力強く、固い拳で殴られたジェレミアは、殴られるだけのことをしたのだと、切れた口端から流れる血を、拭うこともしなかった。 「私では、彼女の眼を見ることすら出来ないから、だから、君に頼んだんだぞ!」 「………承知している」 それでも、主君と仰いだ者の強い意志を曲げることなど、ジェレミアには、到底出来なかった。 もしも、出来る者がいるとしたら、それはただ、一人。 自分を殴った相手に対して、ジェレミアは頭を下げた。 「頼む。あの方を、止めてくれ!」 ジェレミアでは、止められない。主従の間柄であるが故の、超えられない一線がある。 「貴殿にしか、あの方を止める権利はないのだ!貴殿だからこそ、止める権利がある」 「………彼女は、何処へ?」 「これは、推測だが、神根島だろう」 「神根島?」 「この国から一番近く、動かせる遺跡は恐らく今、あそこしかないはずだ。急いでくれ。ルルーシュ様を、ギアスと言う鎖からもう、解き放って差し上げたいのだ。案内なら、私がしよう」 「………香凜、すまないが娘を」 「ご安心下さい。実は、星刻様のお屋敷が襲撃を受けたと聞いた天子様が、気持ちも落ち着かないだろうと、娘さんを一日預かりたいと申し出てくださったのです。事後報告ではありますが、先程、宮の方へお届けさせていただきました」 「何と………天子様のお優しさには、いつも救われてばかりだ」 「本当に、私達は君主に恵まれております」 感動している二人には申し訳ないが、ジェレミアは会話を中断させ、星刻を急かした。 もしも、ルルーシュがC.C.からコードを継承してしまえば、取り返しのつかないことになるだろう、と。 朝日が昇り始めた頃に、C.C.とルルーシュはようやく神根島に上陸した。そこで、ようやくルルーシュはかけていたサングラスを外した。外へと出る際に、C.C.が、かつてギアスが暴走し苦しんでいたマオの使用していたような、大仰なサングラスをルルーシュへ渡したのだ。どうしても、全く一人の人にも会わずに辿り着くことなど、不可能だったからだ。 「さて、行くか」 「ああ」 この島の遺跡は、まだ生きている。一部分は崩れてしまっているだろうが、あの世界へと足を踏み入れる足がかりには、十二分になるはずだと、C.C.は踏んでいた。 暫く歩くと森が開け、ぽっかりと開いた洞窟が見える。あの奥に、“Cの世界”へと繋がる扉がある。 まるで、死出の旅路へと歩を進めるかのように、一歩、また一歩と、ルルーシュは土を踏みしめた。 そして、扉の前にやってくると、崩れたらしい岩壁の岩石に、華奢な体が座っていた。 「おっそーい。私、昨晩から待ってたのに」 それは、幾度も見た顔だった。 「アーニャ?何故、此処に?」 特徴的に結われた桃色の髪が揺れる。岩石から飛び降りると、ルルーシュとの距離を近づけ、そして、にこりと微笑んだ。 「久しぶりね、ルルーシュ。本当に、大きくなったわ」 「え?」 口調が、全然違う。表情も豊かで、楽しそうに微笑んでいる。 これは、誰だ? 「うふふ。貴女の体、私に頂戴」 「何っ、まさか!」 アーニャの双眸が、赤く光る。間に合わない、と思った時には既に、ルルーシュは体の動きを止めていた。 そして、対峙していたはずのアーニャの体が、その場に崩れ落ちる。それを、傍観していたC.C.が抱き起こし、最前彼女が座っていた岩石へと寄りかからせた。 「あら。優しいのねC.C.」 「この位はするさ。久しぶりだな、マリアンヌ」 「ええ。久しぶりね。ああ!やっぱり、娘の体はいいわぁ。馴染むって言うの?違和感が少ないの」 ルルーシュが腕を広げ、くるりとその場で一回転する。口調も、表情も、動作も、全てが、直前のルルーシュとはまるで違った。 「さあ、C.C.行きましょう?シャルルが待っているわ。私達で、世界を変えるのよ」 差し出されたルルーシュの手に、C.C.が手を重ねる。そして、ルルーシュの空いた方の手が、紋様の描かれた扉に触れた。 「ルルーシュ!」 名前を呼ばれたルルーシュが振り返る。だが、自身の名を呼んだ相手を視界に捉えてもそれ以上興味を抱かないのか、すぐに視線を逸らしてしまう。 すると、C.C.がルルーシュの手から、手を離した。 「先に行け、マリアンヌ。あの男は私がどうにかしよう」 「あら、そぉ?じゃあ、先に行くわね」 C.C.の手に触れていた方の手を、ひらりとはためかせて、その姿は光に包まれ、扉の向こうへ消えた。 「ル、ルーシュ?」 「黎星刻。お前に問おう」 「何だ?」 「ルルーシュを、本当に愛しているか?」 「愚問だ」 「………今、あいつの体を、あいつの母親であるマリアンヌが、奪い取っている」 「何?」 「道すがら、説明してやろう。お前も来い。この先に用意されている舞台の、お前も役者の一人なのだから」 星刻を此処まで案内してきたのだろうジェレミアがいることに気づき、C.C.は苦笑した。 「おい。その子を大使館まで送ってやれ。マリアンヌのギアスのせいで、記憶が途切れているはずだ」 「了解した」 C.C.は星刻の腕を掴むと、紋様の描かれた扉に触れて、その先にある“Cの世界”へと、足を踏み入れた。 眩い光に一瞬包まれたと思って目を閉じた星刻が、瞼を押し上げると、そこには、見たことも無い景色が広がっていた。 黄金色の光に満ち溢れた、神殿のような場所。階段が長く続く場所もあれば、折れ曲がっている場所もある。 「此処は“Cの世界”と呼ばれる場所だ。ギアス能力者の魂の墓場、とでも言うべきか」 C.C.が歩んでいく先へと、星刻もついて行く。すると、唐突に、C.C.の前に一人の青年が現れた。 「わーい!C.C.だ!」 「マオ?お前、まだ留まっていたのか?」 「勿論!いつかC.C.が来てくれるって信じてたからね」 「いい子だな」 C.C.は手を伸ばし、頭を屈めたマオという青年の頭を撫でる。すると、顔を上げたマオは、星刻を見て眉根を寄せた。 「えー?こいつがルルーシュの旦那なのー?」 「そうだよ。不満か?」 「あいつよりはましだけど、何かやだなー」 「お前がそんなにルルーシュを好きだとは思わなかったぞ」 「だって!ルルーシュは女の子だもん。僕からC.C.を取ったりはしないじゃないか」 「そうか。ところで、ルルーシュは何処へ行った?」 「祭壇の方だよ。でも、あれはルルーシュじゃないじゃないか。心を乗っ取られてた。マリアンヌって女に」 「読んだのか?」 「読んだよ。だって、ルルーシュが来るなんて変なんだから」 「助かった。祭壇だな。行くぞ、黎」 「あ、ああ」 後でまた寄ってねー、などと手を振っているマオを尻目に、二人は先へと進んだ。 ![]() 2016/4/23初出 |