*華-U-*


 室内を、隻眼の紫色が睥睨する。突然の乱入者に、誰より先に動いたのは、星刻だった。
「ルルーシュ!」
 立ち上がった星刻が駆け寄り、細く白い手を掴む。
「どうやってここまで?」
「侍女に案内を頼んだ」
 椅子が一脚急いで運び入れられ、ルルーシュがそこへ腰を下ろす。天子と星刻の間に挟まれる形になったルルーシュは、視線を斜め前に座る、シュナイゼル・エル・ブリタニアで止めた。
「聞かせてもらいましたよ、義兄上」
「ルルーシュ………やはり、君だったのだね」
 人の悪い笑みを口端に浮かべ、ルルーシュはけれど、右手を動かして、横に座る星刻の左手を握り締めた。
「捕まえないのでしょう、“ゼロ”を?」
「ああ。約束しよう」
「殿下!!」
「枢木君、黙りたまえ。私は自分の妹を罪人として処刑するのなど、ごめんだ。………その、瞳は?」
「これが理由ですよ、“黒の騎士団”を退団した」
「ギアス………だね?」
「知っているのですか」
 そっと、左手で隠された左目に触れる。黒い眼帯の皮の感触はもう、慣れたものだった。
「見せてはくれないのか?」
「見せられません。俺はこの場にいる人間を殺したくありませんから」
「ルルーシュ、口調が元に戻っている」
「ああ、悪い。まだ抜けないんだ」
 隣で溜息をついた星刻に、ルルーシュが肩を竦める。ぐっと、星刻の手を握るルルーシュの手に、力が篭る。
「君達は、その………あまり、確かめたくはない、んだが…」
「彼女は私の妻です。それは、以前も言ったはずですが?」
「と言うわけなので、いい加減娘にプレゼント攻撃はやめてくれませんか?迷惑です」
「いや、私はただ、あの子におにいちゃんと…」
「いい年なのに恥ずかしいですよ、義兄上。大体、血筋で言えばあの子の伯父なんですから、おじちゃんでいいでしょう。何が不満なんですか?」
「気分の問題だよ」
「………三十路過ぎの癖に」
 ぽつりと呟いたルルーシュの声は、横にいた天子と星刻にしか聞こえなかった。
「それで、納得してもらえましたか?“ゼロ”の“黒の騎士団”退団の理由は」
「ああ。したよ」
「他に何か聞きたいことは?」
「色々とあるが、この場で聞くのは控えておくよ。また後で会えるかい?」
「さあ?星刻、戻る」
 手を離し、立ち上がる。
「これだけのために来たのか?」
「ああ。この人はそうでもしないと納得しない。いつまでも付き纏われるのは迷惑だ」
「ルルーシュ、私は迷惑かい?」
「………覚えているでしょう、私が父に何を言われたか。あの場に貴方も居合わせたはずだ。ずっと、私は死んでいた。今は、ここで生きていると実感できている。もう、死にたくはない」
「戻る気は、ないのだね」
「ありません。ブリタニアの土を踏むのも厭わしい」
 右の瞳が、シュナイゼルを睨む。憎しみのこめられた苛烈さが、シュナイゼルだけではなく、後ろに控えるジノやアーニャの背筋までをも、薄ら寒くさせた。


 眼前にある大きな手に、自分の手を添えてみる。
「何だ?」
「いや………」
「聞いてもいいだろうか?」
「ん?」
「何故、あの場に出てきた?君は、会いたくなかっただろう?」
「ああ。会いたくはなかった。一度だって、会いたいと思ったことはないさ。けれど、いつまでも眼を背けているわけには、いかないだろう?」
 添えた手を、重ねて、指を絡める。
「お前のおかげだ」
「え?」
「手を、握り返してくれただろう?」
「ああ…」
 あの場で、椅子に座り、伸ばしたルルーシュの手を、星刻は握り返した。
「兄の事も、スザクの事も、この機会に終わらせておきたかった。もしもまた会うことがあった時に、怯えることがないように」
「最近、随分と前向きだな」
「そうかもな」
 柔らかく笑うルルーシュが、左目に触れる。
「後悔ばかりしてきた。それを少し、やめてみようと思ったんだよ」
 自分とは違う、大きな手。それは確かに、男と女の違いだと、ルルーシュはそう思う。
「後は、スザクだな…出発時刻とかは、聞いているか?」
「明日の午後には出立だと」
「そうか………話が出来ればいいが」
 考え込むように眼を伏せるルルーシュの形のよい頭を撫でながら、引き寄せる。
 その内に寝息が聞こえてきて、星刻はふっ、と笑みを零した。
 あどけない寝顔を眺め、そっと頭の下から腕を抜いて、寝台を降りる。窓の外には、丸い月。あの時と同じ、満月だった。
 手早く着替えて、立てかけてあった剣を取る。音を立てないように扉を開いて、部屋を出た。
 少し冷たい夜気が、吹きぬけていく。階を下りて庭を横切り、少し広いその場所に、白い騎士服を纏った男が立っていた。
「黎星刻」
「わざわざ呼び出すとは…一体、何の用だ?」
 男は握っていた剣の柄に手をかけ、刃を抜くと、鞘を放り投げた。
「抜け」
「いいだろう」
 決着をつけなければいけないのは、ルルーシュだけではないのだと、星刻は剣を抜いた。
 月光に、二本の刃が煌めいた。








スザクは未だにルルーシュが好きで、諦めきれない感じです。
シュナイゼル様はルルーシュに対して多少罪悪感を抱いていて、あまり無理強いをしたくはない…とかだといいな、と。
勿論、星刻は家族を守る格好いいお父さんで夫なので、受けて立ちます、何でも。
ルルーシュはまだスザクとの対峙が残っています。
因みに。シュナイゼル様は、まだ“お兄ちゃん”と呼んでもらうことを諦めてません(笑)




2008/8/23初出