合衆国中華内で同時にテロが発生したと言う報は、すぐさま“黒の騎士団”にももたらされた。そして、その報がもたらされた三十分後には、合衆国中華政府より正式に、警察組織と協力してテロの鎮圧に当たって欲しいという要請が届いた。 そんな忙しい中、暫く姿を消していたはずのC.C.が現れて、幹部は驚いた。 「あんた、今まで何処にいたのよ!」 「何、あちこちを回って美味い物食べ歩きの旅を、な。というか、私は別に騎士団の正式なメンバーじゃない。とやかく言われる筋合いはないぞ?」 「いきなりいなくなれば心配するって言ってんのよ!」 「ほう、心配したのか?」 カレンの言葉に、にやりとC.C.が笑えば、カレンは拗ねたようにそっぽを向いた。 「悪いな、C.C.見ての通り、今は大変忙しいんだ」 扇が、カレンの態度に苦笑しながら部下に一つ指示を与える。 「ああ。知っている。ちょっと借りたい物があって寄ったんだ」 「借りたい物?」 「そうだ。小型でいいんだが、ボートを借りたい。エンジン付の」 「何に使うの?」 「ちょっと、懐かしい場所を尋ねに行くんだよ。島だからな、ボートが必要なのさ」 相変わらずお気に入りらしい、黄色いぬいぐるみを抱えたC.C.に、カレンと扇は顔を見合わせながらも、それなら、と、エンジン付の小型ボートを一つ、貸すことにした。 テロが発生してから三時間。ほぼ各地のテロリストは捕縛、或いは殺害された。狙われていたのが朱禁城近くにある官公庁や各国の大使館であったことから、市民への被害は建物の損害程度で、怪我人は出ていなかったことも、短時間で鎮圧に成功した、大きな要因だった。 ただ、未だ首謀者と思われる人物は見つからず、警察と“黒の騎士団”とで手分けして探している状況だった。 そんな中、外務省に勤務する黎星刻と連絡がつかないこと、そして、彼の妻がブリタニア人であることから、黎家の捜索に手が付けられた。 それは、今回のテロリスト達の目的の一つに、ブリタニア人の排斥、と言うものがあったからに他ならなかった。 屋敷が武装勢力に制圧されてから四時間、既に時刻は昼を回っている。だが、趙の下へは何ら有益な報告がもたらされていないことが、星刻にもルルーシュにも分かっていた。 何故なら、彼らがそれを阻んだ張本人だからだ。 ルルーシュがかき集めた情報を、星刻が関係各所へ必要なだけ与えた結果が、これだ。本当ならば、こうなる前に止めたかったのが星刻の本音だ。けれど、星刻と会った時、既に趙の心は決まり、その視線は定まっていたのだ。揺れ動くことは、なかった。 ならば、最小限の犠牲、最小限の被害にとどめることが、星刻の仕事で、責務だ。 苛立ち始めている彼らに、どう武器を下ろさせるか………言葉を模索する星刻の視界の端で、娘が動く。 「どうした?」 「………おトイレ、行きたい」 縛られた足を擦り合わせている娘に、星刻は顔を上げた。 「頼む。娘をトイレに行かせてやってくれ」 「駄目だ」 「趙!娘には何の罪もない。まだ六歳の子供を縛り上げて、どうするつもりだ?」 「黙れ!」 「かつて“ゼロ”は、自分達を弱者の味方だと言った。故に、武器を持たない者への攻撃はしないように“黒の騎士団”へ厳命していた。それは“ゼロ”自身が、望まない弱者の命を奪ったことがあったからだ」 ルルーシュは眼帯をしていない右目を閉じて、打ち付けた肩を壁に寄りかからせて、口を開く。 「お前達は、国を思って立ち上がったのだろう?星刻の娘は、この国の民だ。この国の戸籍を持つ、国民だ。その国民を蔑ろにするのであれば、お前達は真に国を思って立ち上がったのではなく、己が欲で立ち上がったということになるな」 「っ!言わせておけば!」 趙が、肩から下げたホルダーの中の銃に手をかけた時、部下が数名駆けつけてきた。 「隊長!屋敷の周りを特殊部隊に囲まれています!」 「退路がありません!」 動揺した部下の視線から趙が眼を逸らすと、座り込んだままの星刻と、眼が合った。 「趙、終わりだ。終わりにしよう。私が何とかする。君達の要求が通ることはないだろうが、この国が、ブリタニアに呑まれたり、いいように扱われたりすることのないように、精一杯の努力をする。だから」 「五月蝿い!」 言うなり、趙の腕は、唐突に小さな体を引き上げた。 「幸華!」 星刻とルルーシュの声が重なり、身を乗り出そうとする。だが、両腕を縛られ、両足を縛られていては、思うように動けない。 「貴様の娘なら、十分に価値があるだろう、星刻?なぁ?」 「やめろ、趙!人質なら私でいいだろう!」 「我々が無事に撤退するまでだ」 突然体を抱えられた幸華は、体を硬直させて、全く動けずにいる。その米神に、趙は銃を突きつけた。その冷たさに、幸華は、ぎゅうっ、と両目を閉じた。怖かったからだ。 その時、鋭い声が響いた。 「娘を放せ!」 気づくと、趙は、何故か子供の体を放していた。手を伸ばそうとすると、体が硬直し、動かない。 「な、なん、だ、これは?」 人質を、自ら手放すことなどありえない。ありえないのに、何故か、手放している。 「隊長?」 困惑したような部下達の声に、趙は首を左右に振った。何が起きているのか、分からなかったからだ。 その時、趙の視界に、あのブリタニア人の女が映った。眼帯をしていない右眼が、赤く光っている。あんな色の眼を、していたか? 「お前………お前は、何だ?」 女は眼を閉じ、ゆっくりと壁を伝って立ち上がった。 「星刻、幸華、眼を閉じていてくれ。私がいいというまで、絶対に開けるな」 「ルルーシュ………」 「そんな声で呼ぶな、星刻。私なら大丈夫だ」 とうとうこの時が来たと、ルルーシュは覚悟した。そして、心の中で決めてしまった。 C.C.お前との契約を、果たすぞ。 ルルーシュはゆっくりと右目を開け、星刻と幸華が両目を閉じているのを確認し、趙の側に立つ女へと眼を向けた。たとえ防護マスクをしていたとしても、この力には抗えない。 「女、私達三人の縛を解け」 「はっ、馬鹿な女だ、何を………」 「はい」 趙の嘲りに被せるように、女は歩を進め、まず幸華の両手足の縄を、そして星刻、最後にルルーシュの両手足の縄を解いた。 ルルーシュは幸華を抱え上げて星刻に渡すと、左目を隠している眼帯を外した。 女は、自分が何をしたのか分からずに、呆然としている。それは、趙も同様だった。 そして、ルルーシュは次に趙の側にいる別の男へ眼を向ける。 「敷地内にいる仲間を全員、此処へ呼べ」 「………はい」 男は、機敏な動きで庭や門扉へと走っていく。暫く待つと、室内に十数名の武装者が集まる。狭い室内に、ぎりぎり収まっていた。 趙も、女も、男も、呆然としている。 「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる。お前達は、死ね」 赤い両眼から、紅の鳥が羽ばたいた。 ![]() 2016/3/19初出 |