料理をするべく、厨房に立つ両親の間を、自分よりずっと小さな弟を抱き抱えた少女が落ち着きなく、行ったり来たりする。その様を眺めながら、ナナリーとコーネリアは、座っているしかなかった。 客人なのだから座っていてくれ、と言われたが、流石にずっと茶を飲んでいるわけにもいかず、一時はジェレミアに案内をさせて敷地内の庭を見て回ったりもしたが、それも、三十分程度しかもたなかった。 そうこうしている内に、テーブルに幾つか料理が並び始める。その量が、明らかに今室内にいる人数分ではない。 「ジェレミア。護衛も全員中へ入れと言って来い」 頷いたジェレミアが庭へ出て行く。それを見て慌てたのは、コーネリアだ。 「おい、ルルーシュ。それでは護衛の意味がない」 「大丈夫。この家のセキュリティは万全だ」 「君がシステムを作ったからな」 小さく溜息をつきながら星刻が零し、取り皿を並べていく。 「何年か前にセキュリティを見直したんだ。民間の物は信用できないから、私がシステムを作って、必要な物を作らせた。ジェレミアがいなかったら、たとえ正門から入ったにしても、お前達も排除対象になっていたぞ」 「私が事前に君に伝えなかったからなぁ」 「お前が言うな!もう少しでナナリー達を攻撃する所だったんだぞ」 「攻撃だと?」 「ああ。排除対象を見つけると即刻ロボット音声による退去命令が出る。それでも去らない場合や身分証明が出来ない場合は、威嚇射撃される」 「最初は大変だった。荷物の配達員達が犠牲になる所で」 「運用し立てはそんなものだ」 「怪我人が出なかったのが奇跡だぞ」 「だが、私の作ったシステムは現状この国の中で最高峰だぞ」 「それを、我が家だけで使うのはどうかと思うが」 「まあ、そんなわけで、セキュリティの問題はクリアされているから、護衛達も此処で食事をするといい」 「大勢でお食事を取るのは、久しぶりです」 「ああ。私も、久しぶりにナナリーに食べてもらえるのが嬉しい」 子供用の椅子に、娘と息子を座らせて、星刻は足りない数の椅子を取りに別室へと向かう。その間にルルーシュは飲み物を用意し、全員が椅子へ座る間に、手早く片付けられる調理器具を片付けた。 「宮廷の料理には到底及ばないが、食べてくれ。で、どうしてお前は真っ先に箸を伸ばそうとしてるんだ!」 椅子に座った護衛の内の一人の額を、ルルーシュが指で弾く。 「いだっ!」 「お前、護衛ならもう少し目立たない頭にしてきたらどうだ?ジノ」 出会った当初から変わらない、目立つ金髪と三つ編に編んだ髪にルルーシュが苦言を呈すと、ジノが苦笑した。 「私のトレードマークなんで」 「皇帝直属の騎士のお前が護衛なんて、もしかして降格されたのか?」 「酷い、先輩!私まだちゃんとナンバー付なのに!シュナイゼル様に言われたんです。折角だから、って。それに、前回この国に来た時は先輩、何にも奢ってくんなかった!」 「あのなぁ、お前、何しに来てるんだ?」 「勿論、両殿下の護衛です」 「そうでしたわね。ジノさんは、確か一時期アッシュフォード学園に入学していて」 「そうです。その時に初めて先輩に会って、生徒会にこき使われました」 「使ってない」 「ふふ。懐かしいですわ。生徒会の皆さんはお元気ですか?お姉様は連絡を取っていますの?」 「特別取ってないが、ミレイは時折テレビで見かけるからな」 「そうでしたわ!会長さんはキャスターになられたんですよね!」 「ああ。ナナリー、お喋りもいいんだが、早く食べないと冷めてしまうから、食べてくれないか?」 「はい!」 ナナリーが箸を取り、取り皿を取り、そうしてようやく、他の護衛やコーネリアも、食事に手を伸ばし始めた。 夕食を終え、客人と子供達を先に風呂へ入らせ、諸々の家事を終える頃には、既に日が変わりそうになっていた。 「庭でお茶でもどうだ?」 「………珍しい、というか、久しぶりだな、お前が茶を入れてくれるのは」 「そうだな。此処の所忙しくて、そんな余裕がなかった」 中華式の茶器を載せた盆を持った星刻が先へ行くのを見て、ルルーシュは昼間作った菓子の残りを皿へ盛り、その後ろへ続いた。 「全く。よくも私に黙っていたな」 「君を、驚かせたかったんだ」 「驚きすぎて、どうしていいかわからなかったぞ」 「突発的なことに弱いのは、相変わらずだ」 「五月蝿い」 後ろから軽く星刻の背中を小突き、到着した庭の東屋で、星刻が茶器を広げ始める。 「でも、良かった」 「ん?」 「ナナリーに、あの子達を会わせられた」 「そうだな」 言いながら、茶の注がれた茶器を、ルルーシュの前へ出す。自分の前へも一つ置き、腰を下ろす。 「随分と、遠くへ来たような気がする」 「ルルーシュ?」 「ナナリーがいれば、それだけでいいと思っていた。他の人間は、いらないと。なのに、今私の目の前にはお前がいて、この家には娘も息子もいる。不思議なものだ」 「それを言うなら、私もそうだ。私に、こんな長い人生など、ないものだと思っていたからな。ましてや、誰かと結婚して、子供を授かることなど、考えてもいなかった」 お互いが、自分の命は短いものなのだと、長らえることはないのだと、そう信じきって生きてきた。いや、そうあるべきなのだと、自分自身へ科していたのだろう。それを結局許してしまったのは、互いの存在そのものだ。 「ところで、お前、仕事は一段落しそうなのか?」 「ああ。そういう君の方は?」 「私の方も順調だ。ロロが頑張ってくれたからな。畑の収穫も上手くいっているようだし」 「なら、いいが。一人で背負い込みすぎないでくれ」 「いっそ、ブリタニアに資金提供でもさせるか。そもそも、あの馬鹿親父の尻拭いを私はしているわけだしな」 「まあ、本来であればそれが筋だろうな。直接管理をしていたのは、彼らだろう?」 「私のギアスを無効化しただけでチャラにしようとか思っているなら、無責任も甚だしいしな」 「それこそ、ホットラインに」 「誰が電話なんぞするか」 一息に、注がれた湯飲みの中の茶を飲み干す。そこへ、星刻が二杯目を注ぐと、ルルーシュはそれも一息に飲み干した。 「お前の仕事が一段落するなら、どこかで休みを取ってくれ」 「ん?」 「そろそろ、庭に飽きてきたらしい」 「そういうことか。畑なら、楽しいだろう」 「ああ。少し自然の中で遊ばせないと、強くならないしな」 「それは大賛成だ。どこかで日程の調整をしよう」 「頼む」 言って、ルルーシュは立ち上がった。 「先に風呂に入る。片付を頼んでいいか?」 「ああ」 先に家の方へ歩いていくルルーシュを見送り、星刻は手作りのクッキーへと手を伸ばした。そこに、人の気配が近づいてくる。 「どうぞ、殿下方」 星刻は、新しい茶器へと、茶を注いだ。 ![]() 2017/12/24初出 |