*偕老同穴 十*


 神聖ブリタニア帝国の前皇帝、シャルル・ジ・ブリタニアが、ルルーシュの腕を掴んでいるのを見つけ、星刻はルルーシュの名を呼んで、階段を駆け上がった。後ろを歩いていたはずの星刻に追い抜かれたC.C.は、やれやれ、と肩を竦めて、一段ずつゆっくりと階段を上がる。
 視線を上げれば、踊り場に座り込んだV.V.の視線と合う。どこか疲れたような顔をしている所を見ると、計画は成功したようだな、と笑んでやれば、V.V.も苦笑する。
「妻から手を離してもらおう!」
 今にも、腰に下げた剣へと手をかけそうな男を見下ろして、シャルルは意識を失ったルルーシュの手を離し、細い肩を強く押した。
「ルルーシュ!」
 星刻が叫び、手をかけようとしていた剣を放り出して、落下してくる細い体を受け止める。階段の中腹程度に設けられた踊り場で、転がるように細い体を抱きしめる。肩が鈍い音を立てたが、気にしてはいられなかった。
「ルルーシュ!おい!」
 意識を失っている頬を少し強く叩くが、反応がない。視線を下げると、首元に、指輪が二つ、下げられていた。
「貴様、何をした!」
「それに伝えておけ」
 シャルルは背を向け、顔だけ振り返る。
「アリエスの離宮に、いつでも戻ってよい、と」
「アリエスの離宮?」
「ルルーシュが、昔住んでいた宮の名前だ。母と妹と。今は、ナナリーが住んでいるんだろう?」
 いつの間にか、星刻のいる踊り場まで追いついたC.C.が、ルルーシュの顔を覗き込んでから、シャルルを見上げる。すると、シャルルは一つ頷き、そのまま、歩いていってしまった。
「あー!つっかれた!もう!何でC.C.がやらないのさぁ」
「久しぶりだな、V.V.。助かった」
「君から急に声が聞こえてきたから何かと思えば、まさか、ルルーシュのギアスを上書きしろ、だなんて。無茶にも程があるよ。成功する確率だってなかったし」
「私とこいつは契約者だ。契約者へのギアスの上書きは、コード継承のみだ」
「だからってさぁ。僕がギアスを与えて、ギアスの上書きをして、更にシャルルのギアスで記憶改変って、やりすぎじゃない?」
「ふん」
「………どういう、ことだ?」
 二人の会話についていけていない星刻が問えば、C.C.は腰を屈めて、ルルーシュを抱きかかえたまま座り込んでいる星刻に、視線を合わせる。
「こいつのギアスを、なくしてやりたかったのさ」
「なくせるのか?」
「正確にはちょっと違う。暴走したギアスは元へ戻せない。だから、上書きをしたんだ」
 二人の話を要約すると、ギアスを所有したものが、二つ目のギアスを所有した前例はない。けれど、新しいギアスを所持すれば、その前に得たギアスを無効化できるのではないか、とC.C.は考えた。そして、それが出来るのは、もう一人のコード所持者である、V.V.のみ。だが、もしも、それが失敗、或いは不可能に終わった場合を考えて、シャルルの記憶を書き換えるギアスを使用することまでを、視野に入れていた。
「まあ、二つ目のギアスを与えることはやっぱり出来なかったんだけど、僕がちょっとコードに関わる情報を彼女の中に流しちゃったから、そのせいで、ギアスの暴走自体は止められたと思うよ?でも、ほら、自分の母親に体乗っ取られたとか、色々、さ、消して上げたいじゃない?」
「何故?」
「当初、シャルルとマリアンヌ、V.V.と私は同志だった。世界を望む形にする為の」
「僕達の望みはね、過去に死んだ者を生き返らせることの出来る世界だった。けどさ、そうするともしかしたら、君達の子供は生まれないことになっちゃうかもなんだよ」
「過去に執着し、過去へと戻ろうとする行為は、未来を望まないと言うことだ。もし、過去の一点へと戻ってしまえば、あったはずの未来は消えるだろう?そうすれば、必然、お前達の娘は消えてなくなるだろうし、お前達も出会わないかもしれない」
「僕達は、未来を知ってしまった。けれど、マリアンヌは、彼女が死んだ時のままで志が止まっていて、未来を望んではいなかったんだよ。彼女だけが、ずっと、過去に留まったままだった」
 過去に留まったままのマリアンヌの心は、先の見えない未来を望んでなどいなかった。ルルーシュに子供がいることも知っていたはずなのに、アーニャの中にいた時でも、彼女の眼を通して、時折表へ出てきて、変わって行く世界を、見ていたはずなのに………それでも、彼女は考えを改めなかった。
 シャルルも、V.V.も、C.C.も、ルルーシュが、世界が辿り着いた現在の時を、失ってしまえとは、思わなかった。
 時が流れていくのが、当たり前のことなのだと言うことを、コード所持者になってから数百年経って、C.C.はようやく理解し、実感した。
 だから、自分から、ルルーシュとの契約を破棄しようと考えた。
「私とルルーシュが乗ってきた、ボートがある。ちゃんと帰りの燃料も残してあるから、連れて帰るといい」
「君は?」
「私か?そうだな。アリエスの離宮に寄ってナナリーの顔でも見ていこうか。最近会っていなかったし、驚かせよう」
 立ち上がって、C.C.は階段を上がっていく。逆に、V.V.は階段を駆け下りてくると、星刻に人差指を向けた。
「いい?ルルーシュは僕の姪っ子なんだ。悲しませたりしたら、絶対に許さないし、それこそ、ブリタニアと中華との間に戦争を起こしてあげるよ?」
 子供の姿で、大人の論理のようなことを口にするV.V.に、頷く。
「絶対に悲しませないと、約束しよう」
「それと、多分、大丈夫だと思うけど、もしも眼が覚めて、まだギアスが眼に宿っているようだったら、即連絡して」
「何処へ?」
「えーと、そうだなぁ。何処がいいかなぁ。ああ!シャルルに繋がるホットラインがいいよ。僕、大抵シャルルと一緒にいるし」
「私は知らないんだが?」
「多分、ルルーシュは知ってると思うよ?使わないだけで。ルルーシュがブリタニアを出て行ってから、実はシャルル、一度も回線変えてないんだ。いつか、ルルーシュから連絡が入るかも、って、期待してたんだよ。あんなんだけど、一応父親だからね」
「とんでもない父親だがな」
「スパルタ教育なんだよ。強くなって欲しかったんだ。ちょーっと、強くなりすぎちゃったけど。じゃあね」
 ひらりと手を振って、V.V.は階段を駆け上がると、C.C.に追いついて、黄金色の光の中へと消えていく。それを見送って、星刻はルルーシュを横抱きに抱えて、立ち上がった。
 右肩に、痛みが走る、だが、我慢できない程度ではない。恐らく、ルルーシュを受け止めた際に、皹でも入ったのだろう。
 来た道を引き返そうと歩き始めて暫くすると、入って来たばかりの時に出会った、マオという男が、仁王立ちしていた。
「お前、ギアス能力者じゃないだろ?こっから出られないぞ」
 そう言われても、ここから出ない限り、家には帰りつけない。
「僕が案内してやるから、ついてこい。大サービスなんだからな」
 高飛車なマオの態度に、これは、彼の照れ隠しか何かなのだろうか?と推測しつつ、ついて行くと、暫くして、入って来た時のような、眩い光に包まれる。
「ルルーシュに、あの時はごめん、って伝えておいて」
 マオの言葉を聞き終えたと同時に、星刻はいつの間にか、紋様の刻まれた扉を背に、洞窟の中にいた。















2016/5/28初出