*夫婦*


 盤上を動いていく駒を眺めながら、C.C.はソファに横になり、好物のピザに舌鼓を打っていた。程よく溶けたチーズが、生地の上から落ちそうになって、慌てて口へ入れれば、横合いから声が飛んでくる。
「ソファを汚すなよ」
 盤上の駒を目で追っているというのに、何故こちらにまで意識が向いているのか。それは、C.C.がよく食べ散らかすからだということを、彼女が十二分に理解しているからだった。
 眼を離して気がつくと、ピザの空箱が積まれ、あちこちに食べかすが落ちているという事態にもなりかねない。
 そんな、ピザを食べ散らかすC.C.に少なからず意識を割きながら、細く白い指で盤上の駒を操る彼女が何をしているのかと言えば、近々行われる戦闘における、KMFの配置及び敵戦力の分析だった。
 そんな彼女の正面には、手に分厚い紙の資料を持った青年が一人。長い黒髪を邪魔にならないよう一つに括り、頁を繰っては、収集された敵戦力の概要を読み上げている。
「ここが、要か」
「そうだな。恐らくは、そこでぶつかることになる」
 そんな男女の間、駒の動く盤を乗せたテーブルの向こう側には、二人の会話に似つかわしくない、ベビーベッドが置かれている。その中では、一人の赤子が手足をばたつかせていた。
 つい数分前まで寝ていたというのに、もう目が覚めてしまったのだろう。だが、泣き声をあげて主張しない所は、親の静かさを受け就いてで入るのかもしれない。
「おい」
「じゃあ、やはりこの分隊が左から、こちらが右からというのが、まずは一手だな」
「それがいいだろう。今回は大きな戦いにはならないだろうから、新人の腕を試すには、丁度いいのかもしれないな」
「ああ。この間数十名入ったそうだな」
「古参のメンバーで腕試しはしてあるそうだ」
「おい!」
「何だ?」
 無視されれば、流石のC.C.とて苛立つ。多少声を荒げて呼べば、ようやく女の顔が盤上から上げられた。
「子供が構って欲しがっているぞ」
「ん?ああ。起きたのか」
 腕が伸ばされて、ベビーベッドの中から、小さな体が抱き上げられる。
「丁度いい。コーヒーでも持ってこよう。根の詰めすぎは良くない。休憩にしよう」
「頼む」
 書類が置かれ、盤上の駒の動きが止まり、C.C.の暴食もついでに止まって、室内には、母に抱き上げられて嬉しそうな赤子の声が上がった。


 一時間後、ピザの入っていた空箱を持ったC.C.が、黒の騎士団幹部の居並ぶ食堂へと入ってきた。彼女が自分で自分の食べた物を片付けることは、大変珍しい。極度の面倒臭がり屋なのか、いつでも人にやらせるのが当たり前、という態度だからだ。
「C.C.頭でも打ったの?」
 その行動を不審に思って、エースパイロットのカレンがそう声をかけてしまったのも、不思議ではない。
「私だって、赤子には遠慮するんだよ」
「打ち合わせは終わったの?」
「終わったようだが、今は行かない方がいいぞ」
「何でよ?」
「あれを見てぶち壊しに出来るなら、足音荒く部屋へ突入してみればいい」
 C.C.の手から空箱がゴミ箱の中へ投下され、カレンは足音を忍ばせて、上司たる黒の騎士団CEOのゼロの部屋へと赴いた。
 だが、部屋の中を一目見て、すぐさま足音を立てず、気配も消して、そっと離れた。
 室内では、赤子が母の腕の中でぐっすりと眠り、その母は夫の肩に凭れかかって眼を閉じ、夫は妻の手を握って体を寄せ、眼を閉じていた。
 普段、一緒に生活していない夫婦だからこそ、カレン達の中では、ああした風景を見たら邪魔しないこと、という暗黙の了解のようなものが出来ていた。
 束の間ではあるかもしれないけれど、もう少し世界が落ち着くまでは、あの二人に頑張ってもらわなければならないのだから、せめてもの、安息を。
「おやすみ、ルルーシュ」
 きっと、眼を覚ましたらお腹を空かしているだろうから、食堂のコックに美味しいものを作ってもらうように、頼んでおかなくては、と、カレンの足は少しだけ、急ぎ足になった。








いい夫婦の日、に因んで、突発で書いてみました。
星刻×ルルの文章のリハビリもかねて。
二人に穏やかな時間が流れるといいな、と思います。






2012/11/22初出