*偕老同穴 四*


 うさぎ、くま、いぬ、ねこなどの動物の絵が描かれた可愛らしい小型のバスが、黎家の前で止まる。そのバスから降りてくる娘を出迎えたルルーシュは、バスのタラップを飛び降りてくる小さな体を、両腕を広げて受け止めてやった。
「ただいま!」
「ああ。おかえり」
 長い髪をお団子に纏めた保育士が、タラップの上から顔を出して手を振ってくるのと、娘が腕を振るのが同時だった。
「先生、またねー」
「はーい。また来週ね」
 バスのドアが閉まり、ゆっくりと走り出していく。
「今日は父様がまだいるぞ」
「え?おしごとお休み?」
「徹夜で家で仕事をしたから、お前の顔を見てから出かけるって」
「本当?わーい!とうさまー!」
 門を開けて敷地内に入った途端に、握っていたルルーシュの手を離して、建物へと走っていく。ここ暫く星刻は仕事漬けで、帰るのは夜中、出発は早朝ということが多く、まともに顔を合わせていなかったせいで、嬉しいのだろうと、ルルーシュの歩調も、少しばかり速くなった。
 その数十分後、ブリタニア大使館において警備が突破され、大使館内が武力制圧されたという連絡が、星刻の元へと届いた。


 叩きつけるように受話器を置き、出かける準備をしていた星刻は、昨夜振っていた剣を持って出かけるかどうか一瞬迷い、結局、手に取った。
「状況は?」
 入口の扉に背を預けるルルーシュへ、左右に首を振る。
「良くはない」
「なら、そんなお前に朗報を一つ」
「朗報?」
「テロリストには不運なことに、昨夜、ナイトオブスリーがブリタニア大使館に来ている」
「スリー?何故?」
「ちょっと顔見知りでな。頭の軽い男だが、身体能力はずば抜けている。KMFの操縦技術も。恐らく、あいつ一人で一個分隊程度なら撃破できるだろう」
「どうやって動かしたんだ?」
「顔見知りだと言っただろう?前々から、この国を観光したいと言っていたから、二日位前に案内してやると言っただけだ。そうしたら、本気で来た」
「本当にナイトオブスリーか?」
「言っただろう?頭が少し軽いんだ」
 現状、ブリタニアが戦端を開いている国は少ない。その戦地へは、皇族ではなく皇帝直属の騎士である、ナンバー付の騎士が出向くことが多い。だが、現在派遣されているのは下位の騎士だということを、ルルーシュは知っていた。その上で、何ヶ月も前から不安定だった国内事情を鑑み、いつか、何かが起こるかもしれないと予測を立てて、数日前にナイトオブスリーであるジノ・ヴァインベルグと連絡を取ったのだ。
 本人は本気で休暇を取り、合衆国中華内を観光するつもりで来たらしいが、こうなっては仕事をせざるを得ないだろう。テレビ電話で『先輩、案内してくれますよね?ね?』などと、呆れる位に明るかったが、人脈は断たずに持っておくものだと、盾が上手く動いてくれることを、ルルーシュは期待していた。
「恐らく、今頃は他の場所でも被害が出ているはずだ」
「そうだな。早く行け。家のことは心配するな」
 一番憂慮しなければならないことは、合衆国中華と神聖ブリタニア帝国との間で、戦端が開かれることだ。或いは、ようやく締結された和平条約が、撤回されてしまうこと。過去、和平条約が結ばれようとされたまさにその日にも、テロが起きた。しかし、あの時はすぐに犯人達は捕縛された。
 だが、今回はあの時と状況が違う。ルルーシュの得た情報によれば、今回の蜂起には恐らく、数多くの退役軍人、或いは現役の軍人等が参加している。それは、単にブリタニアを憎むと言うだけでなく、軍の解体、縮小への反発も含んでいるということなのだろう。
「二人だけにするのも心配なんだが」
「夜までには、ジェレミアが来る。不安か?」
「………分かった」
「心配性だな。最悪の場合、これを使う」
 とん、とルルーシュは、黒い眼帯で覆われた左目を指先でつつく。
「冗談は止めてくれ」
「冗談で済ませるさ」
 近づいて、軽く啄ばむように、唇を合わせる。そこへと、小さな足音が近づいてきた。
「とうさま!」
「如何した?」
「えへへ。いってらっしゃいをしようと思って。おしごと、がんばってね」
 服を着替えた娘が、腰へ抱きつくように飛び込んでくるのを受け止める。
「ああ」
 娘の体を離し、屋敷の門へ向かって歩き出そうとした時、星刻の長い髪の一房を、弾丸が貫き落とした。
「全員、その場で手を上げろ」
 警察官にも見える漆黒の衣服に身を包み、防弾・防刃チョッキを装備し、防護マスクを被った、重装備の軍人らしき者十数名が、幾つかある屋敷の門からそれぞれ入ってきたのだろう、四方から各自、その手に持つ銃の銃口を、三人へと向けていた。
 その先頭に立ち、防護マスクを被っていない人物の顔を見て、星刻は苦渋に満ちた表情で、口を開いた。
「やはり、君が先導者か、趙」
 昨晩、共に食事をしたかつての友が、そこにいた。


 引き金を引こうとした男の懐へと、体勢を低くして飛び込み、顎を掌で強く叩き上げ、足払いをかけて倒れこんだ体へと馬乗りになり、肩を押さえつけて銃を取り上げ、一発その喉元へと銃弾を見舞う。濁った音を立てて血を吐き出した男の装備からナイフを取り上げ、その背後で手榴弾からピンを抜こうとしていた人物の額目掛けて投げつければ、狙いを過たず命中し、その手から手榴弾は不発のまま転がり落ちた。それは、ころころと廊下を転がって足元まで来たので、どうせだと、拾い上げてピンを抜き、角を曲がってこちらへ銃口を向けた二人組みへと投げつける。
「さぁて。後何人かな?」
 神聖ブリタニア帝国大使館内へと侵入したテロリストと、現在進行形で戦っているはずのジノ・ヴァインベルグは、悠長にもそんな軽口を叩きながら、奪った銃を肩へと担いだ。
 手榴弾を見舞われた二人は、壁に激突し、息絶えているようだった。
 大使館内にいた要人達は全員、一箇所に集まり、待機している。勿論、その人達は警備兵が警護しているから、ジノは安心して暴れているのだ。
「折角観光で来たのに。先輩はきっと、これを見越して俺らを呼んだんだなー。な?」
 振り返って問えば、そこには同じ皇帝直属の騎士、ナイトオブシックスのアーニャ・アールストレイム。彼女もまた、ジノの観光に便乗してこの国に来たのだ。先程から、ただ立っているだけで、何もしてはいないけれど。
「肉まんを食べたかったのに」
「あー、あれね。私も食べたい!」
「これ終われば、食べに行ける?」
「かなー。多分」
「じゃあ、早く終わらせる」
 無表情のまま、ジノが敵から奪い、敵へと投擲したナイフを、刺さったままの場所から引き抜いて、軽く振って血を落とすと、それを手の中で、手際よく操る。
「ルルーシュに奢ってもらう」
「そうだな!先輩に観光案内してもらって、それでご飯も奢ってもらってー、お土産代も出してもらおう!」
「中華服欲しい」
「そうだなー。私は何にしようかなー」
 暢気に話をしながら、二人は廊下を進み、倒れた敵から武器を奪いつつ、未だ騒がしい気配のする、大使館入口の方向へと歩みを進めた。















2016/2/13初出