*血濡れの径*


 剣に立てた誓い。嘘偽りのないそれを成就させるために、どんな修羅の道だとしても、歩いてみせよう。
 君の、心からの笑顔を、見るためならば。


 幹部しか居ない場で倒れた“ゼロ”。そのため、その情報は他には漏れることがなかった。そして、“ゼロ”の正体も。
 扉が開き、星刻が“ゼロ”の私室から出てくる。C.C.はまだ付き添っているのだろう。幹部達の集まるその中に、新しくラクシャータの顔を見つけた星刻が、口を開いた。
「“ゼロ”の乗っていたナイトメアを、私に譲って欲しい」
「何だって?」
 煙管を口から外したラクシャータが、眼を見張る。
「あれは“ゼロ”の専用機だよ。誰かにくれてやる物じゃない」
「いや、言い方が悪かった。“ゼロ”の代わりに、しばらく私があれに乗ろう」
 星刻の提案に、皆が息を呑む。だが、ラクシャータが言った、「乗れるもののいなかった“神虎”」へ乗った男だ。ゼロの専用機である“蜃気楼”に乗るぐらい、大したことではないのかもしれなかった。
 だが、あれは騎士団を束ねる“ゼロ”の象徴であり、また、守りを表す最高峰の機体だ。譲れるものではない。
「彼女に、あれ以上ナイトメアに乗って欲しくない」
「あんた………」
 ラクシャータが言葉を続けようとした時、“ゼロ”の部屋の扉が開き、C.C.が出てくる。
「“ゼロ”はそのことに承諾を出した」
「本当か?」
「ああ」
 扇に一つ頷いて見せ、ただし、と続ける。
「ただし、条件がある」
「何だ?」
「お前の手で、カレンを取り戻してこい。あいつに謝りたいと言うのなら、それを成し遂げてからにしろ」
 そんなことが可能なのか、と誰もが思う中、星刻は口元に不敵な笑みを浮かべた。
「やってみせよう」


 大宦官の失策、及びブリタニア帝国へと嫁ぐ予定であった天子を、テロリストである“黒の騎士団”諸共亡き者にしようとした暴挙、中華連邦に日々生きる民達を蔑ろにする発言、そんな大宦官からの要請を受け、軍を動かしたブリタニア帝国宰相、シュナイゼル・エル・ブリタニアへと、その責を問う文書を書き記した星刻は、それへと他でもない天子の印を戴き、送った。
 そしてそこには、中華連邦を滅びの危機へと晒した大宦官からの要請で引き取った“黒の騎士団”の捕虜の件も、書き記した。
 本来であれば、捕らえた我が国で処断を下すのが道理。その要請があった時点で、既に国の代表としての面目を失った大宦官からの発言、行動、全てが無効である、と。ついては、その際そちらへと渡ってしまった捕虜の処断は、中華連邦へ一任してもらいたい。
 そして、“黒の騎士団”は大宦官達が亡き者にしようとした天子様の命と心をお守り下さり、中華連邦が心一つに団結する機会を与えてくれたのだと、“黒の騎士団”を中華連邦国内では追わぬ旨も、書き記した。
 擁護していると取られても、構いはしなかった。何より、天子様自身が“ゼロ”の言った「心」の話に耳を傾け、また感銘をうけたようであったから。  流石に、たとえお飾りと言われていようと、一国を束ねる長の印が押された文書を、宰相が無視するわけにも行かず、星刻は指定された場所へと、部下を引き連れて紅月カレンの引き取りに赴いた。
 現れたのは、ナイトオブラウンズが三名。他、軍人が幾人か。このような捕虜の受け渡しに宰相自らが出てくることはないと踏んでいたが、予想通り、と拘束服を着せられた紅月カレンの顔色がそう悪くないのを見て、口元に笑みを刷く。
「連れて行け」
 受け渡されたカレンを、まるで見下すように見下ろし、部下へと命ずる。それは、ラウンズの前では不可欠の演技。これから、彼女を刑に処すのだと言う、意思表示。実際は、“ゼロ”へと返すのだったが。
「して、彼女の乗っていた機体は?勿論、それも渡して貰えるのだろう?その旨も、書き記しておいたはず」
 ナイトオブシックスが視線を向けた先に、トラクターが一台。それに乗っていると、短めに呟いたのを確認し、別の部下へそれを輸送するように命じて、星刻はラウンズ三名へと向き直った。
 星刻の側に居るのは、腹心である周香凛と洪古だけだ。だが、何より信頼できる二人がそこにいるのがわかっているため、星刻は一歩、前へと出た。
「ナイトオブセブン」
 名前など、呼ぶ気もなかった。与えられた称号、記号で充分だった。
 一歩、また前へと出、腰に下げている剣へと手をかけ、素早く抜き、駆け寄る。そのまま、首の皮一枚の上で、剣を止めた。
「お前っ!」
 ナイトオブスリーが憤ったように銃を取り出そうとする。その前に、香凛が握っている銃の撃鉄を起こした。
「どちらも動くな」
 厳しく言い放たれる、香凛の声。洪古も、腰に下げている剣へと手を添えている。
「一つ、忠告しておこう」
 睨み付けてくる、緑色の瞳。そのような色に遠慮する必要は、星刻にはなかった。
「もしも、以前のように再び彼女に手を出すような事があれば、何があろうとその命、奪いに行くぞ」
「………」
 片眉が跳ね上がり、不快感を示す。だが、相手も一度手合わせした星刻の力量をわかっているのだろう。動きはしない。
「彼女は、私の妻だ。たとえブリタニアで名高いラウンズといえども、この国にあってはただの余所者。身を慎んでいただこう」
 否も応も必要ない。これは、一方的な宣言だ。もしも、次に土足で踏み躙るようなことがあれば、許しはしない、と言う。
「失礼する」
 剣を納め、背を向ける。ナイトオブスリーが出しかけていた銃をしまい、セブンが悔しそうな表情をしたのを見て、溜飲を下げた星刻は、次の手を考えていた。
 “黒の騎士団”と中華連邦の和睦。そして、共闘。世界全てにとっての脅威となりつつある、神聖ブリタニア帝国を、いかに壊滅させるか、と言う手立てを。








妻宣言、パート2です。
シュナ様に妻宣言したなら、スザクにもしないとね、ってことで。
剣を突きつけての宣言。書いてて星刻かっこいい!とか思っちゃいました。
スザクはこの後、ルルには手が出せなくなります、勿論。
立場がありますし、まさか自分が率先して戦争起こすわけにもいきませんから。
さて、後一話で終わりです。
どうぞ最後までお楽しみ下さい。



2008/7/10初出