退役軍人及び現役の軍人数十名で行われた武力による闘争はたった一日で制圧され、市民への被害はなかった。その数日後、実行した者も後方支援をした者も、その関わった多くの者達があぶりだされて、逮捕された。その人数は、延べ百人強にのぼり、軍に勤務した経歴のない者はいなかった。 この行為により、推し進められるはずだった合衆国中華の軍隊の解体は、遅れることとなり、摩擦をいかに減らしながら“黒の騎士団”へと吸収させていけるかに、焦点が強く当てられることになった。 襲撃を受けた多くの施設で、弾痕や爆発の痕などが壁や窓ガラス等に残り、それらの掃除や片付け、改修工事等に追われ、その手配を担う為に、肩にギプスを嵌めたままの星刻も、休んではいられなかった。 当たり前だが、主要な官公庁施設を優先したため、自宅の改修の手配は最後になってしまい、細々とした雑事にも追われたせいで、結局、自宅の改修が終わるのは、子供が生まれる頃か、その後になる予定となった。せいぜい一月程度だろう、と軽く考えて、朱禁城の中の一角に住まいを借りるつもりであったが、もうこうなったら、いっそのことどこか一年ほど、家を借りようか、などと星刻が考えていると、ルルーシュがぽつりと言った。 「ジェレミアのオレンジ畑はどうだ?少し遠いが、孤児の子供達の施設も兼ねているし、幸華も退屈しないだろう」 「小学校が始まるが?」 「う〜ん。通うには車がいるな」 「物理的に遠すぎるだろう」 現在、ジェレミアやロロは、戦災孤児やギアスに関わらされてしまった孤児達を支援する施設を運営している。その中の一つに、施設の運営費捻出のためのオレンジ畑があるのだ。そこは、施設の性質上、少し朱禁城のある首都からは、離れた場所にある。車で行き来できる距離ではあるが、小学校へ気楽に通う距離ではない。自宅を改修している内に、娘は小学校へ進学する予定なのだから。 そんな会話を交わしながらも、星刻は次々に香凜が渡してくる書類へ眼を通し、左手で判をつく。少し離れた場所では、ルルーシュが何故か、ブリタニア領事館の改装工事の図面を見ていた。 「ところで、香凜」 ルルーシュが図面から顔を上げて、香凜を振り返る。 「はい?」 「頼んでいた手配は?」 「恐らくですが、もうすぐ許可が下りるかと思います」 「そうか」 「何の話だ?」 「ん?お前が先日あの男に会ったと言っていたから、私も会えないか、とな」 「君も会う気か!いたっ」 勢いよく立ち上がり、両手を机上へついた途端、ギプスの嵌まったままの肩へと衝撃が伝わり、流石の星刻も声を上げた。 「馬鹿か、お前は」 「っ………というか、会うのか?趙に?」 「ああ。聞いてみたいことがある」 「香凜、許可が下りるのか?」 「天子様が、恐らく」 それならば、下りないということはないのだろう、と、星刻は項垂れた。そして、その予想が違わないことを、半日後に星刻は知らされることになる。 裁判は一週間後だ、と知らされてから半日経ち、趙は、牢の中での粗末な食事を、それでも与えられることを有難いことだと、手を合わせて箸を取ろうとした。そこへ、小さな足音が響く。 趙は、武装勢力を組織した首謀者であるということも考慮され、他の捕まった者とは、房が違う。現在、その房にいるのは趙一人なのだ。ということは、必然、趙のいる牢の前で、足が止まる。 箸を置き、顔を上げて、趙は息を呑んだ。 紫色の双眸が、自分を見下ろしている。 「粗末な食事だな。もう少しいいものを出してもいいと思うが、どうなんだろうな」 「………な、何、をしに」 「何?聞きたいことがあったから来たんだ」 「どうやって?」 「許可を貰ったさ、天子に」 「天子様に?貴様、本当に、何者だ?」 「今は、黎星刻の妻だ。その前は色々肩書きがあったが、現在は名乗る必要がない」 座ったままの趙に視線を合わせて、ルルーシュは腰を落とし、片膝を冷たいコンクリートの床についた。 「お前は、星刻を恨んでいるか?」 「………いいや」 「星刻は、いい友人だったか?」 「ああ」 「ならば、ブリタニア人を憎んでいるのか?それとも、神聖ブリタニア帝国を恨んでいるのか?」 「………どちら、だろうな」 「ブリタニア皇族を恨む、という選択肢もあるが、どうする?」 「どう、とは?」 「何………その答えいかんによっては、お前に何か、主張する場を設けられないか、と」 「哀れみか?」 「違うさ。お前の感情や志もまた、星刻と似たようなものだからだ。あいつも、最初は同じ理由で立ち上がった。同じ出発点を持つ者が、時期と方法を違えただけで全く真逆の結果を得ることはよくあることだが、それでも、私の目の前においてでは、少なからず後悔を減らしてやりたい」 「それが、哀れみでなくて何なのだ?」 声を荒げれば、兵士が飛んでくることが分かっている趙は、低く、声を潜めて、それでも強く主張した。 「違うさ。これは、責任だ」 「責任、だと?」 「かつて、武力を手にすることを奨めてしまった者の、な」 「武力を、手に………」 「そうだ」 「………そうか。ならば、俺も又潔く、武力を奨めた者として、裁きを受ける。ブリタニア人からの施しは、受けない」 「施し、というわけではないんだがな」 床から膝を離し、ゆっくりと立ち上がったルルーシュは、箸を手に持った趙を見下ろした。 「厳罰は受けるだろうが、恐らく、天子の判断で極刑は免れるだろう」 「何故わかる?」 「天子は優しいからな。甘い、とも言うが。それが、彼女の良いところだ。そうなればいつか、星刻ともまた話をして、分かり合える日が来るかもしれない」 「来ないかもしれないぞ?」 「未来は誰にも分からないさ。例え、神でもな」 颯爽と、という言葉が似合う足運びで去っていったルルーシュを見送り、趙は食事に手をつけた。 もしも………もしも、そんな日が来るのであれば、その時に自分は、星刻に謝ることが出来るのだろうか………星刻の大切に思う家族を傷つけたことを、謝罪することが……… 意識が、たゆたう。確固とした形を持たないまま。 私は、私以外の私になりたかった。誰かに求められる私でもなく、望まれる形の私でもなく、私以外の、何者かに。 「ないものねだりが、ギアスの力なんだよ」 誰なの? 「僕も、君と同じ。決して手に入らない、人の心を望んだ。ギアスで人の心を読めるようになったけど、手には入れられなかった」 ………そうね、そうかもしれないわね。皇帝の妻でもなく、騎士でもなく、様々な経験と人生を望むこと。それが、きっと、私のギアスだった……… 「僕らは、ここで見守る役目なんだよ。世界が、どういう形になるのか」 世界の、未来………そうね。夫が、娘が、同志が選び、掴み取ろうとしているそれを眺めているのも、一興かもしれないわね。 「そうだよ、きっと」 穏やかな笑い声が“Cの世界”に響いた。 ![]() ここで、このシリーズは本当に一旦終了となります。 また、いつか番外編を書きたいと思います。 マリアンヌ様に関しての文章をどうしても書きたかったので。 こういった終わり方になりました。 星刻とルルーシュは本当に私にはベストカップルなので(何度でも言う)。 また、違うシリーズも書きたいな、なんて思います。 いつになるかはわかりませんが、その際にはまたお付き合いいただけると幸いです。 2016/6/25初出 |