宴も酣、そんな最中、大宦官の耳に、城内での変事が伝えられた。だが、瑣末な事、と捨て置かれ、下々の者の死など握り潰せと、宴は盛大に続けられた。 そして、料理も数少なくなり、酒も過ぎ、それぞれが宴の席から立ち上がり、去っていくその中へと一人、男が向かっていた。すれ違う者は、夜闇のせいで、誰一人気づかなかった。 彼の纏う衣服が赤黒く濡れ、その唇が赤く染まっている事を。 そして、それは、彼が愛した女性の流した血なのだと言うことを。 剣を携えた男が、血濡れた姿で宴の過ぎた席に現れた時、そこには既に宴の主役である天子とブリタニアの第一皇子の姿や客の姿はほとんどなく、いるのは大宦官が数名と、それと雑談を交わす第二皇子シュナイゼル、そしてそれを守るように残っている側近やラウンズの姿だけだった。 それを、混乱の起きなかった幸いと呼ぶべきか、否か……… 最初に気づいたのは、大宦官の一人。その喉が引きつった声を出した事に気づいたラウンズの二人、ジノとアーニャが入口を見、驚いたように瞳を見開く。そして、それにつられるようにして振り返った、シュナイゼルも。 挑むような瞳。血に濡れた手が、剣を握っている。鞘から引き抜かれた剣の先が、ゆっくりとその場で唯一振り返らない男―枢木スザクへと向けられた。 「せめて、弁明を聞いてやろう。何故、彼女を殺した?」 低く発せられた声。それに答えるでもなく、平然と前を向いたままのスザクの口元は、動かない。 殺した、と言う穏やかではない言葉に、室内の視線がスザクへ集まる。それでも、スザクは動かない。 「おいおい、お前、一体何?」 ナイトオブスリー、ジノ・ヴァインベルグが果敢にも、男の前に立つ。だが、剣先が一閃し、ジノの衣服の一部を切り裂く。 「どけ。貴様に用はない。用があるのは、枢木スザクだけだ」 「はぁ?」 「もう一度問う。何故、ルルーシュを殺した!!」 ルルーシュ、と言う単語に、シュナイゼルが反応して振り返ると、ジノの肩を掴み、後ろへ下がらせる。 「ルルーシュが、何だと?」 「彼女は殺された。その男に。銃で腹部を、剣で心臓近くを貫かれて!」 「な、に?」 シュナイゼルの顔色が変わり、スザクへと視線が向けられる。 「枢木君、一体、どういうことだ?」 「自分は知りません」 「よくぞ言った!」 抜いた剣を握る手に力を込め、床を蹴る。叩き斬る勢いで振り下ろされた刃を、スザクは交わし、腰に下げていた剣を抜く。 鬩ぎ合う刃の音。目まぐるしく立ち位置の変わる剣戟に、ラウンズの地位を持つジノとアーニャが、感嘆の声をあげる。 「あいつ、スザクと同等に…」 「凄い」 「…いや、スザクが少し、押されてる、か?」 恐らく、技量は同等だろう。だが、気持ちの上で、突然場に入ってきた男の方に、分があった。一体何を考え込んでいるのか、スザクの動きが鈍いように、ジノには思われたのだ。 そして、突きの鋭い一撃で、スザクの握っていた剣が飛び、壁に突き刺さる。 「何故、彼女を殺した?」 剣の切っ先が、スザクの喉元を捉える。そのまま一突きすれば終わるだろうその剣先を、しかし男は静止させた。 答えを、知りたかったのだろう。だが、スザクは答えない。 「っ、貴様っ!」 剣先が、鋭く光を弾き、振り下ろされる。だが、それはスザクの体のどこにも、突き刺さらなかった。 「貴様など、殺す価値もないっ!」 鞘に収められた剣。向けられた背中へと、かちり、と銃口が光る。だが、その銃口から飛び出た弾丸は、男へと辿りつかなかった。 何故なら、間に入った少女がいたから。 少女は銃弾に倒れる…と思われた。だが、長い翠色の髪をなびかせて立ったまま、スザクへ背を向ける。その胸元には確かに紅く、撃たれた血が滲んではいたが。 「黎星刻。私と契約するか?」 「何?」 「力を与えてやろう。王の力を。ルルーシュと同じ、力を。たとえ形は違えど、その本質は同じものだ。世界を、変えたいのだろう?」 誰も、手を出さない。誰も、関わる事は出来ずに、手を差し出す女と、その手を見詰める男を見る。 これは、神の手か、それとも鬼の手か…いや、どちらだとしても、構いはしない……… 差し出されたC.C.の手を、星刻はとった。 力を…守る力を、変革の力を、手に入れるために。 世界は、二分された。中華連邦と、ブリタニア帝国。中華連邦は正式にテロリストであった“黒の騎士団”と手を結び、ブリタニア帝国へと明確な敵対姿勢を打ち出し、領土の拡大へと着手した。 政治を掌握していたはずの大宦官達は失脚し、民間から登用された官僚達が天子の下に辣腕を揮い、変革を成し遂げた中華連邦の勢いは、“黒の騎士団”の軍事的力も借り、飛躍的な最新鋭ナイトメアの開発に成功、軍事面、政治面、文化面他、全てにおいてブリタニアと対等に渡り合っていた。 だが、その影に一人の男の暗躍があったことは、知られていない。決して表に名前も出ず、人知れず忘れ去られていった男のことは。 その男がいなければ、今の中華連邦はなかっただろうとまで言われるが、それは伝説か、それともただの噂なのか、姿を捉えることの出来た者は、一人としていないと言う。 その男の通った後には、屍の道が常に出来たと言う。腕に覚えのある屈強な軍人も、戦略に長けた狡猾な政治家も、誰も彼もがその男の剣の前には無力でしかなく、大人しく頭を垂れるように、死していったと言う。 姿を見た者は、皆死んだ、と。漆黒の衣に身を包み、深紅の返り血を浴びる姿は、まさに修羅だとも噂された。 ふわり、と花の香る季節。筆を取り、そんな噂を思い出しながら窓に目をやると、一人の少女が庭に立ち、凝視していた。 「逢いたいか、あいつに」 ぞんざいな口調、だが温もりの滲むその口調に、男は一つ頷いた。 「なら、連れて行ってやろう、Cの世界へ」 少女が手を差し出す。男は筆を置くと、静かに立ち上がった。風に運ばれて室内へと滑りこんだ花びらが一枚、真っ白な紙の上へと落ちた。 星の瞬く、月の輝く、夜。 一人の男が、影も形もなく、姿を消した。 ![]() 後一話で終了です。 タイトルの径は、“みち”と読んでください。 “殺し”てスザクを葬るのではなく、合法的(?)に戦って勝つ。そのための道を星刻は選んだ、ということで。 戦争で、正々堂々とスザクと渡り合って勝つことが“黒の騎士団”の名を上げる事にも繋がりますしね。 それと、全く星刻には関係ない補足なのですが。 シュナイゼル様は昔も今もルルが好きですが、昔と今では愛し方が違います。今の方が純粋です(笑) 2008/7/10初出 |