神聖ブリタニア帝国の皇宮の中の一つ、アリエスの離宮に設置されているプライベートヘリポートに、その日、一機の小型飛行艇が姿を現した。皇族の専用機であることを示すマークが機体に入れられたそれから降りてきたのは、しかし、皇族ではなかった。けれども、アリエスの離宮の現在の主が、何よりも待ち望んだ客人の到着だった。 「ようこそおいでくださいました。お待ちしておりましたわ、お姉様」 アリエスの離宮に住まうナナリー・ヴィ・ブリタニアの姉が、十年以上ぶりに祖国の土を踏み、足を下ろした。 だが、それは皇族として帰国したわけではない。妹たっての希望で、家族を伴っての訪問だった。 「ああ、ナナリー。本当に、長く待たせてしまったな」 タラップを駆け下りるようにして飛行艇から降り、車椅子に座る妹の下へ駆け寄り、ルルーシュはその細い体を抱きしめた。 「ただいま、ナナリー」 「お帰りなさい、お姉様」 姉の、自分より広い背中に手を回し、涙を流したナナリーは、タラップを降りてくる人物へ眼をむけ、微笑んだ。 「いらっしゃいませ。どうぞ、楽しんでいってください」 「お招き、感謝いたします。ナナリー皇女殿下」 ナナリーの姉の、ルルーシュの家族が、飛行艇から降りてきた。 広い庭に、燦々と降り注ぐ初夏の太陽の光の中で、白いテーブルの上に、アフタヌーンティーの用意が既にされていた。庭には幾種類もの薔薇が咲き乱れ、豊かな緑を華やかにしている。 「嬉しいですわ、皆様でお越し頂けて」 「この子がしっかり歩けるようになったからな」 言いながら、ルルーシュが隣に座る息子の頭を撫でる。歩き始めの早かった息子が、よろけたりすることなくしっかりと歩けるまで待っていたら、少し遅くなってしまった。 「最近は、走ることを覚えたんだ」 「まあ。やんちゃですね」 「小さい頃のナナリーを見ているみたいだよ」 「あら。私、そんなにやんちゃはしていませんわ」 小さく頬を膨らませた妹に微笑んで、手の中でクッキーをくるくると回していた息子からクッキーを取り上げ、その口の中へ割って入れてやると、素直に咀嚼し始めた。 「美味しい!」 反対側では、娘が砂糖のまぶされた菓子を口に入れている。 「沢山食べてくださいね」 「うん!」 「砂糖がついてるぞ」 言いながら、娘の口元に真っ白についた砂糖を、星刻が拭っている。 「幸華はお菓子が好きですか?」 「大好き!」 「では、お土産にお渡ししますね」 「本当?ありがとう、お姉ちゃん!」 「悪いな、ナナリー」 「いいえ。少しはお姉ちゃんらしい所を見せたいですわ」 初めて、姪と甥が来てくれたのだ。いい所を見せなくては!と、ナナリーは意気込んでいた。 静かな回廊に、静かな足音が響く。それに混じるように、少し強めな足音が響き、その両方が止まった。 「おや、兄上」 「ああ、シュナイゼルか。どうしたんだ?」 「それはこちらの科白ですよ。政務の最中では?」 「うん。そうなんだけどね。気になってしまって」 「兄上もですか」 「君もか」 「ええ。コーネリアが鬼神のような表情で悔しがっていましたからね、今日此処にいられないのを」 「どうしてもずらせない日程だったからね、悪いことをしてしまった」 「ええ。同道しても?」 「勿論だとも。一人でこっそり抜けてきてしまったから、君がいてくれるほうが言い訳できる」 「私を言い訳にしないでください」 呆れながら、シュナイゼルはオデュッセウスの横に並び、歩き出した。 沢山お菓子を食べて、沢山お茶を飲んだら遊びたくなってしまい、幸華はちらちらと、横に座る母を見た。 「どうした?」 「あの、あのね、探検したい」 「探検?」 「うん」 「………あんまり、許可できないが」 「あら。構いませんわ。宮の中でしたら問題ありませんから。探検、しますか?」 「いいの!?」 「ええ。昔、お姉様が使っていたお部屋も壁紙などは変えましたが、残していますから、探してみてください。ベージュの花柄の入った壁紙のお部屋ですよ」 「母様のお部屋?探す!」 「う!」 クッキーを手に持った息子が、その手を前に突き出す。自分も行く、という意思表示だろう。 「幸華、朝陽の面倒をちゃんと見るんだぞ?」 「大丈夫!ずっと手を繋いでるから!」 椅子から降りると、子供用の椅子に座っている弟を下ろし、その手をしっかりと握ってぶんぶんと降ってみせる。 「ね?」 「………分かった。いいか?迷ったらすぐに戻って来るんだぞ?此処は広いからな」 「分かった。行こう、朝!」 「むっ!」 クッキーを口に入れ、もしゃもしゃと食べ続けている弟の手を引っ張って、二人は建物の中へと走っていく。 「何で、ああもお転婆なんだ」 「君に似たんじゃないのか?あちこちを飛び回っていたのだし」 「私よりお前だろう?誰も乗れないようなKMFに乗っていたんだ」 「ふふ。きっと、お二人に似たのでしょうね」 ナナリーに微笑まれ、ルルーシュと星刻は顔を見合わせて、肩を落とした。 磨きぬかれた白い床、丸く白い柱、白い天井、時折かけられている色取り取りの絵画。そんな廊下を、小さな弟の手を引いて歩いていたら、突然、声をかけられた。 「止まれ!」 ブリタニアの言葉だったけれど、短い言葉だったから、何とか幸華には聞き取れた。 足を止め、顔を上げると、そこには何だか格好いい洋服を着た男の人が二人。それが、衛兵の格好なのだと言うことを、幸華は知らなかった。 「何処の子供だ?これより先は、第二皇女殿下の宮であるぞ」 「え?え、と」 早い。もう少しゆっくり話してくれれば、聞き取れるのだ。母が、ブリタニアの言葉を教えてくれているから。 「見慣れぬ格好をしているな?名を名乗れ!」 「な、名前?」 この場合、どう話せばいいのだろう?中華連邦の言葉?それともブリタニアの言葉?そう幸華が迷っている内に、男二人の眉間に皺が寄っていく。 「怪しいな。どうする?」 「まずは、保護を考えるべきか?」 相談するように話し合う男達の後ろから、大きな影が差して、幸華は顔をぐっと上へ向けた。 大きな、大きな体の人が立っている。しかも、何だか頭にいっぱいロールケーキみたいなのがついている。 振り返った男二人が、顔面蒼白になった。 ![]() 幸華はブリタニア、中華、日本の言葉が話せます。 けど、相手によって何語を話すのか、までは。 まだちょっと戸惑っているというか。 特にこういう場所だとまだどれ?みたいになっちゃう。 とかだと可愛いと思います。 2018/8/26初出 |