“ゼロ”の正体が、学生で、しかも男のふりをした女性だと言うことを知ってから、黎星刻の周りがにわかに騒がしくなった。 まず、“ゼロ”の取り巻きよろしく付き添っていた親衛隊の紅月カレンが、嫌そうな顔を向けてきた。 「何で、こんな男に………」 と、直接的に言ったわけではないが、明らかに瞳がそう語っており、逆にC.C.は面白そうに口角を上げて、星刻を見上げた。 「政治のできる男は歓迎するぞ」 と、暗に中華連邦の政治力を期待しているような言葉を向けられた。 事実、大宦官の高亥を失ってからの中華連邦の実権は星刻が握っており、その星刻が全面的に協力するとなれば、“黒の騎士団”にとっては、望むべくもない後押しになるだろう。 だからといって……… だからといって、何故自分は今、こんな場所に立っているのかと、目の前に掲げられたアーチの文字を見上げる。 『アッシュフォード学園文化祭』と書かれたそのアーチの下を、学園の女生徒用の制服を着たC.C.が潜る。 「おい、何してる。さっさと来い」 名目は、“ゼロ”=ルルーシュの護衛、とでも言うものか。C.C.曰く、厄介な男がブリタニア本国からやってきているので、その男の動向を見る目的もあるらしい。 男の名前は、枢木スザク。ブリタニア皇帝直属の、ナイト・オブ・ラウンズに所属する、初めての植民地エリアナンバーズからの大抜擢をされた男。 一年前のブラックリベリオン時、“ゼロ”を捕まえた男だった。 まさにお祭り騒ぎの状態の学園の中は、右を見ても左を見ても人ばかりで、中へ入って早速、C.C.は自由気侭に動き回り、星刻とはぐれていた。 別に子供ではないのだから心配する必要もないだろうと、星刻はあえて探すことをせず、枢木スザクを探すことにした。 “ゼロ”を捕まえた男、と言うことは、その正体を知っていると言うことだろう。ならば、その男がこのエリア11へと戻り、この学園へと戻ってきていると言うことは、恐らく………“ゼロ”であるルルーシュを捕らえるためだと考えて、間違いではないだろう。 現在“黒の騎士団”と“ゼロ”は、エリア11の中の治外法権地である中華連邦総領事館の中で庇護されている。ならば、その正体を知る男が、“ゼロ”がルルーシュとして学生をしているこの場所へ来るのは、捕縛する一番確実な方法だろう。星刻が捕らえる側の立場にいたとしても、その方法をとると考えられた。 だが、まだ中華連邦にとっては、“ゼロ”と“黒の騎士団”は、このエリア11から少しずつブリタニアの勢力を追い出し、削っていく足がかりとして、利用する価値があった。こんな所で捕まえられてしまっては、この後の中華連邦の立場にも関わってくる。 ならば、ルルーシュの護衛、と言う名目は、必要だった。 そのためにはまず、この人ごみの中から、ルルーシュを探し出さなければならない。あのC.C.と言う少女は一体何を考えているのかよく分からない所があるため、関わらないことに決めた。 その辺にいる学生を掴まえて話を聞くべきか、と思案していると、校内放送を告げるチャイムが鳴り響く。 迷子や落し物の案内か、と思っていると、怒声が響いた。 『枢木スザク!一体どこほっつき歩いてる!!主役がいないでどうするんだ!とっととステージに来い!それと、リヴァル!五分以内にシャーリーと見回りの交代をしろ!しなかったら、一週間生徒会室の掃除だ!』 ぶつりと切れた放送に、一拍の間をおいて、爆笑の渦が巻き起こる。そこここで、「さすが副会長」「ランペルージだよな」などと、囁かれている。 笑っている生徒の一人を掴まえ、今の放送がどこでされていたのかを聞き出した星刻は、人ごみをぬい、そこへと足を向けた。 白い扉を開くと、幾つかの放送機材に囲まれて、眉間に皺を寄せているルルーシュがいた。 「じゃあ、そっちはシャーリーに頼む。お前はとにかく見回りへ行け、リヴァル。ただでさえ進行が遅れているんだ、もたもたするな」 マイクを切り替え、鋭かった声音が少しだけ和らぐ。 「シャーリー、今リヴァルと連絡がついた。すぐにそちらへ向かわせるから、交代したら、リヴァルがしていた仕事と変わってくれ。………それは俺が何とかする。こっちで操作しておくから」 耳からイヤホンを外し、マイクを外して、深く椅子に凭れ掛かったルルーシュが、一息とばかりに、置いてあった白いカップの中を覗き込み、肩を落とした。その様子を見て、星刻が一つ笑うと、ようやく気づいたのか、椅子が回転してルルーシュが体ごと振り返った。 「………いつからそこにいた?」 「君が怒鳴っているのを聞いて、ここへ来た」 「何をしに学校へ?」 「君の護衛、と言う名目だそうだ。C.C.の提案だよ」 「お前を引っ張り込んだと言うことは、あいつは遊びに行ったな?」 「恐らく」 「他の人間では明らかに顔が日本人だし、カレンは元々この学校にいたから都合が悪い。護衛に適しているのがお前だった、ということか?」 「ついでに、ナイト・オブ・ラウンズが来ていると聞いたから、そちらの顔を拝んでおこうかとね」 「そっちが本命だろうが」 くるりと向き直り、外したマイクを机の上に置き、側にあったパソコンを引き寄せて画面を示す。 「こいつがそうだ」 拡大された画像には、文化祭のステージに立つ男女の生徒が映っている。片方を生徒会長だと言うルルーシュの指が、男の頭を弾くように指差す。 「枢木スザク。ナイト・オブ・セブンか」 「そうだ」 「彼に捕まったのだろう?」 「………あいつは、俺を売ったんだよ、皇帝に。友達だと言いながらな」 ばちりと、電源を落とす。そのまま、流れるように電源を落とした指が、紙幣を財布から出した。 「コーヒーと食べ物を買ってきてくれないか?俺はここを動けない」 「変わりはいないのか?」 「俺は一応、副会長なんだ。監督する立場にある」 「そう言うのは、生徒会長の役目じゃないのか?」 「会長は仕切り屋だ。表に立つ。俺は裏方でいい」 動けないといったルルーシュは、そのままマイクを掴んで、外していたイヤホンをつけ、通話ボタンを押した。 「もうすぐステージの方が終わるから、そうしたらシャーリーはステージの裏へ回ってくれるか?会長を手伝ってくれ。………はは。リヴァルにやらせればいいさ」 男の制服を着て、男の口調で喋る。彼女を女性として扱い、利用しようと言う考えは改めた方がよさそうだと、受け取ってしまった紙幣を見て、星刻は仕方なく、そこを出た。 ![]() 2008/5/10初出 |