*華-V-*


 寝返りを打ち、少し寒いと、無意識に布団を引き寄せる。
「んっ………」
 ぼんやりとした思考が眠りの淵から浮上し、温もりを求めるように腕を伸ばしたが、広い寝台は冷えていた。
「………星、刻?」
 寝惚け眼を擦り視線を動かし、時計を見やれば深夜零時をとうに越えている。どこへ行ったのかと、体を起す。
「いない、のか?」
 ふと、いつも座っている執務机の横に眼が行く。眠る時は、いつもそこに剣を立てかけていたはずだった。
「ない?」
 ぞわりと、嫌な予感が背筋を駆け抜ける。寝台から飛び降りて眼帯をつけ、部屋を飛び出した。


 冴え冴えとした冷たい夜の空気の中で、それよりもなお冷えた色を宿した二振りの剣が、刃を交える。間を行き交う闘志は、けれど何よりも熱く、空気を焦がす。
 弾く刃を引き寄せて、流れるように対峙すれば、雲間に隠れていた丸い月が、顔を出す。
「私は、貴様を許せない」
「それは、僕の台詞だ」
「ほう。聞いてやろう」
 挑発するように剣をおろし、鞘の内へと納める。そして、居合い切りのような姿勢で、星刻は剣の柄に手を添える。
「後から出てきて、ルルーシュを………どんな卑怯な手を使ったのかは知らないが、ルルーシュを返せ」
「卑怯………か。私は私が思ったままを、彼女に伝えたまでだ。卑怯と言うなら、貴様だろう?」
「僕が?卑怯?僕はいつだって、正しい道を選んでる!」
 まるで、自らが正義だと言わんばかりに剣を振り下ろしてくる男へと、星刻は素早く向けられた刃を避け、抜いた剣の切っ先を向ける。だが、相手も星刻の向けた切っ先を避け、後退した。
「ならば、何故力ずくで奪おうとする?何故、彼女の言葉を聞いてやらない?」
 言いながら、剣を振るう。
 怒りだった。理不尽な言葉を募り、相手の気持ちを考えない目の前の男への。その怒りを乗せたまま、刃の切っ先は相手へと向かう。繰り出される速度も鋭さも衰えることはない。
「彼女は私が守る。貴様になど、渡しはしない!」
 弧を描くように流れた刃が、剣を弾く。自らの手から剣が弾かれた事を信じられない事のように眼を見張った男が、憎悪を爛々と湛えた瞳で、星刻を睨みつけた。
「お前っ!」
「私の勝ちだ。殺しはしない。そんなことをすれば、ルルーシュが悲しむ」
 剣を鞘へ納め、それを腰に佩いた星刻は、それでもまだ剣を掴み、挑もうとする男を、睥睨する。
「まだやるか。打ち据えられなければ、分からないか?」
 闘志と言うよりも殺気に近い気配が、二人の間で混じり合う。一触即発のそこへ、声がかかった。
「星刻、スザク、何してる!?」
 白い夜着のまま、眼帯だけは左目につけたルルーシュが、階を飛び降り、庭へと駆け出す。一瞬、星刻の意識が近づいてくるルルーシュへ向けられた瞬間、剣が空気を斬る音がした。
「星刻………っ!?」
「ルルーシュ!!」
 振り下ろされる!と、咄嗟に動いた体。と同時に閉じた瞼に、来るべき衝撃に備えて体を竦める。だが、いつまでたっても衝撃は訪れず、ルルーシュは恐る恐る瞼を押し開けた。
「っ………星刻!!」
 刃の納まった鞘を左手で掲げ、右手でしっかりとルルーシュの頭を庇うように押さえている星刻の姿が、眼前にあった。掲げた剣の鞘には、スザクの振り下ろした刃先が、喰いこんでいる。
「何で………何で君が飛び出して来るんだ!」
 スザクの叫びに、傷一つない自分の体に安堵しながら、硬い表情を崩さずにいる星刻を見上げ、そのままルルーシュは視線をスザクへ移し、睨みつけた。
「お前は、何なんだ」
「何?」
「そうだ。俺からナナリーを奪って………それだけで、足りないのか!」
「君が僕の手を離すのがいけないんじゃないか!僕は君が好きなのに、君は、僕を裏切ってばかりだ!」
「好き?俺を?お前が?」
「そうだよ。好きだよ。愛してるんだ!」
 スザクの言葉を聞いた途端、ルルーシュの顔が悲しげに歪む。
「お前は、いつだってそうだった。俺の気持ちなんか、確かめたこと、一度だってなかっただろう」
「君だって、僕を好きじゃないか!」
「俺が?お前を?俺とお前は、友達だ」
「そんな………」
 喰いこんでいた鞘から引くように抜かれ、スザクの手から滑り落ちた剣が、地面に刺さる。
「お前は、俺にとって初めての友達だった。だから、好きだと言うなら、好きだ。でも、それは、恋でも、愛でも、ない」
「嘘だ!」
「嘘じゃない。どうして、お前はそうやって、俺の言葉に耳を塞ぐんだ。俺の言葉を聞かないで、無視して………あんな………」
「もういい、ルルーシュ。それ以上は言うな」
 震えているルルーシュの体を、剣を手放した星刻の両腕が抱き寄せる。
「もう、いい。ルルーシュ。部屋に戻ろう」
 ルルーシュの手を引いて立ち上がり、星刻は剣を腰に佩く。
 いまだ呆然としたままのスザクは、言われた言葉が理解できない、とでも言うように、ルルーシュを凝視している。
 これ以上、一体何を期待しているのか………と、ルルーシュはスザクを少し、哀れに思った。
 慰めの言葉か、それとも、愛しているとでも、言って欲しいのか。そんな言葉で楽に取り戻せるほど、違えた道は容易くはないのに。
「スザク、一つだけ」
「何?」
「ナナリーに、伝えてくれないか?」
「ナナリー?」
 突然の名前に、スザクはまるで記憶を手繰るように視線を動かす。それに一つ頷いて、ルルーシュは言葉を続けた。
「私は今、幸せだから、って」
 それだけ伝えてくれ、そう言い、ルルーシュは星刻に握られた手を離さずに、庭を後にした。
 もう、違えた道は、交わらないのだと。交わらせる気は、ないのだと。








最初は、ルルが星刻を庇って怪我を………と言う展開にしようと思ったのですが。
星刻がルルをきっちり守った方が絶対格好いい!ということで急遽変更。
最初はアーニャとジノがこの場にいたんですが、カットしました。
星刻とスザクの会話を増やしたかったので。
星刻に「守る」って言わせたかったんです。




2008/8/27初出