*蛙の子は蛙*


 人工島、蓬莱島にある黒の騎士団本部の中には、今、数多くの使われなくなって久しいKMFが並ぶ格納庫がある。中には、後継機の部品などの調達の為、破損していても残されているものから、出撃する戦場を失った機体、そして乗り手がいなくなった機体まで様々だ。けれどそれは、世界が着実に平和へと近づいている証、KMFが戦場へ投入されることが減ったことを意味している。
 そして、そこには合衆国中華が誇る最強のKMF神虎、そして、黒の騎士団CEOだった“ゼロ”が乗っていた絶対防御を誇るKMF蜃気楼も、眠っていた。


 意気揚々と、また少し背の高くなった弟の手を引いて、少女は蓬莱島へと足を踏み入れた。この島へと足を踏み入れること事態は、然程難しくはない。難しいのは此処から先、黒の騎士団本部へと足を踏み入れること、また、それに関連する施設へと足を踏み入れることだ。かつて、数多くの日本人達が、黒の騎士団と共に故郷から移り住んだ際、そのまま定住した者達が、街を作り上げている。その街の中へは、自由に出入りが可能なのだ。
 だが、少女は黒の騎士団本部へと簡単に入ることの出来る魔法のカードを持っている。本人がそう思っているだけで、実は正真正銘の身分証なのだが、少女は魔法のカードだと思っており、それは何処でも出入りが可能なのだ。黒の騎士団技術顧問のラクシャータがいる研究所でも、広報担当のディートハルトがいる広報部でも、藤堂や千葉らがいる鍛錬所でも何処でもだ。
 少女は、大事な用事を母から言いつけられて、胸を張って目的の人物を探して、黒の騎士団内を闊歩していた。だが、毎日来るわけではないし、来る度に見知った人の部屋割りが変わっていたり、会議室に皆が揃っているわけではないことも知っているから、一番話が早そうな人を探して、格納庫を目指していた。
 格納庫と言うのが、多くの武器を置いた部屋だというのを知っている。勿論、そこには戦場で主体となるKMFが並んでいる。だからこそ、彼女はそこに向かっていた。第一に探すべき人物が、大抵そこにいることを知っているからだ。
 そして、過たずにその姿を見つけ、弟の腕を引いて走り出した。
「カレン!」
 真っ赤な機体の前で、紅い髪が跳ねた女性が、難しそうな顔で書類を捲っている。声をかければ、振り返って驚いたような顔をして近づいてきた。
「やだ、随分久しぶりね。どうしたの?」
「今日はね、おつかい」
「おつかい?二人で?」
「そう。母様お腹重くて動けないんだって」
「ああ。もうすぐ臨月だっけ」
「父様がね、何かすっごく慌ててる」
「初めてでもないのに何を慌ててんだか」
「?」
「ああ、いいの、いいの。こっちの話。で、おつかいって誰に?」
「藤堂さん!」
「藤堂さんか………今は多分会議中かな。後三十分もすれば終わると思うけど………どうしたの?」
「ねえ、あれなぁに?」
 少女が指差した方向は、格納庫の一番奥、光の差さない場所だ。そこには、使われなくなった機体や破損した機体が主に置かれている。その最深部に、大きな布を被せられ、二度と日の目を見ることはないだろうといわれている二機が、並んでいる。
「見てみる?」
「いいの!?」
「まあ、あんた達ならいいでしょ」
 あの二機は、この子達にとっては特別なものだ。例え今は知らなくても、きっと将来、いつか知る時が来る。
 自分達の父と母が、それぞれ先陣を切って戦場で駆っていた、唯一無二のKMFだ。
 布の留め具を外し、まず神虎を、そして蜃気楼を見せてやる。近場にいた整備士達が、驚きの声を上げた。彼らも、これには触らせてもらえないのだ。何故なら、これの整備は技術顧問であるラクシャータと、その周囲の人間にのみ許されているから。
「こっちが神虎。で、こっちが蜃気楼よ」
「知ってる!父様が乗ってた!こっちは“ゼロ”の!」
「そうよ。まあ、もう乗れる人間がいないから、こうして眠ってるんだけどね」
「カレンは乗れないの?」
「私には紅蓮があるし、この二機は無理よ。特殊すぎて。特に蜃気楼なんて無理」
「やっぱり“ゼロ”は凄いんだね!」
 きらきらと眼を輝かせて見上げる姿に、カレンは近くにあった内線でラクシャータに確認を取り、蜃気楼のコックピットを開けた。
「ちょっと、座ってみる?」
「いいの?」
「二人で座れると思うわよ」
 コックピット近くまで梯子を伸ばしてやり、二人を順々に中へ座らせてやる。起動させていないため、窓の向こう側は真っ暗闇だが、庫内の薄明かりで内装は分かる。
「あー!これ知ってる!」
「ねーたま」
「そうそう。ね、朝」
 言いながら、子供二人はまるでテレビゲームで遊びでもするかのように、蜃気楼のコックピット内のスイッチを押し始めた。
「ちょ、待って!」
 カレンが慌てた時には、蜃気楼の起動スイッチが押されていた。


 スリープモードにしていたはずのPCが急に起動し、ルルーシュは眉根を顰めた。映し出された画面には、何故か“蜃気楼起動”の文字が映し出されている。だが、蜃気楼は特定の人間にしか動かせないよう様々な工夫を凝らしてある。それは、あれだけの防御力を誇る機体が簡単に奪取されては困るからだ。一体誰が………と、慌ててキーボードを叩いて起動を遠隔で強制終了させようとした時に画面に映ったのは、小さな顔二つだった。
「な、にをしているんだ、お前達ー!」
 叫んでも届かないことが分かっていて、ルルーシュは叫んだ。


 突然蜃気楼が起動したことに驚き、ラクシャータは自室から飛び出て格納庫へと急いだ。あれを動かせる人間は、世界に二人しかいない。黒の騎士団内に、現在その二人はいないのだ。
 格納庫へ到着すると、梯子の上で慌てたようにカレンが身振り手振りで何やら止めようとしている。
「カレン!誰が乗ってんのさ!」
「いや、えと、子供達が」
「はぁ?そこどきな!」
 梯子からカレンを下ろさせ、自らコックピットまで近づいたラクシャータは、唖然とした。小学生の子供と、まだ五歳にもならない言葉も未成熟な子供の二人が、起動スイッチを押し、あちこちを触っているのだ。
「あんた達、動かせんのかい?」
「あ、ラクシャータ!これ、母様のキーボードに似てるの!知ってる!」
「ねーたま、これ」
「あ、それは駄目。多分駄目なやつ」
 弟が押そうとしたボタンから腕を引かせる姉は、判断力がある。今のボタンは、一発打てば格納庫の隔壁が飛ぶ威力がある。
「あの親にしてこの子あり、かねぇ。ちょいとあんた達、もしもっと触りたいなら、私の部屋に色々あるよ。遊びに来るかい?」
「いいの?あ、でもお使い済ませないと」
「それが済んでからでいいさ。こいつで遊んでいると母様と父様に怒られるだろ?」
「うっ………それは、嫌」
「おこられう?」
「怒られるだろうさ。だから、私の部屋においで。楽しい物が色々あるよ」
「行く!朝、スイッチ切って」
「はーい」
 姉に言われて弟が起動スイッチを落とす。二人を順にコックピットから下ろしながら、今から教育すればとんでもないKMF乗りになる、とラクシャータは確信していた。








この後父様から特大の雷が。
そして母様から特大の拳が。
二人の頭上には落ちます。
そして、ラクシャータには訥々と説教が為されます。
ラクシャータ的には鉄は熱い内に打て、という気なのでしょうが。
子供達をKMF乗りにする気は両親にはないので。
自分達が戦い続けてきた分、子供にはそこから縁遠くいて欲しい。
多分、きっと、そんな風に思っているはず。






2019/8/11初出