*鴛鴦の契り ニ *


 慌しくなる朱禁城の中で、状況を聞いたブリタニア皇帝が、既に和平を結び、同盟を結んだのだから、我が国から連れてきている騎士達も鎮圧に同行させましょう、と申し出てきた。
「本当ですか!?」
「勿論ですよ、天子殿。幸い、ナイトオブラウンズを連れてきております。彼らならば、的確に動けます。カノン君、指示をお願いできるかな?」
「承知いたしましたわ」
 オデュッセウスが補佐として任命した、義弟のシュナイゼルの副官を勤めているカノンが、代理として今回は同行していた。帝国の皇帝とその補佐が同時に国を空ける事は好ましくない、と言う理由からだった。その彼に、指示を任せると言う。
「天子様、現在の状況が詳しく知ることのできるのは、どこでしょうか?」
「武官所が一番早いと思います。誰か、カノン殿に案内を………」
 そこへ、無礼を失礼します、と飛び込んできた男がいた。巨体を左右に揺らし、けれど俊敏に天子の前で礼を取ったのは、洪古と言う名の、武官だった。
「天子様、星刻様が今回の指揮はできない、と」
「何か、あったのですか?」
「その………奥様と娘さんが、今日、市場に行っていたそうなのです」
 洪古の言葉に、天子が顔色を変える。
「………え?そ、それって、もしかして………」
「はい。巻き込まれた、と。先ほど、娘さんから電話がありまして………奥様が」
「どうしたと言うんですか!?」
「………詳しい事は、分からないのですが、娘さんが泣きながら電話をしてきたそうで、すでに、星刻様はここをお出に」
「っ………そ、んな…ルルーシュ様が…?幸華(シンホア)は?彼女は無事なのですか?」
「恐らく」
「天子殿、今、ルルーシュと仰いましたね?」
 オデュッセウスの言葉に、天子がはっとしたように、口元に手を当てる。
「いえ、言わなくても結構です。義弟から話は少し、聞いていますので。カノン君、急いでくれ」
「はい。洪古殿、武官所へ案内してくれますか?私達も鎮圧に尽力させていただきますわ」
「では、こちらへ」
 二人が出て行った部屋の中は静かで、女官が二人に温かいお茶を出した。
「大丈夫です、天子殿」
「でも………」
「あの子は、幾多の苦難を乗り越え、今まで生きてきた子です。大丈夫ですよ」
 言いながら茶器に手を伸ばしたオデュッセウスの手も、震えていた。


 目の前の惨状に、唖然とする。祝いの雰囲気の漂っていたはずの市中は、一瞬にしてあちらこちらで火の手が上がり、赤や黄色の提灯や花飾りは無残に焼け焦げ、商店の扉はひしゃげ、市場に出ていた露天は商品が飛び散り、人々は悲鳴や泣き声をあげながら蹲り、天に祈っていた。
 既に、犯人達は逃走したのだろう。朱禁城から派遣された兵士達が境界線を張り、怪我人の手当てや瓦礫の撤去に当たり始めている。
 そんな中を、携帯電話を耳に当てた状態で、走る男がいた。
「大丈夫だ。すぐに行く」
『っ………う、うんっ………』
「どこにいたか、分かるか?」
『おにく、やさん、の、まえ』
 泣きながら、何とかいる場所を伝えようとする娘に、何度も大丈夫だと言いながら、走る。
 途中、泣き叫ぶ子供も見た。子供の名を呼ぶ親も見た。それでも、彼は止まらなかった。止まりたい心を、けれど鬼になったように押し込めて、妻と娘を助けるために。
 彼らには心の中ですまない、と詫びながら、走る。
『か、さまぁ………うえぇ〜』
「泣くな。大丈夫だから」
『で、も………か、さま………ひっく』
 途中、救助活動をしている兵士に声をかけられたような気もしたが、止まらない。
 そして、市場の中心部に近い、多くの露天が潰れたその場所で、泣いている子供を見つけた。
「幸華!」
 子供の肩が震え、顔が上がる。
「とぅさまぁ!」
 娘が腕を伸ばして、けれど動けないのか、立とうとはしない。
 そして、近づいた彼は、愕然とした。
 娘の座った膝に凭れるように、倒れこんだ姿。赤いのは身につけている服の色かとも思ったが、それが、血の色だと、触れそうなほどに近づいて、気がついた。
「ルルーシュ!!」
 頭から血を流し、青ざめた顔をした妻を、彼は抱き上げた。


 泣きつかれて眠ってしまった娘を膝に乗せたまま、両手を合わせ、祈るように目を閉じる。
 点灯したままの、赤いランプ。集中治療室で治療を受けている妻の無事を、祈るしかなかった。
 テロの爆発に巻き込まれたのだろう、娘を庇い、頭から血を流していた妻の背中は、酷い火傷になっていた。触れるのも、憚られるほどに。
「ルルーシュ………」
 名前を呟いたその時、赤いランプが消える。そして、集中治療室の扉が開く。
 娘を抱き上げて、立ち上がる。
「大丈夫です。命に別状はありません」
 治療室から出てきた医師が、ほっとしたように、笑顔を浮かべる。それに、ようやく肩の力を抜いて、軽く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「いいえ。娘さんも軽傷で、良かった」
 母に庇われたおかげか、娘は足に切り傷を負った程度で、無事だった。
 一安心し、夜の付き添いは許されないため、医師達に妻を任せて、翌朝また訪れる事を約束し、病院を後にした。








オデュッセウスさんはいい人です。はい。
天子様とは仲のいいお友達になるといいと思います。
絶対成長した天子様は美少女だと思ってます。




2008/9/11初出