作れないでどうする」 「で、今の格好は何だ?」 「魔女だ」 「魔女?」 「黒猫とかでも可愛いかと思ったんだが、やはりここは定番の魔女でいくべきだろうと思って、な」 「すまないが、何の定番なのか、私には分からないんだが?」 「ああ、馴染みがないか?ハロウィーンだ」 「ハロウィーン?」 朝食兼昼食の間、延々とハロウィーンとは何か、と言う講義を妻から聞かされた星刻は、ようやく食後のお茶の時間に、娘が何故あんな格好をして家を出て行ったのかを理解できた。 「幼稚園の行事か」 「ああ。仮装を見せ合って、ゲームをして、お菓子を食べるそうだ。夕方には戻ってくる」 「今はそんな行事があるんだな」 「西洋では昔から行われていた。日本でも行われていたように思うぞ、確か」 記憶を探るように、視線を泳がせたルルーシュがカップを持って立ち上がったのと同時に、来客を知らせるブザーが鳴り響く。 「誰だ?こんな時間に」 「ああ、私が出よう」 玄関へ向かうと、人の良さそうな宅配業者が、ダンボール箱を抱えて立っていた。宛名を見れば、星刻宛だ。とりあえず受け取り、差出人を確認すれば、そこには“ミレイ・アッシュフォード”と書かれている。知らない名ではなかったが、星刻宛に荷物が送られてくる予定などなかったし、何故ルルーシュ宛ではなく自分宛なのかを不審に思い、その場で蓋を開けてみる。 以前、何気なく開けた箱の中に、不発ではあったが爆弾が入っていたことがあったため、たとえ見知った人間が差出人であっても、不用意に室内で開けることは躊躇われた。 「手紙?」 白い封筒に入った手紙が一番上に乗っており、封を切れば、一枚の便箋が出てきた。 だが、生憎書かれている文字がブリタニアの公用語で、星刻には読めない。中を確認すれば、衣服のようだったから、そのまま持って居間へ戻る。 「ルルーシュ。君の友人からだ」 「誰だ?ミレイ?」 手紙を渡し、読んでもらっている間に、中身を確認すべく、手近に入っていた一枚を広げる。 「ちょっと待て、星刻!広げるな!」 「は?」 言われても、既に広げた後であるし、そもそも星刻宛に届いた荷物だ。星刻が中を確認しても問題はないはずだった。だが、やけに慌てているルルーシュの姿に、広げた衣服を見て、星刻は合点がいった。 「こ、れは………さっきあの子が着ていたのに、似ているな?」 「っ………何でこの衣装が残ってるんだ!!大体、何でお前宛に送ってくるんだ、あの人は!!」 「ルルーシュ、これはハロウィーンの衣装か?」 「っ………返せ!それ以上見るな、広げるな!」 「返せ、と言うことは、これは君のだろう?昔着ていたということか?」 「着てない!着てないから離せ!箱へ戻せ!送り返す!」 慌てるルルーシュを避けるように、箱の中から二着目を取り出すと、それは鮮やかな紫色のドレスだった。 「何でそれまで入ってるんだー!!」 叫ぶルルーシュの手から零れ落ちたミレイからの手紙には、こう記されていた。 『折角仮装を楽しめるハロウィーンの日。ルルちゃんは自分の仮装衣装は持っていないと思うので、学生時代に着ていた物を何着か贈ります。旦那様の好みで着せてあげてね』 と。 ![]() まあ、この後は当然ルルは着ますね。 ミレイのことですから、こう言う行事は外さないと思うんです。 本当は、この話の前にミレイ達と再会するお話があるのですが……… それはまた、折りを見て、書きたいと思います。 2010/10/29初出 |