ぎゅっ、と強く弟の手を握り、幸華は怖くて動けなくなってしまった。 だって、こんなに大きな人を見たことがない。顔も、体も、影も、全部が大きいのだ。 「何事だ?」 低い、声。地下から響いているように、廊下に響く。 「こ、これは、前皇帝陛下………その、どこぞから子供が迷い込みまして、第二皇女殿下の宮へ侵入しようとしていたので、止めたところでございます」 「子供?」 言われて、首を下へ向ける。小さな子供が視界に入っていなかったのだろう。ようやく眼に留め、その両眼を細めた。 そこへ、更に二つの足音が近づいてくる。姿を現したのは、衛兵二人を震え上がらせるには上等すぎる人物達だった。 「こ、皇帝陛下、宰相閣下!」 今にも倒れそうなほど、衛兵は足が震えている。そして、とうとうその場に膝を着き、礼を取った。 「おや、これは父上。ご自分の宮からお出になるとは珍しい」 「むぅ」 「散歩ですかな?」 現皇帝であり、自身の息子でもあるオデュッセウスから声をかけられ、一度振り返ったが、再び視線を子供へ向ける。 「これは?」 子供達を“これ”と称し、説明を求める。それに対し、シュナイゼルが笑みを浮かべ、膝を折った。 「こんにちは、久しぶりだね」 「おじちゃん」 言いながら、一歩、幸華は後ずさった。 だが、礼の姿勢を取ったままの衛兵達は気が気ではない。おじちゃん?帝国の宰相閣下をおじちゃん?何なんだ、この子供!と、滝汗を流している。 「兄上、父上、この子達が、あの子の娘と息子ですよ。弟君とは初めて会うね」 「君達が!初めまして。私はオデュッセウスと言うんだ。君達のお母さんの、一番上のお兄さんに当たるんだ。おじちゃんでいいよ」 「オデュッセウスおじちゃん?」 「うん。そうだよ。いつでも遊びにおいで」 「兄上、そんな時間はないでしょう?」 「それは君もだろう?たまにはいいじゃないか、息抜きくらい」 「今が既にそうですが」 やれやれ、と言いながらシュナイゼルは膝を伸ばし、己の父を見た。 「父上も自己紹介をしないと、この子達には分からないと思いますよ?」 「むぅ」 「この人はね、君達のお母さんのお父さんだよ。君達から見ると、おじいちゃんだね」 オデュッセウスがにこにこと、二人に話しかけて紹介する。言われて、幸華は大きな男の人を見上げた。 くるくるとロールケーキみたいな頭に、大きな体………近所で見かけるおじいちゃん、と呼ばれる人達は皆細くて腰が曲がったりしているけれど、この人はそうじゃない。この人が……… 「おじいちゃん?」 こてり、と幸華が首を傾げて呼んだ瞬間、神聖ブリタニア帝国前皇帝、シャルル・ジ・ブリタニアの口から、奇妙な擬音が零れた。 その頃、アリエスの離宮ではちょっとした騒動が起こっていた。子供達が帰ってこないのも勿論だが、楽しくお茶の時間を満喫していたはずのルルーシュが、突然、顔色を悪くし、口元を押さえたのだ。 「お姉様?どうかされました?」 「んっ………いや、少し………」 「ルルーシュ?」 「すまない、ナナリー、手洗いの場所は変わってないか?」 「え?ええ、勿論ですけれど」 「借りる」 言うなり立ち上がり、ルルーシュが建物へと走っていく。その様子に、星刻が勢い良く立ち上がった。 「ルルーシュ!一人で行くな!」 「え?え?何でしょう?」 わけがわからず、ナナリーは追いかけようと車椅子の向きを変えた。自動走行するようになっている車椅子で、建物へと近づくと、メイドの一人が近づいてきた。 「ナナリー皇女殿下、何か、不手際が御座いましたでしょうか?」 「いいえ。大丈夫ですわ。お姉様、時差ボケかしら?飛行艇で体調が悪かったり………何も聞いていませんか?」 「はい。特には」 近づいてきたメイドは、飛行艇でもルルーシュ達の身の回りの世話を頼んだのだ。そのため、客人が体調を崩したのを目の当たりにし、驚いたのだろう。 「様子を見てきてもらってもいいですか?」 「すぐに」 言うなり、メイドも走っていく。 一人、ぽつりと残されたナナリーのいる白い廊下に、幾つもの足音が近づいてくる。幾つかは聞き知った音だが、内の一つは、ほとんどこの宮の中では聞かない音だ。 車椅子の向きを直し、客人を出迎えようと少し進み、ナナリーは眼を丸くした。 「まあ、まあまあ、皇帝陛下ったら」 「やあ、ナナリー。見ておくれ、可愛いだろう?両手に花、ではないが、幸せだねぇ」 オデュッセウスが、右手で幸華の手を、左手で朝陽の手を握り、歩いてくる。その横では、シュナイゼルが心なしか肩を落としているように見えるのは、姪と甥と手を繋げなかったからだろうか。けれど、何よりナナリーを驚かせたのは、二人の後ろにいる、父の姿だった。 「まあ、父上までこちらへ?」 「うむ」 「途中で会ったんだ。だから、一緒に来たんだが、ルルーシュは?」 「それが、その………あ」 説明しようとナナリーが口を開く前に、血相を変えた星刻が走ってくる。 「失礼。ナナリー皇女殿下、何処か、空いている部屋はありませんか?ルルーシュを横にしたいのですが」 「え?そんなにお加減が悪いのですか?」 「いえ、病気ではないと………あ、こら、お前達!」 「母様!」 母親の体調がよくないと察した幸華がオデュッセウスの手を離して駆け出せば、倣うように朝陽も走り出す。 「それから、医者をお願いしたいのですが」 「そんな!やはりお加減が」 「いえ、確たる証拠が欲しいと言うか………」 ナナリーだけを見ていた星刻が顔を上げると、そこにシュナイゼル、オデュッセウス、挙句の果てにシャルルまでおり、流石に姿勢を正した。 「大変失礼を。妻が体調を崩しまして、取り乱しました」 「と言うことは、君が黎君だね?いつもルルーシュがお世話になって」 「兄上、今はそんな場合ではなく」 「ああ、そうだった。医者なら、私の主治医を呼べばいい。今日は宮にいるよ」 「いえ、そこまでお手を煩わせるほどでは」 「では、一体お姉様の体調はどうお悪いのですか?」 「………恐らく、ですが、懐妊ではないか、と。それで、確たる証拠が欲しいので、出来れば、産婦人科の医師がいれば助かるのですが」 「まあぁ!」 三人目ですね!などと喜んでいるナナリーの声を遮るように、シャルルが大仰に、羽織っていたマントを背中へと翻した。 「儂の主治医を呼べ!」 「父上?何を」 「儂の主治医はマリアンヌを見た医者。問題はない。そこのメイド」 「は、はい!」 星刻を追ってきたのだろう、ナナリーに様子を見に行くよう言われたメイドが、姿勢を正す。 「今すぐ儂の宮へ行き、主治医を呼べ」 返事すら忘れ、メイドは走り出した。前皇帝のオーラに、完全に呑まれて涙目だった。 シャルルさんはおじいちゃんと呼ばれてご満悦です。 オデュッセウスさんはおじちゃんと呼ばれて嬉しいです。 シュナイゼルさんだけいつまでもお兄ちゃんと呼ばれなくて悲しい。 そんな三人です。で、オデュッセウスさんは優しそうというか優しいので。 子供達は多分懐きます。シャルルさんとシュナイゼルさんには懐かない(苦笑) 2018/8/26初出 |