*愛、別れ、離れ、苦しむ*


 エリア11にある中華連邦の領事館の中は、あちらこちらで“黒の騎士団”の団員の姿を見ることができるようになった。ブリタニア帝国から目の敵にされている彼らは、ここから出たが最後、捕縛される事だろう。
 一体、次にどのような行動をとろうと考えているのか、そしてそれが、自らの身に危険として降りかからないかを確認するために、黎星刻は、“ゼロ”に提供している部屋の一室へと向かっていた。
 ちょうど、その部屋から一人の女が出てくる。“ゼロ”の右腕的存在として、常に傍らにある少女だった。
「ゼロはいるか?」
「ああ。あまり長居するなよ。疲れているようだからな」
 彼女がゼロとどういう関係にあるのか分からず、一度質してみたことがあった。すると、“共犯者”と言う言葉が返ってきた。一体全体どういう意味か。共にテロ行為を行っていると言う意味で言えば、“黒の騎士団”丸ごとが共犯者だろう。だが、ゼロは彼らを共犯者とは呼ばない。
 扉を押し開き、部屋の中へ入る。余計なものの置いていない部屋の中は閑散としていて、必要最低限、執務の行える机、ソファとテーブル等が置かれていた。
 ゼロが通常人前に出る際に被っている仮面がテーブルの上に置かれ、常に羽織っている黒色のマントが、ソファの肘掛にぞんざいに放られている。
 確かに、この部屋へ幹部以外の人間が入ってくることはないのだろうが、だからといってこれは無防備すぎではないのかと、外部者として唯一だろう、その正体を知る星刻はため息をついた。
 近づけば、マントの半分ほどを体にかけたゼロが、ソファに横たわっていた。
 瞼を閉じているその顔は、まだあどけない少女だ。疲れているようだと言っていたのは本当らしい。眉間に皺を寄せた、苦悶の表情をしている。
 学生としての身分ももつ身としては、テロリストの首謀者との二重生活は、体力的にも精神的にも辛いのだろう。よく、この体で耐えているものだと、感心する。
「んっ………」
 瞼が震え、寝返りを打った体からマントが滑り落ちる。床に左腕が落ち、苦悶に歪んでいた表情が、幾分か和らいだ。
 と思うと、その眦から一筋、涙が零れる。
 零れた涙が、はらはらと白い頬を濡らしていく。その、清らかにも見える姿に、そっと手を伸ばした。
 柔らかい黒い髪に触れる。手触りのよいそれは、極上の絹にも近しい。こんな少女が、まさかブリタニアに反逆を起し、成そうとしているなど、事実目にした星刻ですら、信じがたいところがあった。
 どちらかといえば、守られる側の存在だと。
 ゼロと言う存在ではなく、ルルーシュと言う名の、少女として。
 髪に触れた手を滑らせて頬へ沿え、腰を曲げてその赤い唇へと一つ、口づけを落とす。
 どんな理由をつけようと、惹かれた事実は消せない。その存在の強さに、儚さに。
 あの、ブリタニアの騎士に押さえつけられている姿を見て、助けてやらなければと思った。何とかしなければと。相手に興味が何もなければ、そんな行動はとらないだろう。
 柔らかい、唇だった。
 体を離し、閉じていた瞼を開けると、驚いたように見開かれているルルーシュの瞳とかち合い、平手が飛んできた。甘んじてそれを受ければ、二発目が飛んでくる。流石にそれは手首を掴んで封じる。だが、力強く掴んだ手を弾かれた。
「お前もか!?」
「何?」
「どいつもこいつも、俺を何だと思ってる!!」
 苛立つようにソファの上で立ち上がったルルーシュが、そうすることで自分より背の低くなる星刻を見下ろす。
「お前も、同じか!?兄やスザクと、同じなのか!!」
「何を…」
「そんなに俺の体が欲しいか!?自分勝手な欲望と感情だけを押しつけて、都合のいい時ばかり俺を女扱いする!何なんだ、お前らは!」
 それは、怒鳴っていたが、悲鳴のようにも聞こえた。踏みにじられ、傷つけられた心があげる悲鳴に。
「女の身である自分が悔しいと、母が言っていたことがある。男ならば素直に、武勲だけを賞賛されるものを、と。女の自分は、結局最後の最後に容姿を口にされる、と」
 自嘲するように、乾いた笑いを零したルルーシュが、ソファに座り込む。
「結局、俺も、そこから逃れられないのか………」
「すまなかった。私は君を侮辱したらしい」
「全くだ。ったく、どいつもこいつも………俺は玩具か」
 ぐったりと、背中と頭をソファに預けたルルーシュが、くしゃりと頭を掻く。
 腕を伸ばして、マントと仮面を掴むと、優雅とも言える動作でマントを羽織り、仮面を右腕で抱えた。
「安心しろ。早々に出て行く」
「行動を起すのか?」
「ああ。ナイト・オブ・ラウンズが来るかもしれないが、知らぬ存ぜぬを通せ。それで、お前の身は安泰だ」
「私の心配をしてくれるのか?」
 利用するだけ利用して、捨てると口にしたくせに、存外に情が深いのかと、星刻は微笑んだ。少しの、嘲りを乗せて。それが自嘲なのかどうかは、分からなかったけれど。
「ああ。お前は、いい駒だった。そう。さしずめ、チェスならナイトと言うところか?」
 八方へ動き、駒を飛び越す事も出来る、knight。
「ナイトか…ブリタニアには、騎士の制度があるな。君の騎士は、紅月カレンか?」
「………俺に、騎士はいない。必要ない。守られていい存在では、ないだろう?」
 殺してきた。同郷の者も、イレブンと呼ばれ続ける日本人達も、血族すら。そんな自分が、騎士など持てるわけがない。守られていいわけがない。
 自分はいつか、戦場で散っていく。この胸を深紅の血で染め、命を落とす。血の涙を流そうとも、この身が超常の力に蝕まれようとも、その結末は変わらないだろう。
「邪魔をしたな」
 血濡れの道に相応しいのは、血にまみれた最後だけ。感情を仮面に押し込めて、今は、ただ前へ。
 “男”に、“ゼロ”になった一人の少女が、戦場への道を歩む。それを止める理由も、術も星刻にはない。彼女はもう、決めてしまっている。己の、未来を。
 目の前を翻るマントが、扉の向こうへと消える。
 掴もうと思い伸ばした手の間をすり抜けていった、黒色の衣。それと同時に断ち切られた細く儚い繋がりの糸。
 空のままの手を見つめ、不甲斐ない己への自嘲を乗せて、言葉を吐き出した。
「彼女の笑顔を、見たかったな」
 一度でいい。嘲りも諦めも悲しみも含まない、心から純粋な笑顔を、見てみたかった。
 きっとそれは、美しかったはずだろうに、と。








タイトルは、愛別離苦と言う単語を分解したものです。
黎星刻と女体化ルル。相変わらずな感じですいません。
TURN6でスザク達が領事館に来る前夜、みたいな?
星刻は基本優しい紳士です。スザクと違って(笑)
無理矢理なんて絶対しません。ええ。しませんとも。
で、まだ続きます。まだ大分続きます(どうしましょ)。




2008/5/12初出