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朝早くから出勤し、帰ってくるのはしっかりと夜が更けてから、と言う出勤形態が常態化してから、早数年が経とうとしている。このままではいけないと思ってはいるものの、改善する手立てや切欠がないままずるずるときてしまったのは、妻の言葉を借りれば“ワーカーホリック”という事になるのだろうし、自分の悪い癖だと、黎星刻は理解していた。 しかし、やはりこのままでいい訳がない。家族と過ごす時間は増やせていないし、自身の健康を考えるのならば、仕事漬けの生活は改善すべきだろう。だが、だからと言って、部下の数をすぐに増やせるものでもないし、部下達がすぐに成長するものでもない。人材育成というものは長期の視野が必要だ。今日明日にどうこう出来るのならば、とうにやっている。だが、このままでは仕事が減る気配はないし、長期休暇など夢のまた夢だ。 「どうかしましたか?」 部下から声をかけられ、止まっていた手を再開する。山と積まれた書類は、全て決済待ちの書類達だ。今ここにある分は、今日中に仕上げなければならない。 いや、このまま一人で考え込んでいても埒が明かないな、と思い、手を止めた。 「少し、相談があるのだが」 怪訝そうな部下の表情に、口を開いた。 夕食の後に少し相談がある、と声をかけられて、珍しいな、とルルーシュは思った。 迷うことはあるだろうが、大抵の場合は論理的に自分の中で解決策を見出してしまう男だと思っていたからだ。それが、わざわざ前置きをしてまで言ってくるという事は、相当悩んでいるのか、答えがまるで見出せないかなのだろう。 既に子供達は入浴を済ませ、遠く洗面所の方から髪を乾かすドライヤーの音が響いてくる。上の子が下の子の面倒をよく見てくれるおかげで、ルルーシュの手は空いていた。 「今でもいいぞ?」 「ん?うん。子供達が寝てからの方がいいかと思ったんだが………」 「珍しく歯切れが悪いじゃないか」 カップに自分の分のお茶を注ぎ、椅子を引いて星刻の前に陣取れば、箸を一度置いた星刻が顔を上げた。 「育児休暇を取ろうかと思っているんだが」 「………また突飛な事を」 斜めの方向から相談事が飛んできて、流石にルルーシュも面食らってしまった。 「早速今日、皆にも相談したのだが」 「何と言われた?」 「取って貰いたいとは思うが、制度がないので検討しかねてしまう、と」 「は?育児休暇制度がなかったのか?」 「なかったらしい。正直、そう言った所の整備はどうしても後回しになってしまったようで、皆も驚いていた」 「雇用契約や職員の福利厚生の整備は真っ先に行うべきだろうが。後回しにするな」 「面目ない………で、折角だから、私が第一号になるのはどうだろうか、と」 「良い提案だと思うが、そもそもお前、休めるのか?」 「今、正にそこを悩んでいるんだ」 星刻は、合衆国中華における外交の要所を担っている。ようやく国家の地盤が整い、これから各国との様々な交渉が軌道に乗ろうという大事な時期に、育児休暇で休みますは如何なものなのだろうか、と、自分自身でも考えていた。けれど、星刻にはどうしても、育児休暇を取りたい理由があった。 「今度は双子だろう?幸華は手伝いが少し出来るかもしれないが、朝陽はまだ無理だ。どうしてももう一人大人の手は必要だと思う」 「それはそうなんだがな。最悪、ロロを呼ぼうかと考えていた」 「それも、手ではあるんだが………」 「何だ?何かあるのか?」 「正直、幸華や朝陽の時は私自身に余裕がまるでなくて、新生児の時期を君に丸投げしてしまっただろう?」 「それは仕方ないだろう。幸華が生まれた頃はブリタニアと戦争していたし、朝陽が生まれた時はテロの後始末と軍の縮小解体の路線変更で忙しかったじゃないか」 「そうなんだ。だから、是非次は育児に参加したい」 「意気込みは買うけどな、まずはきちんと省内のルールを明確化してこい。まだ生まれるまで時間があるんだ。しっかりとしておかないと、お前、後悔するぞ?」 「と言うと?」 「お前の事だから、自分が育休一号を取得した後は、部下達にも続いてもらいたいんだろう?となれば、ルールが明文化されていない場合、彼らが困ることになるんだぞ」 「確かに、そうだな………君はどう思う?」 「どうも何も、お前が休んでくれるのであれば、それが一番いいに決まっている」 「そうか。良かった」 「何が良かった、になるんだ?」 「ん?いや、君の事だから『育休より仕事をしろ』と言うのではないかと」 「そんなことは言わないさ。確かに、以前死ぬ気で働けとは言ったが、あんなのは冗談の一種だ。それに、ブリタニアでは夫婦共に育児休暇を取得するのは一般的だ」 「そうなのか。我が国はまだまだその辺りが一歩踏み出せていないな」 「まあ、この国は何と言うか、男尊女卑が強かっただろ?大宦官が“ああ”だったし」 「そうなんだ。長年の文化や蓄積された習慣のようなものは、変えていくのが一番難しいと思っている」 「そういう意味では、国の中枢にいるお前が真っ先に行動するのは意味があると思うぞ」 背中を押された事で一息ついたのか、星刻は再び箸を取って食事を再開した。 翌朝、リビングへ足を運ぶと、食事と一緒に分厚い書類が一束置かれていた。 「各国の育児休暇制度に関する情報を纏めてみた。企業や省庁色々だが、参考にしろ」 「仕事が早過ぎないか?」 「お前が育児休暇を取りたいと言ったんだ。サポート位はしてやるさ」 「私がサポートすべきだと思うのだが?」 「そのサポートの為のサポートだろう?必要な物があれば言え。最悪家に仕事を持ち込む場合、環境は整えるぞ」 「持ち込んでいいのか?」 「最悪の場合、だぞ?まずは育休制度を確立させる事を考えろ」 「そうだな。最大限の努力をしよう」 「そうしてくれ」 ルルーシュが差し出してきた皿を受け取ってテーブルへ並べていると、まだ眠そうに目を擦る弟の手を引いた幸華が歩いてきた。 「おはよう!」 「おはよう、二人共」 「二人共座れ」 言いながら、ルルーシュが大皿に乗ったサラダをテーブルに置く。 「ほら、朝陽、目を覚ませ」 椅子に座っても、まだ眠いのか、むにゃむにゃ言いながら小さく左右に揺れている息子の頬を両手で挟み、軽く揉んでやる。 「うぅ〜おきるぅ〜」 「父様、父様、私も!」 「幸華は起きているだろう?」 「でも、もみもみして!」 「はいはい」 仕方なしに、娘の頬も両手で軽く挟み、揉んでやると、楽しそうに笑っている。 「普段からスキンシップが足りてないからだぞ、星刻」 「育児休暇の前に、まずは連休を取得することを考えなくては」 「連休があるなら旅行がいいだろうな」 「旅行!?どこ行くの!?」 「父様の休みが取れれば行けるから、二人で頑張って父様にねだれ」 「父様!お休み取って!旅行したい!!」 「ルルーシュ!何てことを言うんだ!?」 「何だ、旅行をしたくないのか?」 「したい、したいが、今は無」 「父様!」 「とおさま!」 最後まで言わせてもらえず、星刻は両側から子供達に挟まれて、旅行、旅行、と連呼されながら揺さぶられる事になった。
なんてことのない家族の日常を書きたかったのでこんなお話になりました。 この後頑張って星刻は連休を取得して家族旅行するでしょうし。 頑張って育休制度をルール化して第一号になると思います。 何か大宦官とかを見る限りどうしたって育休のなさそうな国だな、と思いましたので。 ルルーシュとしても星刻が育休取ってくれれば一番安心でしょうし。 時系列としては『蛙の子は蛙』より前になりますね。 2025/9/20初出 |