*恋、恋*


 黄昏時の色の中で、細く白い指が、革張りの古めかしい本のページを繰り、物語を紡ぐ。それを、寄りかかるようにして目を閉じて聞いている青年が、一人。
 真っ白な階段に腰掛ける二人には、穏やかで温かな橙色が降り注いでいた。
 白い、空白の頁。物語の終わり。今日はここまで、とページを閉じた手を掴むと、行こう、と楽しげに立ち上がる。
「今日はね、C.C.が来るって言ってたんだ」
「あいつが?何で?」
「何か、新しい契約者を連れてくるってさ」
「新しい契約者?」
「男かな、女かな」
「楽しそうだな、マオ」
「ルルーシュが来るまでは一人だったし、ルルーシュが来てからも本ばっかりで退屈だし」
「本は読んだ方がいいぞ。特にお前のような、脳味噌の中がC.C.の事だらけのような奴は」
「今はそうでもないよ。昔みたいに心の声が聞こえない分、考えることができるからね」
 マオは明るく笑うと、振り返って後ろについてきていた顔を覗き込む。
「ごめんね?ナナリー浚ったり、いじめたりして」
「それはもういい。何度謝ればお前は気が済む?しつこい男は嫌われるぞ」
「えー?ルルーシュに嫌われるのは困るなー」
 困りなどしないくせにと、階段を降りる。
 長い、長い階段。途方もなく、永久に続くかと思われたその階段は、突然ぷつりと途切れ、広いフロアが現れる。
「あ、C.C.!」
 マオが声を上げ、こちらへ向かってくる少女の姿を捉えて手を振る。そのまま駆け出していく姿を、子供だな、などと思いながら見つめ、フロアから一歩踏み出そうとして、足を止めた。
 C.C.の後ろに従っている、背の高い男。最後に見た時と変わらない長い黒髪と、腰に下げた剣。だが、何故、ここに………
 ここは、不可侵の領域。罪人だけが送られる、永久の獄舎。
「星、刻………」
 名前を呟くと、男は穏やかに微笑んだ。


 変わらない姿。死した、その時と。最後に見たのは血に濡れた姿だったが、今は白い衣服に体を包み、あの頃常に身につけていた黒の色とは正反対で、少し驚く。
「久しぶりだな、ルルーシュ」
「な、んで…どうして、お前がっ!」
「私の新しい契約者だ」
「なっ!?お前、何を考えて!!」
 マオが手を握っているC.C.へと顔を向け、ルルーシュは右目だけで睨みつける。左の瞳は、黒い眼帯で覆われていた。
「何、だと?お前が殺されるから悪いんじゃないか」
「っ!?」
「私の願いを叶えてもらおうと思ったのに、私の許可なく勝手に死んでしまって。だから、新しい契約者を選んだ」
「C.C.今日はどのくらいいるの?」
「ああ、しばらくはいるよ。世界も今は安定しているしな。見る物も特になくてつまらん」
「やった!じゃあさ、ルルーシュに本読んでもらおうよ!」
「おい、マオ!何を勝手に決めてる!?」
「だめだ、マオ。今日位、夫婦水入らずにさせてやれ」
「夫婦水入らず?」
 マオが分からない、とでも言うように首を傾げる。その仕草はまるで子供だった。
「ほら、本なら私が読んでやる」
 いつまでも手を握っているマオの手を、逆に握り返したC.C.はマオを促して、階段を上がっていく。
 フロアに残されたルルーシュは、一歩近づいてきた男の顔を、まじまじと見上げた。
 変わらない、何も。穏やかに見えて強い意思を宿した瞳も、長い黒髪も。
「黎、星刻、か?本当に?」
「私以外の、何だと?君は少し、変ったな」
「どう、変わった?」
「そうだな………柔らかく、なった。白い服を着ているからだろうか」
「俺には、似合わない色だろう?」
「いいや、そんなことはないさ」
 穏やかな笑顔の星刻に、だがルルーシュは硬い表情を崩さずに問いかける。
「C.C.と契約をしたのか?」
「ああ」
「何故?」
「力が、欲しかったからだ。守る力を、変える力を。目の前で君に死なれて、私はどこか狂ってしまったらしい」
 手を伸ばし、そっと、短い髪を梳く。指の間からさらさらと零れる柔らかい髪の手触りは、何も変わっていなかった。
「元気そうだ」
「もう、死んでいるんだが?」
「なら、私もそうだろう?」
「死んだのか?」
「もう、あちらに私の居場所はないからな。やるべきことは全て終えた。元々、長くない命だった。十分だ」
 髪を梳いていた手を滑らせて、白い頬へとそえる。
「随分と、待たせてしまったな」
「別に、お前を待っていたわけじゃない」
「そうか」
 苦笑し、一歩、また距離を縮め、白い額に口づけを落とす。
 細い体を引き寄せて抱きしめ、首筋に顔を埋める。
 確かに、目の前にいるのだと、実感できた。この腕の中に、確かにいるのだと。抱きしめる腕に力をこめて、呟いた。
「愛している。ルルーシュ、君を」
 生きていた時には、言えなかった言葉。縛りつけてしまうのではないかと、言い切ることの出来なかった言葉。
 確かに、彼女に惹かれていたのに。立場や、地位や、成さねばならないことが自らをがんじがらめに縛りつけ、律し続けたせいで、心の底からの言葉にならなかった、言の葉。
 恐る恐ると言った風に腕が伸ばされ、広い背中を抱きしめる。
 それだけで、充分だった。
 例え、この世界が夢幻であったとしても、こうして触れ合っていることは、互いの熱を感じられていることは、嘘ではないのだと、信じられたから。
 小さく呟かれた自分の名前に満足して、星刻はルルーシュの頬に手を添えて、そっとその唇に口づけた。








ここで完結です。長い連載でした。
本編でCの世界が出てくる前に書かないと、と思って。
神殿のイメージそのままで書いています。
マオはルルが女だとわかったら懐きそうだな、と思いまして。
そんな奴にばっかり構わないでー!とか言いながら、星刻を引き剥がそうとすると思います(苦笑)
一応、丸く、は収めたかったのでこういう形にしてみました。
柵が消えることで、ようやく言葉を伝えあえる、と言う形をとってみたかったんです。
タイトルは“れん、れん”と読みます。響きが可愛いかな、と思いまして。
初星刻ルルで、不安だらけでしたが、お読みくださった全ての方に、感謝です。



2008/7/13初出