*鴛鴦の契り 一 *


 鋭く細められた紫色の両眼が、見上げてくる。
「お前は、誰だ?」
 低く、警戒するように発せられたその言葉は、室内の空気を凍らせた。


 その日、合衆国中華と神聖ブリタニア帝国は、歴史の一頁に刻まれるであろう、調印式を行う予定だった。
 停戦条約、及び同盟国としての調印。長年冷戦を続けてきたともいえる両国がこの調印を結ぶ事で、合衆国中華を含む、全ての合衆国がブリタニア帝国との和議を結ぶこととなる。ようやく、世界が一つになろうとしていた。
 神聖ブリタニア帝国皇帝であったシャルル・ジ・ブリタニアが退位、第一皇子であったオデュッセウス・ウ・ブリタニアが皇帝の座についたことが、最も大きな理由と挙げられた。彼は平和主義者で、父であった前皇帝の各国への侵略戦争を、内心よく思っていなかったらしい。補佐には義弟であるシュナイゼル・エル・ブリタニアを選び、ブリタニアの国是までもが変えられた。
 各国との同盟、和平交渉は少しずつではあるが進み、ブリタニアを憎んでいた国々も、強行だった姿勢を緩和して来てはいた。
 だが、世界各地では未だブリタニアに対する国民感情の反発は多く、それは、合衆国中華内でも、燻っている闇の部分ではあった。
 それは、数年前にブリタニア帝国と手を結んだ中華の文官、大宦官達が国の最高権力者であり国の心とも呼べる天子を、ブリタニアの現皇帝であるオデュッセウスと結婚させようとした事に起因していた。
 和平は結構。だが、ブリタニアは許せない………そんな感情の燻りを、この大事な調印式で爆発させるわけにはいかないと、合衆国中華の、とくに調印式を行う朱禁城周辺では、緊張が高まっていた。


 お祭りムードの城下町には、赤や黄色の提灯や花飾りが飾られている。とうとう、ブリタニアとの和平によって戦争がなくなるのだと言う、祝いの雰囲気がそこかしこにあった。
「かあさま、あれかって!」
「だめだ」
「えぇえ?」
「今日は夕食の材料を買いに来たんだぞ。お手伝いしてくれるんじゃなかったのか?」
「うぅ〜そうだけどぉ〜」
 朝から開かれている市場には、多くの人々が足を運び、活気があった。肉を焼く店、魚を焼く店など、店頭で食事を提供している店が多くある中で、少女は果物を売っている店を指差した。だが、母親に却下を食らう。
「おやおや。厳しいお母さんだね」
 恰幅のいい体を横に揺らした店の主が、楊枝に刺した果物の欠片を差し出す。
「どうぞ」
「いいの!?」
「あ、こら」
「わぁい!」
 母の手が伸びてくる前に受け取り、ぱくりと、口にくわえてしまう。
「あまーい!!」
「だろう?うちの果物は美味しいよぉ。どうだい、お母さん」
「と言われても………今日の目的は別のものだからな」
「あらら。それは残念」
 肩を竦めた主が、次はよろしくー!と声をかけてくるのを背中で聞きながら、歩き出す。
「美味しかったか?」
「うん!」
「じゃあ、次に来た時にな」
「ほんとう!?」
 喜ぶ娘に、母親は右目だけで微笑む。左目は革の眼帯で覆われているが、誰も気にはしない。
「お嬢さん、お花をお一ついかがかな?」
 花売りの男が、声をあげながら花を売っている。その横を通り抜け、魚屋を通り抜け、肉屋の前に立つ。
「さて、と。どれがいいのか………」
「安くしとくよ!」
 店の親父が声をあげながら、一人の客の対応をしている。商品の並んだ棚の前には、何人かが買い物に来ていた。
「どれがいい?」
「んーと、えーとねー………これ!」
 小さな指を出して、商品棚の中の肉を指さす。
「決まったかい?」
 親父がひょこりと顔を出す。じゃあ………と、娘の指さした商品を注文しようとした、その時。
 地響きのようなものが、市場を揺らした。


 神聖ブリタニア帝国皇帝オデュッセウス、そして合衆国中華代表の天子が、それぞれの署名を行い、署名状を交換したその瞬間に、和平と停戦条約が成された。かつて政略結婚の相手同士だった二人が全く違う形で手を取り合ったのは、マスメディア的にも絵になったのか、幾つものフラッシュが焚かれる。
 そんな式典を無事に終え、ブリタニア帝国代表側が朱禁城内の迎賓館へ、天子が自らの宮へと下がり、夜の祝賀会までは暫しの休息を………と言う時刻に、事件は起きた。
 最初に気づいたのは、朱禁城の正門を警備していた兵士の一人だった。城下町の辺りに、煙が昇っているのを目にしたのだ。まさかと、急いで上官に報告した頃、朱禁城の中でも、緊張が走っていた。
 きっかけは、一人の男の持つ携帯電話だった。天子の補佐官として国内外に名を馳せている男は、ちょうど、朱禁城内にある自らの部屋へと、足を運ぶ所だった。
「はい?」
 いつもの通りに、相手の名前を確認して通話ボタンを押す。だが、相手側から声が聞こえてこない。
「ルルーシュ?」
 妻の名前を呼ぶが、反応が無い。しかし、しばらくして、泣いているような声が聞こえた。
『と、さまぁ………』
「っ………どうした!?」
『か、かぁ、さま、が………えっ………ひっ………』
 娘の泣き声に被せるように、廊下を走ってきた部下が眼前で足を止め、急いで口を開いた。
 市中で、テロが発生した、と。








星刻×女体化ルル最後の連載になります。
これが終了したら、番外編を一つ書いて終了する予定です。
タイトルの意味は………最後の後書きに書きます。
秋口なのに何故背景がこれなのかは…途中で判明するかと(笑)




2008/9/11初出