*偕老同穴 壱*


 夏の茹だるような暑さは、日が傾き、夜を迎えても和らぐことはなく、纏わりつくような蒸した空気は、増しているように思えた。
 懐中電灯を手に、男は額に浮く汗を手の甲で拭いながら、武器庫の巡回、と言う損な役回りに徹していた。男は、本来ならば非番であったのだが、数日前に同僚とつまらない勝負をし、負けた方がこの夜の巡回をする、と言うことになっていて、非番と言う貴重な休みを同僚に取られたのだ。
 舌打ちをしながら、自分の勝負運のなさと暑さを恨む。けれど、武器庫の巡回など、特に何もないのだ。男のいる其処は軍の管轄下で、忍び込もうなどと考える一般市民はいないし、表で警備をしている軍人を打倒してまで侵入しようなどと言うテロリストもいはしない。いつも通りに一巡り武器庫の施錠を確認し、宿直室へ戻ればいいだけの話だ。
 だが、その日は、いつも通りに事は運ばなかった。
 武器庫は、幾つかに分かれている。種類毎に選別して部屋が設けられているからだ。それは、男が銃火器の置かれた武器庫の施錠を確認するべく、武器庫に入る通用口のドアノブに手をかけ、回した時に起きた。
 本来であれば、鍵がかかり、ドアノブは最後まで回らないし、ドアは開かない。だと言うのに、ドアノブは最後まで回り、あげく軽く引いた通用口は、すんなりと開いた。
 鍵は、男が持っている。もしも、万が一、施錠し忘れた者がいた場合に、施錠するためだ。いつもであれば其処で、「誰だ、施錠し忘れた馬鹿は」と毒づいて、鍵を閉めて帰っていただろう。だが、男は鍵を取り出そうとポケットへ伸ばした手を、腰の後ろに回し、拳銃を握った。
 何か、微かに明かりのような物が、中から見えた気がしたからだ。
 此処は、軍の施設だ。置かれている武器は全て、最先端の物が揃っている。盗まれるわけにはいかないものばかりだ。
 静かに、音を立てないようにドアを開け、足音を立てないように中へと滑り込み、暗がりへと懐中電灯の明かりを当てる。ずらりと壁際に整然と並べられた銃火器が、闇夜に浮かぶ様は圧巻だ。その、並べられているはずの銃火器が、棚一つ分がらりと空いている。それに気づいた男は、すぐさま兵舎へと戻ろうと振り返り、そして、後頭部を殴打され、意識を失った。
 時間になっても戻らない同僚に不審を抱いた別の宿直当番が、意識を失い、武器庫の隅に縄で縛られ転がされた男を発見した時には既に、武器庫内の銃火器は、一つ残らず持ち去られていた。


 暑い、と口にした所で暑さが和らぐわけでもなく、かといって冷房が効きすぎた部屋は苦手で、窓を全て開け、風通しをよくした上で、日陰でアイスクリームを食べる、と言うのが、最近のルルーシュの食事風景だった。と言うよりも、正直な所、熱い食べ物や固形物を体が受けつけず、完全なる夏バテに陥っていた。
「何で今年はこんなに暑いんだ」
 連日連夜、猛暑だ熱帯夜だと騒がれ続けていて、もう聞きたくない、と言う気分で、だらけながらパソコンの画面を眺めている。
 画面を流れているのは数字で、眼だけはそれをじっと追い続けている。
 合衆国憲法において、唯一の軍事力として合衆国は“黒の騎士団”を持つと発表したのがもう何年も前になる。その間、合衆国に参加した幾つかの国が、軍を解体、或いは縮小しつつ、その軍事力を“黒の騎士団”へと吸収させたり、譲渡したりしてきた。そんな中最後まで軍を保持していたのが、合衆国中華だった。理由としては、国土が広大であること、多民族国家故の内紛が小さい規模ながら起きる危険があったこと、そしてその軍事力の強大さ故に、解体するも縮小するも彼方此方からの非難や反発があり、遅々として進まなかったことが上げられる。
 それが、ようやく本腰を入れて進められ始めたのだが、案の定多くの反発が起きている上に、奇妙な動きがある、と星刻から聞かされ、その動きを探るためのデータ収集をしている所だった。
 溶けかけたバニラアイスをスプーンで掬い口に入れる。それでも、この暑さで脳が大分やられそうだ、と思いながら、キーボードを叩く。
 見ているのは、とある筋から手に入れた合衆国中華の軍の武器購入履歴だ。幾つかの場所に、故意に購入数や購入金額を操作したと思しき箇所がある。武器が紛失したり、使えなくなったりしたならばそれらも必ず記載されているが、そういった部分での些細な記録漏れ、らしきものも見受けられるのだ。
 その上、先日、地方の軍の武器庫で、銃火器が庫内一つ分盗まれる、と言う事件が起きている。軍の威信をかけて犯人を捕まえる、などと責任者はテレビで息巻いていたはずだが、十中八九、内部に手引きした者がいるだろう。そうでなければ、厳重な警戒が敷かれているはずの軍の施設内に、簡単に侵入できるはずがないし、それが出来たというのならば、どんな甘ったるい警備をしていたのだ、と言うことになる。
 現在の星刻は、軍関係の仕事から外務関係の仕事に移り、以前ほど軍内部の情報に強くはない。だから、ルルーシュが独自の情報源やルートを使い、探りを入れていた。
 自らの身に火の粉が降りかかるだけなら構わない。だが、今のルルーシュには、延焼を起こしては困る者達が、周囲にいるのだ。降りかかりそうな火の粉は、事前に消しておく必要があった。


 積み上がった書類に、片端から押印していく。最初は嫌だったその作業も、慣れてしまえば手早くこなせてしまうものだった。着任当初こそ、外務の仕事など自分に向くわけがない、と思っていたが、案外と適役だったらしい。それでも、最前線で戦って居た時のように、時折、揉め事の起きている現地へ自分で赴こうとして、部下に止められる事も多々あった。
 一息つこうと立ち上がり、用意されている急須に茶葉を入れ、お湯を注いだ所で、扉が叩かれた。入室を促せば、がっちりとした、一目で鍛えていると分る体躯の男が入ってきた。男は、満面の笑みを浮かべると、大股で近づいてきて、無遠慮に肩を叩いてきた。
「久しぶりだな、黎!お前、随分と出世したなぁ!」
「は?」
「おい、俺だよ、俺!趙だ、趙!」
 名前を言われ、記憶を掘り返そうとするより先に、懐かしい記憶が蘇る。
 それは、兵学校時代の同期で、星刻と成績を争っていた男だった。
「趙?お前、今何してる?」
「何って、今は兵学校で教鞭を取っている。この俺が、だぞ?ったく。昨今の若い奴は軟弱で駄目だな!俺らの時は訓練の後でも取っ組み合いやら喧嘩やらしてたもんだ」
「お前が、教鞭?それは、何と言うか………生徒が哀れだな」
 口より先に手が出るタイプだった趙は、口喧嘩が取っ組み合いになる男で、その仲裁を買って出ていたのが、初年度に寮で同室だった星刻だったのだ。
「久しぶりにこっちへ来たから、お前がいるかと思って顔を出したら、何だ、随分と出世したな!」
「まあ、何と言うか、成り行きでな」
「さっき其処で洪古に会って、お前が結婚したと聞いたんだが、本当か?」
「ああ」
「何だ、何だ、水臭い。教えてくれればいいものを。そうすりゃ、祝いの品の一つも持ってきたんだが」
「気遣いは不要だ。教えなかった詫びと言っては何だが、時間があるなら夕食を食べに来ないか?」
「お?有難いな。久しぶりに来たら店がなくなっていたりして困ってたんだ」
「大分、変わったからな、私達が若かった頃とは」
「年を取ったよな、俺らも」
 豪快に口を開けて笑う姿はあの頃と何も変わらない、と星刻は苦笑した。








オリジナルキャラが出てきます。
でも、苗字だけにしました。
あんまりあれこれ設定付けしても大変なので。
オリキャラ嫌、という方は、この後も出てくるので。
ここでお引きかえし下さい。






2015/12/18初出