*偕老同穴 十八*


 仕事が終わらない、と言う星刻だけを家に残し、朝食後、ルルーシュは幸華と朝陽を連れて、ナナリー達とショッピングへと繰り出した。
 合衆国中華となり、大宦官を廃し、天子を中心とした政を行うようになってから十年近く、決して楽な道のりではなかったが、中華の民、日本の民、インドの民、ブリタニアの民と、多少心のしこりはあるだろうが、買い物を同じ場所で楽しむことが出来る程度までは、人々の心は穏やかさを取り戻していた。
 活気のある街中で、この国らしいものが欲しいと言うナナリーのお願いで、合衆国中華になる以前からこの国に伝わってきた民族衣装の店に来ていた。
 その店は、普段から星刻や幸華、朝陽の服を誂えてもらっている店で、ルルーシュもよく顔を出す店だった。
「刺繍が本当に美しいですね」
「ああ。この国はこういった工芸品が得意なのか?」
 コーネリアも興味深そうに、生地に刺繍された草花を見ている。大きくはない店内に、ルルーシュ、幸華、朝陽、コーネリア、車椅子のナナリーが入ると、護衛の入る隙はないため、数名が外で待機していた。他は、別の場所を見ているだろう。
「お姉ちゃん!これ綺麗!」
 数多くの布が並べられている店内で、幸華が手にとって広げたのは、桃色の生地に、薔薇に似た花の刺繍の施された生地だった。
「まあ、本当」
「ね?お姉ちゃんにきっと似合うよ!」
 言いながら、ナナリーの膝の上に置く。そして、くるりと身を翻したかと思うと、別の布を手に取り、振り返った。
「大きいお姉ちゃんには、こっち!」
 広げられたのは、同じ花の刺繍が施されているが、ワインレッドのような深みのある赤い生地のものだった。
「それを私に?」
「うん。はい!」
 言いながら、幸華は生地をコーネリアに手渡す。
「よろしければ、採寸を如何ですか?」
 店員が、試着室を示す。
「そうだな。採寸しないと作れない衣装だからな、この国のは」
「お姉様も持っていますの?」
「ああ。何着か、な。星刻に付き合って宮廷に上がる際にスーツと言うのも味気ないからな」
「母様はね、紫色と青色が似合うの。私は桃色と紫色が好き!」
 にこにこと笑う姪っ子から渡された生地を無碍にするわけにも行かず、二人は試着室へと入った。細部に渡る採寸に多少時間はかかったが、出来上がるのは数日後だと言う。
「手仕事だからな。その分、いい物が仕上がるぞ、この店は」
「でも、今日の夕方発たなければならないのですが………」
「きちんと送るよ。着て、写真を撮って送ってくれ」
「私も見たい〜!」
 結局、子供には弱いのだと、コーネリアとナナリーは顔を見合わせ、苦笑した。


 仕事が終わらない、と言い訳をして家に残った星刻は、お忍びで訪れた天子を前に、溜息をついていた。
「天子様、夕刻に、と言うお話では?」
「早い方がいいと思ったの」
 何となく、こういう所は皇神楽耶の影響を受けているように思う、と肩を落とす。
「恐らく、もうすぐ帰ってくると思いますが」
「幸華に会うのも久しぶりだし、朝陽は生まれた時に一度会ったきりで会えてなかったから、楽しみで」
「もう、大分歩くようになりました。元気に育ってくれています」
「星刻」
「はい」
「今、幸せ?」
「勿論です。天子様は?」
「お仕事は大変で、辛いことも、苦しい事もあるけれど、沢山の人が側にいて、真剣に私のことも、民のことも、国のことも考えてくれるから、幸せよ」
 ああ、この人が己の主で、使えるべき主君として見定めて確かだったのだと、庭から近づいてくる幾つもの足音と笑い声に、星刻は微笑んで立ち上がった。


 家から出てきた人物の姿を見て、ルルーシュは額に手をやった。その横を、娘が駆け抜けていく。
「麗華!」
「久しぶりですね、幸華」
 駆け込んできた、自分よりも小さな少女を抱きしめる。暫く会っていなかったから、とても嬉しかった。その後ろから、姉の真似をしているつもりなのだろう、小さな子供が、よたよたと走っている………風に見えた。
「朝陽ですね?ルルーシュ様が会いに来て下さらないから、来てしまいました」
「星刻はともかく、私がおいそれと紫禁城へ行くわけにはいかないでしょう?」
 ようやく姉に追いついた朝陽が、不思議そうに見上げる。その眼前に膝をついて視線をあわせ、頭を撫でる。
「覚えていますか?貴方が生まれたばかりの頃に会っているんですよ」
「うーあー?」
 小さな体を抱き上げて、けれどずっしり重いのだと、命の重さを噛み締める。
 ルルーシュの後方で、驚いたようにコーネリアとナナリー、そしてその護衛たちが眼を見開いていた。
「合衆国中華は、いかがでしたか?」
「………予想していた以上に復興が早く、驚いています。正直、此処までとは思っていませんでした」
「コーネリア皇女様は嘘がつけませんのね」
「真直ぐなのがコーネリアお姉様ですから。ところで、何故、天子様がお姉様のお家に?」
「あら。私はお友達の家に遊びに来たんですよ。ね、幸華?」
「ね〜!」
 天子が、抱き上げていた朝陽をルルーシュへ渡す。呆れたように肩を竦めたルルーシュに、天子の後方に控えていた星刻が申し訳なさそうに首を左右に振った。
「ルルーシュ様、こちらを」
「これは?」
 朝陽を抱いたままのルルーシュへ、天子は白い封筒を出した。
「開けてみてください」
 促されて、ルルーシュは朝陽を一度地面へ下ろし、風のされた部分を開け、中の白い紙を取り出した。
「………星刻、お前、知っていたな?」
「は?何がだ?」
「しらばっくれるな!これだ!」
 取り出した白い紙を広げ、星刻の眼前に見せ付ける。そこには、神聖ブリタニア帝国皇帝の印が押印されていた。
「天子様、これは!?」
「いつも、苦労ばかりかけてしまっていますから、お礼です。オデュッセウス皇帝陛下に連絡を差し上げましたら、二つ返事で」
「兄上が?」
「お兄様が?」
 コーネリアとナナリーが声をあげ、ルルーシュの持つ招待状を見せて欲しいと近づいてきた。確かに、そこにはオデュッセウスの使用している皇帝印が押されている。
「兄上にしては、粋なことを」
「オデュッセウスお兄様はお優しいですから、こういうことに本当によく気づくのですわ、きっと」
 そこには、ブリタニア皇宮への招待の旨が書かれていた。それも、いつでも好きな時に来ていい、と。
「お姉様、いつでも、お待ちしていますわ、アリエスの離宮で」
「ナナリー………」
「きっと、皆様でいらしてください。ご家族揃って」
「ああ。いつか、心の整理がついたら、きっと行くよ」
 もう、出発の時間が近づいている。名残を惜しんで抱き合い、再開を誓って手を離した。









これにて、『偕老同穴』は完結です。
長い間のお付き合い、ありがとうございました。
しかし、このシリーズは本当に自分が大好きなので。
多分、唐突に思い出して更新するかもしれません。
オデュッセウスさんから招待も受けちゃったし(笑)
実はそのお話も書いているので、いつかお披露目できたらな、と。
暫くお待ち下さい。ありがとうございました。






2017/12/25初出