*鴛鴦の契り 六 *


 細い腕が、後ろから伸びてきて、抱きしめる。
「どうして、あの男なんだ?」
「もう、わかっているんじゃないか?」
 ずぶりと、腕が溶ける。
「優しかったからか?」
「それも、あるな」
 肩が、溶け合う。
「他には?」
「お前は私だ。わかるだろう?」
「気づきたくなかったな。あんな男がいるなんて」
「やっぱり私だな、お前は。頑なで、世界の全てを拒絶していた頃の私だ」
「ナナリー以外は、全て、敵だった」
「うん」
「でも、見つけたんだな」
 ゆっくりと、思考が溶けてゆく。
 一粒の涙が零れて、消える。
「そうだよ。あいつは、確かに私を愛してくれているんだ」
 わかっているじゃないか、自分は、きちんと。


 眼を覚ますと、窓から夕暮れの紅色が差し込んでいた。
 体を起し、視線をぐるりと室内に動かして、ふっ、と笑う。
 椅子に座り、腕を組んで眼を閉じている姿を見つけて腕を伸ばし、その整った顔の中央、鼻を摘み、口を押さえつける。
 数秒の後、驚いたように眼を見開いて、手を引き剥がした男が大きく肩で息をした。
「ああ、やっぱりこのやり方だと起きるんだな」
「君は私を殺す気か!?」
「まさか。ただの悪戯だ」
 引き剥がされた手を自らの顔に持っていき、左目を覆う。
「おい、私の眼帯は?」
「あ、ああ、ここに………」
 言われて取り出し、受け取るのを確認して、動きを止める。
「ルルーシュ?」
「何だ?」
 眼帯を取り付け、左目を隠した姿に、腕を伸ばす。そっと、壊れ物に触れるように、頬に触れてみる。しかし、拒絶されることは、ない。
「っ…!」
 何を言うべきだったのか、何を言おうと思っていたのか、何も言葉にならずに、ただ、細い体を、軋まんばかりに抱きしめる。
「………悪かった」
「本当だ…私とあの子を、忘れるなど………」
 背中に回された腕が、宥めるように星刻の背中を撫でる。
「おい、苦しい………星刻?」
 一向に外れない腕に、ルルーシュが訝しむように顔を動かし、背中に回した腕を外そうとすると、そのまま、寝台に押し倒された。
「星、刻………」
 熱い唇が、押しつけられた。


 まどろんでいた意識が、白みはじめた空に響く鳥達の鳴き声を聞いて、浮上する。薄く開いた右の瞳に、窓から差し込む朝日が眩しくて、気だるい体を起そうとした。
「んっ………も、う………朝………」
 呂律の回らない言葉が零れ、細い腕が伸ばされて、遠い場所にある枕を掴もうとする。
 だが、後ろから伸びてきた強い力が腕を掴み、布団の中へと引きずり戻す。
「ルルーシュ」
 響いた声と、背中に残る火傷の痕をいたわるように這わせられた熱い舌に、ゆるく頭を左右に振る。
「も………む、り」
 一晩中怠惰に淫欲に耽り、ようやく一時まどろめたかと思えば朝になり、蝕まれた理性を取り戻そうとルルーシュが体を起しても、心の離れていた間の空白を埋めるように、星刻は滑らかな白い背中に指と舌を這わせ、放そうとしない。
「傷が、残らないといいが」
 白い背中に、所々残る傷痕。その一つ一つを癒すように、口づけ、指先で撫でる。
 その度に震える痩躯を、愛しいと、綺麗だと、そう思う。
「もう………はな、せ」
「だめだ」
 限界なのは、わかっていた。もう眠りたいのだろうと言うことも、舌足らずな口調を聞いていれば、理解できた。それでも星刻は、手放せなかった。
 愛しているのだ、誰よりも。
 忠義でも、慈恵でもない、深く恋い、慕い、離れられない恋着………恋しい、愛しいと、何度も、何度も、それを言葉で、数で表そうとするように、口づける合間に、大切な名前を呼ぶ。
「も、呼ぶ、な!」
 悲鳴のように、か細く上げられた声。
「何故?」
 問えば、濡れた右の瞳が振り返り、きつく細められる。
「ルルーシュ?」
「っ………嫌い、だ」
「何が?」
「お前の、声っ!」
「何故?」
 白い肌に血の筋が浮かぶほど、きつく布を握り締める手が、震える。
 布団に顔を埋め、答えようとしないルルーシュに、星刻は手を伸ばして布を握り締める手を解くと、指を絡めた。
「ルルーシュ」
 名前を呼び、背中へと口づける。
「っ………狂、う!」
 零れた言葉に、眼を見張り、星刻は口元に笑みを刷いて、ルルーシュのほっそりとした顎に手を添える。
「私など、とうに君に狂い、溺れている」
 君も、私に狂い、溺れてくれたらどんなによいだろうかと思いながら、唇を重ねる。
 そのまま、傷ついた背が痛まぬようにと手を添えて、仰向けた体へと肌を重ね、甘い香りに酔うように、深く、深く、蜜事に溺れた。
 愛していると、何度も、何度も、うわ言のように熱に狂わされ、呟きながら。








星刻の声がとても好きです。
緑川氏の声はかなり前から好きなので、こんな感じの展開になりました。
あの声で一晩中愛とか囁かれたら、狂えると思うです。
正直、この寝台シーンを書きたくてこの話は書き始めました。




2008/9/19初出