*鴛鴦の契り 閑語 *


 “黒の騎士団”本部の置かれている、蓬莱島。人工島だが、そこには多くの日本人が住んでいる。既に騎士団を立ち上げた“ゼロ”は引退したが、彼の意思を引き継いだ多くの者達が、今は運営をし、軌道に乗せていた。
 そんな蓬莱島の中心に、騎士団の住まう建物がある。大きくなった組織にはそれに見合った象徴が必要だと、数年前に立てられた建物だった。
 その中、かつて“ゼロ”が私室とし、現在は住まう者が一人もいない部屋から、その日は朝から泣き声が響いていた。
 騎士団の幹部だけが現在は出入を許されているそこから、子供の泣き声がすることに訝しむ者がいないではなかったが、誰か子供が入り込んで怒られでもしたのだろうと、考えていた。
 だが、騎士団幹部は朝からその部屋に集結し、憂慮すべき事態に置かれていた。
 泣き止まない子供。涙で頬をぐしゃぐしゃにし、瞼を真っ赤に腫らした子供が、“ゼロ”の親衛隊隊長であった紅月カレンの胸に縋りついている。
 子供の父親の話では、子供の母親が、テロにあった際の怪我かショックかが原因で、記憶を失ってしまったと言うのだ。子供の事も、その父親、つまり夫のことも、全て忘れてしまっている、と。記憶は十五歳の頃位まで遡っているらしく、日常生活に支障はないため、しばらく療養に行かせたい、ついては、子供を預かって欲しい、と。
「えっ…えっ…か、さまぁ」
 泣き止まない子供は、ずっと“母様”と、母を呼び続けている。だが、母親は記憶を失い、子供を遠ざけ、視線を合わせもせず、挨拶もしないと言う。そのため、連れて行くのは………と言うことらしかった。
 あまりの事態に、皆言葉が出てこない。どう慰めればいいのかもわからない。
 そこへ、一人の少年が入ってくる。その姿を見た子供は泣き顔をごしごしと擦り、カレンの腕からするりと抜け出ると、駆け寄った。
「ロロおにいちゃー」
「うん。聞いたよ」
 少年に抱きつくと、またわんわんと泣き出す。そんな子供の頭を撫でながら、少年はその場に腰を下ろし、溜息をついた。
「僕のことも、覚えてないんだよね」
「うぇっ、えっ」
「僕が姉さんに会ったのは、姉さんが十八の時だもの」
「ふえぇっ」
「僕も、泣きたい」
「私だって泣きたいわよ!私がルルーシュに会ったのだって、十七歳の時よ?私のことも忘れてるってことじゃない!!」
 カレンが立ち上がり、叫ぶ。
 そう。この場にいる者は全て、子供の母親と出会ったのは、彼女が十七歳になった後だった。十五歳頃までの記憶しかないということは、全員が“見知らぬ人”になっている、と言うことだ。
 全員が暗く肩を落としていると、泣き声が止む。ロロがそっと顔を覗き込めば、子供は瞼を下ろして眠っていた。
「寝ちゃいました」
「泣き疲れたんでしょ」
 抱き上げて、ベッドに運ぶ。だが、がっしりと小さな手がロロの服を掴んでいて、外そうとしても外れない。子供の力と言うのは、存外に強いものなのだ。
「どうしましょう?」
「そのままにしときなさいよ。側にいてあげたら?」
 カレンの提案に頷いたロロは、ベッドに腰を下ろして、子供の髪を撫でた。
「記憶喪失か………ラクシャータ、何とかならないのか?」
「専門外ぃ」
 藤堂の言葉に、ラクシャータが煙管を振って否と言う。
「早く戻ってくれないと、この子が可哀想よ」
 やっと、一緒に暮らせるようになったのだ。今までこの子供から母親を取り上げてしまっていたのは、自分達だ。その罪悪感も多少は、あった。
 早く、記憶取り戻しなさいよ、ルルーシュ………
 そう心の中で呟いたカレンの言葉は、その場にいる誰もが、同じ様に心中で呟いた言葉だった。








タイトルの“閑語”は“閑話”とほぼ同じ意味です。
娘御はびゃー!!って感じに泣くととても可愛いと思ってます。
勿論このシリーズではルルーシュを幸せにしたいので、ロロだって生きてます。
一緒には暮らさないけど、しょっちゅう顔合わせてはお茶したりしてます。
娘御はロロに懐いてます。彼女が「おにいちゃん」と呼ぶのはロロだけ。シュナイゼル様のこと「おじちゃん」なのはそのせいです(笑)
将来、「お兄ちゃんと結婚する」とか言い出すかも(笑)




2008/9/14初出