*鴛鴦の契り 五 *


 見開かれた瞳。その中で揺れた、傷ついたかのような瞳。
 何故、そんな目をする。どうして、そんな目で俺を見る。
 お前は一体、俺の“何”だと言うんだ………
 ここは知らない土地で、知らない人間ばかりで、どうしようもなかった。
 苛立ちと、煩わしさと、少しばかりの、痛み。
 何をどうする事も出来なくて、ルルーシュは無為に五日目を過ごしていた。
 星刻の手を弾いたあの後、彼はまともに声をかけてこなくなった。必要な挨拶と必要な言葉だけで、触れても来ない。
 一体、彼は俺の“何”だと言うのだろう。
 確かに、自分の覚えている以上に体は成長していて、いる場所にも覚えがなく、記憶喪失だと言う言葉を信じても構わない。だが、だからといって、理解に感情が追いつくのはまた、別の話だった。
「腹立たしい」
 ぽつりと呟いて、現状を打破できない事に、まともに紙面の文字を読んでいなかった本を閉じる。
 そこへ、昼食が出来たと、星刻が呼びに来た。


 不慣れだろうと、常に食事にはフォークとナイフが出される。対面に座った星刻は、箸を使っている。日本でも確か箸が主流だったか………などとどうでもいいことを思いながら、ならば、これは自分のために別に用意されたものなのかと、違うメニューに視線を落とす。
「黎星刻」
「何だ?」
「何故、俺とお前はメニューが違う?」
「………君はブリタニア人だろう?この国の料理は、舌に合わないのでは?」
「食べてみなければわからないだろう」
「ここへは療養をしに来ているんだ。普段食べていたものと違うものを口にするのは、あまりよくないと思うが?」
 ストレスが溜まるとでも言うのか、確かにそれはその通りかもしれないが、過剰な気遣いと、言えなくもなかった。
「お前は、俺の何だ?」
「何、とは?」
「そのままの意味だ。お前は言ったな?俺はお前の妻だったと」
「………ああ」
「何故、そんなことになっている?」
「何故?」
「今の俺には、到底理解ができない。男として生きていた俺が、何故誰かの妻になどなっているのか、が」
 箸を置いた星刻が、苦笑する。
「色々と、あった。恐らく、今の君には想像もつかないようなことが。そうでなければ、私と君は、出会っていない」
 まるで、泣きそうな笑顔になった星刻から顔を背けるように、ルルーシュはナイフとフォークを手に取った。
 この男は、今まで会ったどんな男とも、違う、と。


 彼女が、男として生活していなければ。
 彼女が、ゼロとして活動をしなければ。
 自分は、決して出会うことがなかった。
「ルルーシュ」
 相変わらず本を読む姿を遠目から眺め、視線を逸らし、懐から指輪と眼帯を取り出す。
 いつ記憶が戻ってもいいように、と持ってきたが、この調子では、この休暇中の回復は、見込めそうになかった。
 国を変革するまで、病がもてばいいと思っていた自分が、彼女と出会ったことで、生きたいと、そう思うようになった。命を縮めるように酷使していた体を労わるようになり、開発された新薬のおかげで、病の進行もほぼ止まった。
 もしも、出会わなければ、自分はもう、生きていなかったかもしれない。国の改革だけを成して満足し、死に逝くだけだったかもしれないのだ。
 それを考えれば、彼女は、自分の命の恩人と言うことになるのかと、指輪と眼帯を懐へ戻す。
 後、二日。
 空になった手が、虚しかった。
「君に、拒絶されるのが、こんなに苦しいとは………」
 そうだ。思い起こせば、初めはそうだったのだ。利用しあうと言う歪な関係で始まった“ゼロ”と“中華連邦の武官”と言う係わり合い。
 それが、偶然や利害が一致し始め、心を交わすようになり………
「五年、か………また五年かければ、君は私に笑いかけてくれるのか、ルルーシュ?」
 そんな考えも、すぐに無理だと打ち消す声が、自分の中から聞こえる。立場も、状況も、考え方も、何もかもがあの時とは、違っているのだ。
「っ………」
 どうすれば、いい。どうすれば………
 焦り、逸る心は、解答を導いてはくれなかった。


 泣いているのかと、星刻の後姿を見て、そう思う。何故、あの男は自分に優しくするのか。今の自分など、煩わしい以外の何ものでもないだろうに、それでも、あの男は、極力自分に負担をかけないようにと、そう考えているようだった。
 男とは、常に傲慢で、自分勝手で、感情を押し付けてくるだけの生き物だと思っていた。しかし、あの男は、そうではない。
 将来の自分………いや、今のこの体の自分は、そこが理由で、あの男の妻になったのだろうか。だが、中華の武官と、何故、どのように接点があったのかが、全くわからない。アッシュフォード学園で生活していた自分には、政治など何も関係なかったはずだ。極力権力や政治などには、関わりたくないと考えて、そうした生活をしていたはずだ。
 なのに、どうして………
 考えても、思い出せない。溜息をついて、本を持って立ち上がる。そのまま本棚へ行き、脚立に足をかけた。
「次は………」
 この屋敷には随分と、本が多い。初めて読む本が多かったから時間を持て余す事はなかった。
 一冊引き抜き、脚立を下りようとする。だが、がくりと、体が傾いだ。
「あ………」
 落下する………そう思った時には、遅かった。








十五歳のルルーシュはおっちょこちょいです。
脚立踏み外したりシーツ踏んで転んだりします。
そう言う設定にしました。




2008/9/16初出