いつもの習慣で、朝早く眼が覚めたコーネリアは、手早く着替えて部屋の外へ出た。護衛が一人、廊下に立っているのを見て軽く手を上げると、敬礼をしてくる。朝の挨拶などは、ない。 そのまま廊下を歩き、庭へと出られる階へ差し掛かると、庭に人影があった。 「どうかしましたか?」 気配もなく背後からかけられた声に驚き振り返れば、そこには、黎星刻が立っていた。長い髪を肩の辺りで一つに結い、腰から剣を下げている。 「貴殿は、剣を嗜むか?」 「一応、武官でしたので、腕が鈍らない程度に鍛錬は」 肩を竦めて見せて視線をやれば、コーネリアの視線の先には、ルルーシュがいた。 「コーネリア殿下は、彼女とは親しかったのですか?」 「ユフィとも、な」 「………そうですか」 短い沈黙に、コーネリアは溜息をついた。 「色々と、知っているようだな」 「夫婦ですので。それでもまだ、話してくれないことも多い。傷を広げる気はありませんから、彼女が話してくれるまで待ちます」 庭にいるルルーシュは、花を摘んでいた。恐らく、食卓に飾るためだろう。 「昔、マリアンヌ皇妃があのように、花を摘んでいる姿を見たことがある」 「彼女の、母君ですね?」 「ああ。私には、それがとても温かい景色に見えた。皇宮というのは、殺伐としているからな」 「何処の国も同じです。政治の中枢部というのは決して、綺麗ごとだけではすみませんので」 「そうだな。………ルルーシュは、本当によく似ている。あの子の産んだ子も、マリアンヌ皇妃にそっくりだ」 「親子ですから」 そこへ、小さな足音が駆けてくる。 「父様!おはよう!」 「おはよう」 走って飛び込んできた体を受け止め、抱き上げる。そして、庭にいるルルーシュを見つけると、星刻の腕から飛び降りた。 「母様、おはよう!」 「おはよう。随分早いな」 「あのね!朝(チャオ)がいないの!また脱走してる!」 「全く………誰に似たんだ!」 「君じゃないか?」 「何で私だ!」 叫んだルルーシュが娘に花を握らせ、食卓に飾るように指示する。花瓶は自分で選びなさい、と。 「うん!」 娘が台所の方へ駆けていくのとは反対に、ルルーシュは星刻とコーネリアに近づいた。 「星刻、探すぞ」 「毎朝、毎朝………もう寝台にネットでも張ろうか?」 「無駄だろう。子供用ベッドの柵をあの子は乗り越えているんだぞ」 「………子供がいなくなったのか?」 驚いたコーネリアに、ルルーシュと星刻は視線を合わせ、首を傾げた。 「毎朝の恒例行事だ」 「心配には及びません。家の中にはいますので」 幼子がベッドから消えたと言うのに、何という暢気な夫婦だ!とコーネリアは額に手をやった。 その頃、ナナリーは硬直していた。どうしてなのか、眼を覚まして横を向いたら、そこに、小さな頭があったのだ。しかも、大きな丸い眼を見開くようにして、自分を凝視している。 子供の頭と言うのは、思っていた以上に大きいのですね、などと思っていると、手が伸びてきた。そして、ナナリーの長い髪の一房を掴む。 「え、と、触りたいのですか?」 言葉はまだ分からないのだろう。目の前にあるものに興味を示しているだけのようにも見えた。 ゆっくりと体を起こし、小さな体を抱き上げると、予想以上に、重かった。 「まあ。大きいですね」 抱き上げられたのが嬉しかったのか、子供はナナリーの髪を握ったまま、ふにゃりと笑顔になった。 「そういえば、お名前を聞いていませんでしたわ」 夕食後、この子供は寝かせられてそのままずっと朝まで寝ていたようなのだ。寝る子は育つと言うが、寝すぎのような気もする。 「私は、ナナリー・ヴィ・ブリタニアです」 「あー」 言葉になっていない言葉を話しながら、子供は足をじたばたさせ始めた。 ベッドの上へ下ろし、その小さな手から自分の髪を抜くと、子供は何と、自力でベッドから降りた。 「まあ!」 降りた、と言うより落ちた、と言う表現の方が適切かもしれない降り方ではあったが、泣きもせずにその場で立ち上がろうとしている。 立ち上がるための手助けをしてやりたかったが、ナナリーは一人でベッドから降りられないのだ。手を、差し伸べてやれなかった。 「うー、うー、あぅ」 掛け声のつもりか、声を出しながら自力で立ち上がった子供は、またベッドへ上ってこようとした。 要領を得ているのか、ベッドヘッドの足の部分へ手をかけ、上ろうとしている。木登りのように見えた。 「見つけたぞ、朝陽(チャオヤン)!」 声が響き、ナナリーが顔を上げると、仁王立ちしたルルーシュが、扉を開けて立っていた。その後ろには星刻とコーネリアもいる。 「お姉様、おはようございます」 「おはよう、ナナリー。面倒をかけたな」 挨拶をしながら近づき、ベッドをよじ登ろうとしている小さな体を抱き上げる。 「いいえ。気づいたらベッドにいて驚きましたわ」 「何?!上っていたのか?」 「はい。顔を横へ向けたら、そこに」 気づいた時の状況を説明すると、ルルーシュと星刻が天井を仰いだ。 「おい、星刻。新記録だぞ」 「ああ。やはり、もう家の中では狭いな」 「早目に休みを確保してくれ」 「そうする」 ナナリーとコーネリアは顔を見合わせ、二人へ顔を向けた。 「何のお話ですか?」 「何の話だ?」 同時に聞かれ、今度はルルーシュと星刻が顔を見合わせ、ルルーシュは星刻へ子供を渡すと、子供を指差した。 「この子の遊び場の話だ。近所に同じ年頃の子供がいないせいで、敷地の中だけで遊ばせているんだが、大分活発で、毎朝ベッドを抜け出すは、庭を動き回るわで、追いかけるこちらが大変なんだ」 「幸い、ルルーシュの管理している畑があるので、休みをとってそちらで遊ばせようと言う話をしていたんです」 「あそこは孤児院をかねているから、遊び相手も多いしな。うってつけだ」 星刻が子供を連れて部屋を出て行く。それを見て、ルルーシュはナナリーの車椅子を引き、ベッドの横へ置いた。 「朝食の支度をするから、着替えて台所へ行こうか」 「まあ、お姉様ったら。ナナリーはもう子供ではありませんのよ?」 「久しぶりだ。髪くらい結わせてくれ」 一緒に暮らしていた頃は、それが二人の日常だったのだ。ナナリーの世話をルルーシュがする。それが、当たり前だった。 「では、甘えさせていただいて、お洋服も着せてくださいませ」 「勿論だ」 さて、どんな服を持ってきているんだ?と聞きながら、ルルーシュはナナリーの旅行鞄の中から、今日の気分に合いそうな服を選び出した。勿論、コーネリアも手伝って。 ![]() 2017/12/25初出 |