*想い、想われ、違え道*


 “黒の騎士団”に攫われた中華連邦の象徴、天子。大宦官の政策をよしとしない武官達による蜂起を機会に捉えた“ゼロ”の作戦は、確かに一旦は成功したかに見えた。
 だが、突如として現れた謎のナイトメアフレームによる攻撃により、形勢は逆転。“黒の騎士団”は追い詰められる。
 だが、大宦官達の欲望に基づく知略よりも、天子に対する忠義からなる武官達の戦術よりも、“ゼロ”の企てた戦略が一枚、上をいった。
 中華連邦の民衆の蜂起により、各地で起こった反乱。求心力を失った大宦官達に国を立て直すだけの権利も知略も無く、全員が戦場で命を落とした。また、“黒の騎士団”に攫われた天子も、無事朱禁城へと戻る事がかない、中華連邦国内の憂慮は、終結したかに見えた。
 だが、民心の強さを見せ付けた中華連邦が得たものは大きかったが、“黒の騎士団”は失ったものが多かった。
 何より、エースパイロットであった紅蓮弐式のパイロットがその機体諸共、中華連邦からブリタニア軍へと、捕虜として連行されたと言う衝撃は、騎士団内を駆け巡った。


 蓬莱島へと帰還し、ようやく落ち着きを取り戻した中華連邦国内の情勢も気になる所だったが、今の段階で“黒の騎士団”を国外へと追いやる事は無いだろうとの判断で、皆少なからず安堵していた。
 だが、エースパイロットの紅月カレンの不在は大きく、現状の戦力分散は好ましくないとの“ゼロ”の判断で、騎士団員全員が蓬莱島での生活を送っていた。
 そんな中、団員の心配は“ゼロ”だった。新しい機体のテストも兼ねた初陣のせいか、親衛隊の隊長であるカレンを失ったせいなのか、体調を崩しているらしいとの噂が広がっていたからだ。
 だが、そんな噂も“ゼロ”が姿さえ見せれば立ち消え、数日の内に霧散した。けれど、幹部達だけは“ゼロ”の現状抱いている状況を理解していて、あまり顔色が浮かばない。
 そんな中、相変わらずいつものように腕の中に黄色いぬいぐるみを抱えているC.C.が、これもまたいつものごとく、気に入りのピザに手をつけながら、口を開いた。
「気にするな。あいつは、一度懐に入れた人間を、突き放せないんだよ。情が深いんだ」
「“ゼロ”が、ですか?」
 不思議そうにディートハルトは問う。
「ああ。無関係の人間には冷たいが、一度親しくした人間には優しいんだよ。信じられるものの少ない人生を送ってきたからな。信じられると思った人間には、とことん優しい。それは、甘いとも言うが」
「確かに、“ゼロ”はこの間、天子に“心”を説いていたし」
 扇が頷く。その横では、物思いに耽っているような藤堂が、更にその横には朝比奈がいた。ラクシャータはどうやら機体の整備に行っているらしい。
 そこへ、千葉が入ってくる。
「中華連邦から客人が」
 言いながら、千葉が客だと言う男を案内してくる。その姿を見たほとんどが表情を堅くしたが、C.C.だけは、ほくそ笑んだ。千葉が男を中へ入れ、扉を閉める。そして、逃げ場を塞ぐようにその扉の前へと立った。
 操れるもののいなかった異形のナイトメアフレーム、“神虎”を操った男、黎星刻。“黒の騎士団”からしてみれば、負けを突きつけられたにも等しい戦闘を強いてきた男に、良い感情など抱けるはずも、無かった。
「“ゼロ”はいるか?」
「何をしに来た?」
「謝りに」
「ほぉう?」
 興味深そうにC.C.の瞳が細くなる。
「ここにいる者がどこまで知っているかは知らないが、私は謝らなければならないだろう」
「安心しろ。ここにいる人間は、あいつが女だと言うことも、今の状況も理解している。だから、ここにいるんだ」
 C.C.の言葉に、全員の視線が星刻に集まる。一つ肩を竦めた星刻は、証だとでも言うように、腰に下げていた剣を、幹部の囲む机の上へと置いた。
「彼女は?」
「奥にいる」
 C.C.の示した扉の前へ、迷うことなく進んだ星刻が、扉を叩く。だが、中から返事はない。
「入っていいぞ、勝手に」
「いや、しかし………」
「一発や二発殴られるくらい、お前なら平気だろう?」
 C.C.の言い草に、星刻は渋い顔をしながら、鍵のかかっていない扉を開ける。室内へ足を踏み入れることなく、星刻はその場で足を止めた。
「………すまなかった。君の刃を、折ってしまって」
 星刻が眼を伏せて、謝る。だが、中からは何の声もしない。扇や朝比奈、千葉らが中を覗きたそうにしているが、藤堂が動かないのを見て、必至に押さえ込んでいるようだった。
「紅月カレンの件は、私が悪かった。部下によく言い含めておけばよかったのだが、まさか、大宦官があんな暴挙に出るとは………っ!」
 ほっそりとした面に黒色の髪、紫色の瞳が印象的な、少年にも見える少女が、星刻の体へと体当たりする。その胸倉を掴み、締め上げるように、細い腕が震えた。
「カレンを、返せっ!」
「すまない………」
 謝る星刻の体を、そのまま壁に叩きつける。避けようと思えば避けられるだろうその弱弱しい力を、しかし星刻は甘んじて受けた。
「お前もっ!お前も、俺から奪うのか!カレンは、“私”と“俺”を信じてくれたんだぞ!」
 詰るように掲げられる腕は振り下ろされ、星刻の頬を殴る。もう一度振り上げられた腕を、流石に星刻が掴んで止めた。
「離せっ!」
 叫ぶ“ゼロ”に何を言うでもなく、ただ星刻は怒りの収まらないその姿を見下ろしている。その手の掴む細く白い手首は折れそうなほどで、本当にこれが、あの強く、冷酷で残忍な“ゼロ”なのかと、扇、藤堂、朝比奈、千葉、ディートハルトは思った。
「離せと、っ…うっ…」
 口元を押さえ、背を丸めるその体を、星刻が腕を出して支えようとする。だが、重力に逆らうことなく、その体は床へと吸い込まれるように揺れる。
「ルルーシュ!?」
 ぐらり、と細い体が傾いだ。崩れ落ちそうになるその体を、星刻が抱きとめる。C.C.が側にいた千葉へと、医者を連れて来いと命令すると、駆け寄る。
「っ!」
 ぐったりと倒れこんだルルーシュの体を抱え上げ、星刻は“ゼロ”の私室へと足を踏み入れた。








バレました。幹部に。
C.C.は星刻に殴られて来い、といっているようなものです。
ルルはカレンを信頼していますから、いなくなったらそりゃもうダメージ大きいでしょう。それがにょたルルならば余計に。
話が大分飛びましたが、きちんと終着点はハッピーエンドですよ。
段々、にょたルルをお姫様抱っこすることが星刻の定番になってきました。
因みに。ルルが倒れたのはつわりで気持ち悪くて耐えられなかったからです(苦笑)




2008/7/5初出