突然泣き出した子供に、流石に四人は顔を見合わせた。何が原因かわからなかったからだ。その泣き声を聞きつけたのか、あわただしい足音が近づいてくる。 「どうした!?」 その場に飛び込んできたのは、先ほどまでシュナイゼルと天子が会議をしていた方向から走ってきた、中華の武官、黎星刻だった。 シュナイゼルは、この男にいい印象を持っていない。無論、眉間に皺が寄った。だが、子供が教本を握り締めたまま、そちらへと走り寄る。 「とうさまー!!」 「部屋を出てはだめだといっただろう!」 星刻の腕の中に飛び込んだ子供が、ごめんなさいーと、泣きながら言う。 「で、どうした?」 「ぐすっ…えっ…おべん、きょ、おわっ、た」 「そうか。で?」 「かあ、さま、のとこ、いって、い?」 「今日はだめだ」 「えっ…うっ………」 子供を抱き上げ、あやすように背中を撫でていた星刻の瞳が、すうっ、と細くなる。 「シュナイゼル宰相閣下、まさか、また迷われたのですか?」 「恥ずかしい事に、ね。ここは本当に迷路のようだ」 「私の子に何を?」 「道を聞いていたのだが、泣き出してしまってね」 涙でぐちゃぐちゃになった顔が振り向き、大きな紫色の瞳がシュナイゼルを見ると、ひくりと喉を鳴らして、星刻の肩に顔を埋める。 「あのおじちゃんこわいー!!」 「おじ………」 「ぶふっう!」 「ロイドさんっ!!」 おじちゃん、と言われて固まったシュナイゼルのすぐ側で、ロイドが吹き出す。そんなロイドの腹に、セシルが肘鉄を食らわせた。 「ぐっ………い、いたい、なぁ、セシル君。だって、殿下をおじちゃんだよ?おじちゃん………あっはは〜いいね〜」 「ロイドさん!」 痛いのかおかしいのか、腹を抱えているロイドの横で、セシルは真っ青になっている。とうの、おじちゃんといわれた、神聖ブリタニア帝国で次代皇帝と噂される宰相閣下は、完全に動きをとめていた。 「おじ、ちゃん………私は、まだそんな………いや、しかし、いやいや………」 ぶつぶつと口の中で呟くシュナイゼルに、カノンが額に手をやって溜息をつく。 どうやら、大ダメージだったらしい。 「相手はブリタニアの宰相閣下だ。おじちゃんはやめなさい」 「でも、おじちゃんだもん。おにいちゃんじゃないもん」 父親である星刻の言葉に、譲らないとでも言うように、子供は口を尖らせる。 「た、確かに、私は君のお父様よりは年が上かもしれないが、しかし、その、せめてお兄さんにしてはくれないか………」 「やだ」 即答した子供が、顔を背ける。 「きらい。かあさまにかってもらったほん、とろうとした」 「貴女が振り回すからよ」 カノンの言葉に、子供が眼を閉じて舌を出す。 「こら。どこでそんなのを覚えた」 その仕草に、星刻が子供の頬を軽く抓る。 「かあさまが、とうさまにときどきしてるよ?」 「何!?」 「けんかしたあととか。おへやでてくとうさまにむかって」 「っ………!」 「とうさま?これ、だめなの?」 「だめだ。二度とするんじゃない」 「はぁい」 不満そうに、子供は肩を落とす。だが、抱き上げられているのが嬉しいのか、本を握っていない手は、しっかりと星刻の首に回されていた。 「とうさま、もうおしごとおわり?」 「午前中は」 「じゃあごはんね」 「ああ。今日は家で食べよう」 「おにわでたべる?」 「天気もいいし、そうしようか」 「わーい、ごはんー!」 するりと父親の腕から飛び降りると、子供はシュナイゼルとカノンの横を通り抜けて、走っていってしまう。 「おじちゃん………おじちゃんか………はははっ」 シュナイゼルはまだショックを受けているようで、小さな笑いを零す。その横では、どうにも笑いのツボに入ったらしいロイドが、まだ腹を抱えて笑っていた。 「元気なお子様ね」 「ええ。元気すぎるのも考え物ですが」 「あら。お家に閉じこもっているよりいいと思うわ」 カノンは腕を振り上げて、シュナイゼルの背中を叩く。いい加減ショックから立ち直れ、と言うことなのだろう。 「ところで、迎賓館はあちらなのよね?近道ってあるかしら?」 「それなら、少し戻ったところに庭に出る階がある。そこから庭を一直線に突っ切れば」 「ありがとう。ほら、殿下、行きますよっ!」 「ロイドさんも、もう笑いやんでください」 それぞれがそれぞれの上司の腕を引くようにして、歩いていくのを見て、星刻は我が家のある方へと、足を向けた。 そして、二度とあの宰相に娘を会わせないためにはどうするべきかの策を、練りだした。 その後、神聖ブリタニア帝国宰相、シュナイゼル・エル・ブリタニアには、ロリコンの噂が付き纏うこととなる。 何故なら、超合衆国の一国家である合衆国中華の武官の一人娘へと、月一の頻度でプレゼントを贈っているらしい、との話が流れ始めたからだ。 それは、彼が是非その子供に“おじちゃん”ではなく“おにいちゃん”と呼ばせようとしたがための苦肉の策であったのだと言うことは、彼の側近達以外、知る者はいなかった。 そのプレゼントも、ことごとく費用は宰相持ちで、子供の父親から即座に返品されたのだが。 不憫に思った宰相の部下が、返されたそれらのプレゼントは秘密裏に届いた事にして処理したらしい、との噂は、真か嘘か………いずれにせよ、宰相閣下が知るところではなかった。 ![]() 血筋的にはおじちゃんで間違ってないんですけどね(笑) 最初は月一だったプレゼント攻撃が効果がないと知るや、週一とかになります。 ええ。宰相閣下は際限とか知りませんから!! ロイドとセシルを出したのは、ロイドに大笑いしてもらってセシルさんに突っ込んでもらうためです!! まさか、シュナイゼル様がこんなギャグ要員になってくれるとは思いもしなかったです。 子供は本能でシュナイゼル様の腹黒さを察知し、大泣きしました。 シュナイゼル様は当然気づいてます。この子がルルの子供だろうな、って。 あ。私的設定では、子供はルルに激似です。ただし、髪質は星刻に似たストレートのさらっさらヘアです!! シュナイゼル様が“おにいちゃん”と呼ばれる事はありません。ええ。決して(断言) 2008/8/3初出 |