*恋、恋*


 小さな足音が近づいてくる。その音を耳に止めた星刻は足を止め、振り返った。
「星刻!」
「天子様」
 見れば、幾人かの女官を従えた天子が、こちらへと走って来る所だった。
 慌てたように、女官の一人が裾を絡げて追いかけてくる。それを見て苦笑し、星刻は膝を折り、天子と目線を合わせた。
「どうかなさいましたか?」
「午前中のお勉強が終わったから」
「なりませんよ、天子様。すぐにご昼食をお取りになっていただいて、午後のお勉強です」
 追いついた女官が、午後の予定を捲くし立てる。それを聞いた天子の眉間が寄り、不満そうに下を向いた。
「毎日お勉強ばかり」
「致し方ありません、天子様。けれど、もしもご都合がよいのでしたら、ご昼食を一緒にどうですか?彼女もきっと喜びます」
「いいの!?」
「天子様さえ、よろしければ」
 女官の米神が動き、眉間に皺が寄るのを無視して、星刻は天子へと提案する。この場合、大抵天子は否とは言わない。まだ幼い少女だ。息抜きも時には、必要だろう。
「行きたい!」
「では、参りましょうか」
 手を繋ごうと腕を伸ばした天子の手を取り、星刻が歩き出す。その後ろで、聞こえよがしに女官が溜息をついたが、無視し、嬉しそうな天子を見下ろす。
 数週間見ない内に、また少し背が伸びただろうかと、まるで父親のような心境で居る事に、星刻は内心で苦笑した。


 小鳥の囀る庭園の中、昼食の準備をしていた下女の一人が、天子の手を引く星刻を見て、手を止めて一歩後ろへと下がった。八角形の屋根の下、朱に塗られた卓の上には、昼食の用意がされている。用意されている椅子の一つ、長椅子に腰掛けて転寝をしている姿を見つけ、星刻は断って天子の手を離す。
「ルルーシュ」
 名前を呼んで軽く肩を揺すれば、睫が震えて、瞼が上がる。
「ああ、寝ていたか………」
 ぼやけた紫色の瞳が、ゆっくりと星刻を捉え、その後ろにいる天子の姿を捉えると、ふわりと微笑んだ。
「これは、天子様」
「具合が、悪いのですか?」
「いいえ。眠くなってばかりなのですよ」
 心配そうに眉尻を下げている天子に、微笑んで大丈夫だと言えば、ほっとしたように胸の前で組んでいた手を解き、歩を進めて近づく。そして、手を伸ばして、ルルーシュの少し膨れた腹に触れた。
「早く、生まれてくるといいのに」
「生まれたら、すぐにも天子様へご報告にあがります」
 星刻が言えば、天子は手を叩く。
「そうしたら、お友達になりたいの」
「お友達、ですか?」
「そう。ずっと、お友達が欲しかったから、ね?いいでしょう?」
 軽く首を傾げ、ルルーシュへと、だめ?と聞く天子に、顔を見合わせた星刻とルルーシュは、頷いた。
「いいですよ。それを、天子様がお望みであれば」
「本当?約束ね!」
 ルルーシュの前へ、小指を出す。その指へと、ルルーシュは同じ様に小指を出し、指きりをした。
 用意が整ったことを下女が知らせ、白磁の茶器へお茶が注がれた。


 重い、と一言言って体を長椅子の上で伸ばしたルルーシュが、星刻を見上げる。既に、天子は午後の勉強のために席を外し、宮へと戻った。
「“黒の騎士団”の状況は?」
「藤堂と扇に任せてある。次はEUだ」
 頭の中で、めまぐるしく作戦を立てているのだろう。空の一点で視線を止めたルルーシュの瞳が、細くなる。
「EUか。あそこは大分手酷くやられていると聞いているが?」
「だからこそ、だよ。足元をすくってやりたいじゃないか」
 不敵な笑みが口元に刷かれる。その表情は、決して腹に子を宿している女性の笑顔には見えない。だが、これこそが彼女なのだろうと、変わらないことに安堵する。
「それで?」
「ん?」
「お前は、本気で“蜃気楼”に乗る気か?」
「君を乗せるわけにはいかない」
「まだ乗れる」
「いずれ乗れなくなる。ならば、今から慣れていた方がいい」
「………お前、体はいいのか?」
「“神虎”に乗らなければ、病状が悪化する事はない。多少の進行はあるかもしれないが、すぐに死ぬ病でもない」
「お前、強情だと言われないか?」
「君も、相当強情だと思うが?既にその話は決着しただろう?」
「そう、だが………」
「私を、心配してくれているのか?」
「なっ…だ、誰がお前の心配なんかっ!」
 顔を背けるルルーシュに、肩を竦めて膝を折り、手を伸ばす。そっと、白い頬に手を添え、少し伸びた黒髪を梳いた。
「君がそう言う表情をするのは、珍しいな」
「う、うるさいっ!離せっ!」
 星刻の手を引き剥がそうと手首を掴むが、逆に頭を引き寄せられる。
「まっ………っ!」
 唇が重ねられ、宥めるように頭を撫でられる。
 離せと、腕を振り上げようとしたが、その手も掴まれ、完全に長椅子の上へと寝そべる形になってしまった。
「どけ!腹が苦しい!」
「………口調だけでも何とかならないか?子供が真似をしたら困るだろう?」
 胎内にいる時から、赤子は音を聞くと言うし、と続けると、憮然とした表情が、星刻を見上げてねめつけた。
「その内、何とかする」
 けれど、きっと直りはしないのだろうな、と、星刻はどこかで諦めてもいた。だが、それでも、彼女がどこへも行かず、ここにいてくれることが何より重要だと、横になっていた体を抱えあげた。
「風が少し冷たい。部屋へ戻ろう」
 相変わらず不機嫌そうな表情をしてはいたが、大人しく腕の中におさまっているルルーシュに微笑み、歩き出した。








星刻、気をつけるところは口調より先にお腹だよ。(苦笑)
勿論、子供が生まれてもルルの口調が女性的になる事はないと思います。
タイトルは“れん、れん”とお読み下さい。可愛い響きを目指しました。
ハッピーエンドを目指した別バージョン、ここで完結です。
こっちが派生だったんですけど、むしろかなりうまくいけたような………??
星刻が好きすぎて困ります。
また、星刻×ルル(♂も♀も)を書きたいな、と思います。機会があれば。
最後までお読みくださった全ての方に、感謝です。



2008/7/13初出