*寝台*


 白磁の碗に注がれる薄い色の緑茶。薫り高いそれを口に含み、ほうっ、と一つ息を吐く。
「今日も随分と、暴れたな」
「君と離れるのが嫌だったんだろう」
 一日母親に張り付いて離れなかった娘も、一緒に風呂に入り、髪を乾かしてもらい、寝かしつけてもらった後は、穏やかな寝息を立てて、今は一人で眠っていた。
「でも、一人で眠れるようになったのか」
「最近だが。“おとなになったの”らしい」
「そうか」
 五歳の娘が早くも「おとなになったの」とは、随分とおしゃまなことだと、肩を竦める。
「騎士団の方は?」
「最近は紛争も少ない。俺達の出番がなくなるのは、何よりいいことだと思わないか?」
「もしも、世界から争いごとが消えたら、君達はどうする?」
「愚問だな。取り返した日本に住むに決まってるだろう?まあ、俺はどうなるかわからないが」
 日本人ではない彼女が、日本を救うための大義を掲げて前進してきたその結果、彼女はどこへもいけなくなってしまう。
「ブリタニアに帰るつもりが?」
「あるわけないだろう。死んだ人間だぞ」
 本名は鬼籍に載り、代わりに名乗っていた偽名も行方不明から数年が経ち、法律にのっとって鬼籍に載った。最早生きては居ない人間に、どこへいけると言うのかと、喉の奥で笑う。
「この国の名前を名乗るか?」
「は?」
「今はそれなりの地位にいる。戸籍を操るくらい」
「却下だな。あの子の母親は罪人だ。知っている人間だけが知っていれば、いい」
 隣室で寝ているだろう娘を思い、そうして扉を見やる姿が痛ましいのだと告げたところで、一蹴されるのはわかっていた。それでも、持っていた碗を置き、腕を伸ばして細い体を抱きしめる。
「星刻?」
「君は私の妻だろう、ルルーシュ?」
「さあ、どうだったかな」
 結婚もせず、ただ産んだ子供を育てるだけの相方として側にいるのだと、だからこそ共に暮らす事もせずにいるのだと、含んで言い放つ。
「もしも、私が、君を正式に家族に迎えたいと言ったら、どうする?」
「………無理なことを」
「無理ではないさ。天子様も君の味方だ」
「彼女には、悪いことをしたな。汚いものを見せすぎた」
「為政者が奇麗事を並べたら、政治は立ち行かない。それは誰より君が知っている事だろう?」
「だが、綺麗でいて欲しいと願うのが、民の常だ」
 それだけではままならないとわかってはいても、それを願うのは国民感情。それは理想で、現実はそうはいかない。
「で、どうする?もしも平穏が訪れて、騎士団が必要とされなくなったら………?」
「その時はその時で、考えるさ。世界から争いごとがなくなるなどとは、到底信じられないからな」
 まるで未来を予測するようなその口ぶりに、星刻は眉根を寄せながら、ルルーシュの手から白磁の碗を取り上げ、卓へ置く。
 立ち上がり、椅子の背へ華奢な体を押しつけるようにして閉じ込め、口づけた。


 一人で着替えられるようになったのは、つい最近。綺麗に夜着も畳めるようになり、褒められた。畳んだそれを寝台の枕元に置き、部屋の扉の取っ手に手をかけ、開ける。
 だが、隣室はまだ暗かった。今の時刻は朝の五時。いつもならこんなに早く起きることはなかったが、彼女には一つの企みがあった。
 それは、寝ているだろう母親を、起こしてあげること。
 いつもいつも、母に起こされてしまう自分がとっても早起きをして、母を起こしてあげるのだと、前の晩に決めていた。
 だからこその、早起きだった。少し早すぎて、外はまだ暗い。明かりのない部屋の中を、そうっと、足音を立てないように彼女は進み、寝台に近寄った。
 そして、頬を膨らませる。
「ずるい」
 腕を伸ばして、ぺちぺちと、目の前にある頬を叩く。紅葉のような小さな手で叩いても、痛みはないのだろうか、一向に眼を覚ます気配がない。
 業を煮やした彼女は、長い黒髪を力強く引っ張った。
「っ………何………ん?」
「とーさま、おはよう」
「おは、よう。随分と早いな。どうした?」
「とうさま、そこどいて」
「ん?」
「はやくどいてー。そこからおりて」
 ぐいぐいと、髪を引く娘に、仕方なしに寝台から降りて、視線を娘に合わせると、腕を伸ばす。
「そこにのせて」
「寝台に?」
「そーお」
 大人用の寝台で、少し高めに作られているそこへと乗せて欲しいと頼む娘の体を抱き上げて乗せると、もぞもぞと布団を捲り、中へともぐりこむ。
「かーさまー」
 ぎゅっ、と眠っている母親の腕に抱きつき、胸元に頭を擦りつける。それでも、母親は起きる気配がない。そんな母親に抱きついた娘の視線が、立ったままの父親へと向けられる。
「とうさま、なんでうえはだかなの?」
 言葉に詰まった彼は、深呼吸して、一言言った。
「………大人の事情だ」
「おとなのじじょー?」
「で、何故私は追い出されたのだ?」
「とうさまばっかりかあさまとくっついて、ずるいから」
 やれやれ、とばかりに取られた場所をもう一度確保するべく、星刻は寝台に乗ると、妻と娘を抱きしめるように腕を伸ばした。
「まだ早い。寝ていいぞ」
「んー」
 無理をして早起きをしたのだろう娘は、目を擦りながら欠伸をすると、更に母親の腕に縋るように体をつけ、小さく呟いた。
「…おやす、み、なさ…」
「ああ。おやすみ」
 柔らかい黒髪を撫でてやると、すぐに寝息が聞こえてきて、星刻も眼を閉じた。
 その後、いつまで経っても執務室に姿を現さない上司と、いつまで経っても戻ってこないCEOに業を煮やした周香凛と紅月カレンが部屋へと押し入ったが、あまりに穏やかな表情で、川の字になって眠る家族に、安眠を妨害するようで、手を出せなかったとか………








ついにこの話から連載頁を作り、切り離しました。
シリアスも込みで、更に二人がラブラブになるまで書きたいと思います。
星刻が上半身裸なのは大人の事情です(笑)
きちんとルルーシュには服を夜中の内に着せておいた感じでお願いします。
この後から、星刻も上を着るようになります。
娘に寝込みを襲撃されてはたまりませんからね(苦笑)




2008/8/10初出