細い腕が、後ろから伸びてきて、抱きしめる。 「どうして、あの男なんだ?」 「もう、わかっているんじゃないか?」 ずぶりと、腕が溶ける。 「優しかったからか?」 「それも、あるな」 肩が、溶け合う。 「他には?」 「お前は私だ。わかるだろう?」 「気づきたくなかったな。あんな男がいるなんて」 「やっぱり私だな、お前は。頑なで、世界の全てを拒絶していた頃の私だ」 「ナナリー以外は、全て、敵だった」 「うん」 「でも、見つけたんだな」 ゆっくりと、思考が溶けてゆく。 一粒の涙が零れて、消える。 「そうだよ。あいつは、確かに私を愛してくれているんだ」 わかっているじゃないか、自分は、きちんと。 眼を覚ますと、窓から夕暮れの紅色が差し込んでいた。 体を起し、視線をぐるりと室内に動かして、ふっ、と笑う。 椅子に座り、腕を組んで眼を閉じている姿を見つけて腕を伸ばし、その整った顔の中央、鼻を摘み、口を押さえつける。 数秒の後、驚いたように眼を見開いて、手を引き剥がした男が大きく肩で息をした。 「ああ、やっぱりこのやり方だと起きるんだな」 「君は私を殺す気か!?」 「まさか。ただの悪戯だ」 引き剥がされた手を自らの顔に持っていき、左目を覆う。 「おい、私の眼帯は?」 「あ、ああ、ここに………」 言われて取り出し、受け取るのを確認して、動きを止める。 「ルルーシュ?」 「何だ?」 眼帯を取り付け、左目を隠した姿に、腕を伸ばす。そっと、壊れ物に触れるように、頬に触れてみる。しかし、拒絶されることは、ない。 「っ…!」 何を言うべきだったのか、何を言おうと思っていたのか、何も言葉にならずに、ただ、細い体を、軋まんばかりに抱きしめる。 「………悪かった」 「本当だ…私とあの子を、忘れるなど………」 背中に回された腕が、宥めるように星刻の背中を撫でる。 「おい、苦しい………星刻?」 一向に外れない腕に、ルルーシュが訝しむように顔を動かし、背中に回した腕を外そうとすると、そのまま、寝台に押し倒された。 「星、刻………」 熱い唇が、押しつけられた。 まどろんでいた意識が、白みはじめた空に響く鳥達の鳴き声を聞いて、浮上する。薄く開いた右の瞳に、窓から差し込む朝日が眩しくて、気だるい体を起そうとした。 「んっ………も、う………朝………」 呂律の回らない言葉が零れ、細い腕が伸ばされて、遠い場所にある枕を掴もうとする。 だが、後ろから伸びてきた強い力が腕を掴み、布団の中へと引きずり戻す。 「ルルーシュ」 響いた声と、背中に残る火傷の痕をいたわるように這わせられた熱い舌に、ゆるく頭を左右に振る。 「も………む、り」 一晩中怠惰に淫欲に耽り、ようやく一時まどろめたかと思えば朝になり、蝕まれた理性を取り戻そうとルルーシュが体を起しても、心の離れていた間の空白を埋めるように、星刻は滑らかな白い背中に指と舌を這わせ、放そうとしない。 「傷が、残らないといいが」 白い背中に、所々残る傷痕。その一つ一つを癒すように、口づけ、指先で撫でる。 その度に震える痩躯を、愛しいと、綺麗だと、そう思う。 「もう………はな、せ」 「だめだ」 限界なのは、わかっていた。もう眠りたいのだろうと言うことも、舌足らずな口調を聞いていれば、理解できた。それでも星刻は、手放せなかった。 愛しているのだ、誰よりも。 忠義でも、慈恵でもない、深く恋い、慕い、離れられない恋着………恋しい、愛しいと、何度も、何度も、それを言葉で、数で表そうとするように、口づける合間に、大切な名前を呼ぶ。 「も、呼ぶ、な!」 悲鳴のように、か細く上げられた声。 「何故?」 問えば、濡れた右の瞳が振り返り、きつく細められる。 「ルルーシュ?」 「っ………嫌い、だ」 「何が?」 「お前の、声っ!」 「何故?」 白い肌に血の筋が浮かぶほど、きつく布を握り締める手が、震える。 布団に顔を埋め、答えようとしないルルーシュに、星刻は手を伸ばして布を握り締める手を解くと、指を絡めた。 「ルルーシュ」 名前を呼び、背中へと口づける。 「っ………狂、う!」 零れた言葉に、眼を見張り、星刻は口元に笑みを刷いて、ルルーシュのほっそりとした顎に手を添える。 「私など、とうに君に狂い、溺れている」 君も、私に狂い、溺れてくれたらどんなによいだろうかと思いながら、唇を重ねる。 そのまま、傷ついた背が痛まぬようにと手を添えて、仰向けた体へと肌を重ね、甘い香りに酔うように、深く、深く、蜜事に溺れた。 愛していると、何度も、何度も、うわ言のように熱に狂わされ、呟きながら。 ![]() 星刻の声がとても好きです。 緑川氏の声はかなり前から好きなので、こんな感じの展開になりました。 あの声で一晩中愛とか囁かれたら、狂えると思うです。 正直、この寝台シーンを書きたくてこの話は書き始めました。 2008/9/19初出 |