*偕老同穴 十四*


 仁王立ちしたルルーシュの眼前で、ジェレミアが正座をさせられている。風通しの良い室内の大きなテーブルを囲むように、幼児を抱えた少女、コーネリア、ナナリーが座っている。護衛達は二人が外の巡回を、残りは建物と庭を見て回っていた。
「私に黙ってことを進めるとはいい度胸だ」
「………申し訳御座いません」
「いいか?客人が来るとなれば料理を作る分量が変わる。それも、こんな大所帯で来られては尚更だ。しかも、此処へ泊まるだと?布団を干してもいないんだぞ?ベッドの数だって足りない。どうする気だ?」
「それについては、手配をさせていただきました」
「ほぉう。ということは、だ。シュナイゼルだけじゃなく、あいつもこの話に噛んでいるということだな?」
「シュナイゼル様からは、サプライズだとのことで」
「はっ!」
 鼻で笑い、ルルーシュはテーブルの上に置いてあった携帯電話に手を伸ばした。
「さて。何コールで出るか」
 携帯電話から漏れ聞こえる小さなコール音が五回。ようやく出た相手の声が聞こえるより先に、ルルーシュが低い声を出した。
「今から買い物リストを送る。いいか?一品たりとも間違えずに買ってこい。もしも間違えていたら、お前の今日の夕食はなしだ!」
 そして、相手が返事をするより先に通話を切り、メールを送信すべく文章を作成する。その速度に、ジェレミアも、コーネリアも、ナナリーも眼を見張った。
「ジェレミア、もう立っていいぞ。で、お前が使いっ走りにされた内容は何だ?」
「殿下達をこちらへ案内し、ルルーシュ様に無事、会わせることです。また、それに伴い護衛も」
「あんなに護衛がいるのに?」
「私はおまけ程度です」
「だろうな」
 携帯電話をテーブルに置き、立ち上がったジェレミアに買い物の手伝いを命じたルルーシュは、ようやく椅子に腰を下ろした。
「………何から話すべきだ?」
「母様〜腕痺れた〜」
「ああ。悪い」
 ずっと幼児を抱きかかえていた娘からその子供を受け取り、抱きかかえる。
「お姉様、あの、その二人は?」
「ああ。私が産んだ子だ。正真正銘、血が繋がっている。お前の、姪と甥に当たるな」
「まぁ」
「下の子は歩き始めが早かったせいで、あちこちへ行きたがって大変なんだ。庭はとっくに制覇したな」
 言いながら、腕の中で揺らすようにあやすと、幼児の瞼がゆっくりと落ちていき、寝息を立て始めた。
「悪い。寝かせてくる。少し待っていてくれ」
 ルルーシュが立ち上がり、室内にコーネリア、ナナリー、そしてルルーシュの娘が残された。ナナリーが車椅子を動かし、少女の横へと近づく。
「初めまして。ナナリー・ヴィ・ブリタニアと言います。私は、ルルーシュお姉様の妹ですわ」
「私はコーネリア・リ・ブリタニアだ。ルルーシュの異母姉だ」
「黎幸華、です」
「黎?」
 聞きなれない名だな、とコーネリアがナナリーを振り返るが、ナナリーも首を左右に振る。ナナリーも、聞いたことがなかった。
「お父様は、何のお仕事をされているのですか?」
「え〜と、天子様のお仕事のお手伝い」
 ならば、側近ということか?何がどうしてそうなった?と、コーネリアが考えている内に、ルルーシュが戻る。
「母様、喉渇いた」
「ああ。お茶も出していないな。二人は紅茶でいいか?」
「はい」
「ああ」
 キッチンと一体化しているその部屋はかなり広く、ルルーシュは、紅茶の茶葉の入った缶を幾つか取り出し、吟味しているようだった。その間、幸華と名乗った少女は、ずっと足をぶらつかせ、鼻歌のようなものを途切れ途切れに零していた。
「行儀が悪い」
 言いながら、軽く娘の足を叩き、眼の前にジュースの入ったコップを置いてやる。そして、ティーポットとカップ、茶菓子をトレイに載せて、それぞれをコーネリアとナナリーの前へと並べた。
「あまり味は期待しないでくれ。特に菓子は昼間作ったばかりなんだ」
「お姉様の手作りクッキーですね!久しぶりです!」
 蒸らした紅茶をカップへと注ぎ終えると、ルルーシュも椅子へと腰を下ろす。
「こうしていざ会うと、何を話していいかわからないな」
「私は、お姉様がご無事で、お幸せそうで、その姿を見られただけで嬉しいですわ」
「そうだな。私も、お前の眼が無事に見えるようになっていて、嬉しいよ。足は、動かないか?」
「はい。ブリタニアの医療技術でも、足は駄目だと」
「そうか………」
「ルルーシュ」
「何ですか?」
「聞きたいことが沢山ある。だが、子供の前で聞く話ではないだろうとも思う。だから、今は飲み込むが、お前、この十年近く、ナナリーの側にいなかったのはどういうことだ?」
「コーネリアお姉様、私はいいのです」
「よくはない!お前が一人で、あの宮の中で今まで、どれだけ大変だったのか、私はよく知っている!」
 コーネリアの声に、幸華が少し肩を震わせた。その頭をルルーシュが撫でて、コーネリアに向きあった。
「私がいなくても、ナナリーは強い。大丈夫だと思った。それに、コーネリアがいるのならば、必ず守るだろうと、そう思った」
「お前!」
「ナナリーがいなくて駄目だったのは、私の方だ。一人で何とかできると意気込み、奢っていたのは私だ。それに、私にはブリタニアの地を踏む資格はないし、戻りたいとも思わなかった」
「お姉様………」
「アリエスの離宮は懐かしい。けれど、それはもう思い出だ。ナナリーがブリタニアの皇族の籍へと戻ると決めたのならば、私はそれに否を唱える立場でもない。お前が毎日を健康に、幸せに暮らしてくれるならば、離れていても構わないと、そう思っている」
「ならば、連絡の一つくらい、寄越せ!」
 強く、机を叩いて立ち上がったコーネリアに、ルルーシュは眼を丸くした。
「………コーネリアがそこまで怒るとは思わなかったな」
「当たり前だ!私はこれでも、お前達姉妹とは、ユフィ共々、一番仲の良い間柄だったと思っているんだぞ!」
「そう、か………それは、嬉しいな」
 苦笑するように微笑んだルルーシュを見、コーネリアは腰を下ろした。自分が怒っているのが、何だか馬鹿馬鹿しく思えたからだ。
 そこへ、足音が二つ、近づいてくる。石畳に響く微かなそれを聞き取ったコーネリアが立ち上がるのと、ルルーシュが何故か自分の前に置いたカップの下のソーサーを手に取ったのが、同時だった。
「一方的に電話を切るのはどうなんだ!?」
「黙れ!」
 いい様、ルルーシュがソーサーを入口へ投げつける。それを、両手に荷物を抱えた状態ででも受け取った男の姿に、コーネリアもナナリーも、見覚えがあった。何故なら、天子への挨拶をするその場に、その男はいたからだ。
「荷物を落としたら如何するんだ!」
「お前はそんなへまはしない。ナナリー、コーネリア、紹介する。こいつが私の旦那だ」
「ようこそ、合衆国中華へ、両殿下。黎星刻と言います」
 謁見の場では結ばれていた長い髪を解いている男が、優しげに微笑んだ。















2017/12/24初出