叫ぶ自分の声で目を覚ます。 「………ナ、ナリー…」 愛しい妹の名前を、今度は愛しむように声にのせ、呟いた。 じっとりと、全身にかいた汗。張り付いた衣服が気持ち悪く、布団を剥いで足を寝台から下ろす。 心臓の上へ手をあて、ゆっくりと、鼓動が静まるのを待つ。巡る血の脈動が、耳に五月蝿かった。 ゆっくりと腰を上げ、ふらつく足取りでシャワールームへと向かう。 嫌な夢………いや、違う。現実の、繰り返し。事実あったことを、夢で再生し、思い知らされる。 自らの、罪の重さを。 そして、これから、起こる可能性の、あること……… 「そんなことに、させるか!」 決して、血を流させない。あの子にだけは。自分の手がどれだけ汚れようと、どれだけ人殺しの咎を背負おうと、あの子の手だけは、血に染めないと。 汚れるのは、自分だけでいい。 シャワールームへと続くドアに手をかけようとして、ドアノブにかけた手を止める。 中から、水の流れる音がする。そういえば、星刻の姿が室内にない。もしも、シャワーを浴びているのだとしたら、後にした方がいいだろうかと、手を離そうとした。 だが、中から聞こえてくるのは、水の流れる音だけではなかった。それに混じり、苦しげに、咳き込む声。 「星刻」 手を離さず、ドアを開ける。名前を呼べば、洗面台で水を流しながら、咳き込む後姿が、振り返った。 「お前、どこか悪いのか?」 ぐい、と口端にこびりついた赤い血を拭い、苦笑する。 「改革の、代償だ」 「改革?」 「世の中を大きく動かそうとする時には、必ず血が流れる。人民の血、統治者の血、軍人の血…全ての人々が血を流し、涙を流し、世界は変わる。私は、改革者だ。中華連邦を、変えようと願う一人」 「だから、血を流す、と?他者の血ではなく、己の血を?」 「他者の血も、十分に流した。私自身の血も必要だと、そう望まれているのだろう、天に」 「天?」 「ああ。天だ。だが、私はそれで構わないと思っている。己の血を流さぬ者が、改革などできようはずもない」 強い眼差し。鏡の中に映りこみ、後ろにいるルルーシュを睨みつけるような眼光。それは、明日をも知れぬ命の者が持つ、覚悟だった。 「私は遠からず死ぬ。その前に、改革へと足を踏み出す中華連邦が見たい」 「今はまだ、微温湯の中だと?」 「そうだ。天子様を傀儡に力を揮う大宦官達。その形骸化してしまった権力を、天子様自身が揮えるようにこそなれば…」 「俺達が一騒動起してやろうか?」 「何?」 体ごと振り返った星刻に、ルルーシュは片目だけで、笑う。 「中華連邦国内で騒ぎを起してやろう。その時に、大宦官達がどのような処置を下すか…見ものだろう?」 「その処置の仕方次第で、排斥も可能だ、と?」 「そうだ。その命がある内に見たいと言うなら、俺と手を組め」 差し出した手を眺めた星刻が、微笑む。 「君は、優しいな」 「俺は、悪魔だぞ?それでもいいなら、この手を取れ」 「なら、私は鬼神にでもなろうか?」 差し出された手を握り、星刻はルルーシュの頬へと手を滑らせた。 「汗をかいている」 「あ、ああ…嫌な夢を、見ただけだ。気にするな。お前こそ、体は…」 「心配をしてくれるのか?」 星刻の言葉に、ルルーシュは顔を背け、頬に触れている星刻の手から逃れようとした。だが、星刻は腕をルルーシュの背へ回し、まるで縋るように細い体をかき抱く。 「君とは、もっと早く出会いたかったな。こんな形ではなく」 「………バカなことを」 逃れようと身を捩るルルーシュの腕を掴み、動きを封じる。 「おい、星刻!」 「君を、愛したかった」 「なっ…」 「いや………愛し続けたかった。先の無い私などに想われて、さぞ迷惑だろうな」 耳元で落とされる声に、ルルーシュは苛立ったように腕を振り上げ、星刻の頭を叩いた。 「何を、弱気な事を」 「手厳しいな」 「当たり前だ。俺と手を組むなら、泣き言を言うな」 「…そうだな。善処しよう」 本気で怒っているようなルルーシュの様子に、星刻は苦笑しながら、抱きしめている腕に力を込めた。 なくして悪かった、とルルーシュは呟いて目を閉じた。崩れ落ちそうな足取りで、それでも一人で帰ると言った彼女に渡した、水晶の玉を。 この細い体で、どれだけの苦しみに耐えたのか。どれだけの悲しみに唇を噛んだのか。穏やかに見える寝顔に、甘い夢を見てはいけないと分かっていながら、星刻は柔らかく白い頬に手を添える。 いっそ、何の柵もない只人の男と女であったならば、幸せになれる道があっただろうか、などと想う自分の甘さに、苦笑する。 腕の中で身じろぐルルーシュが、苦しげに眉根を寄せる。 嫌な夢を見たと、言っていた。今もまた、見ているのか………眼帯のされていない右の瞳から、一筋、涙が零れた。 「んっ………めん……」 唇が動き、謝る。ごめん、と。すまない、と。幾度も、幾度も。まるで、懺悔するように。 涙を零す瞼に口づけ、首を絞められたようにしか見えない首の痣に口づけ、擦過傷の残る細い手首に口づける。 自分だけではない。世界を変えようと、改革を望む彼女にもまた、未来など、将来などないのかもしれないと、まだ血の味の残る唇を噛む。 それでも、言葉に出来なかった。 真実、愛していると。 死に逝く己に、言葉で心を縛りつける権利など、ないと……… ![]() 女体化ルルは星刻相手だと常に強気に出たい感じだといいと思います。 けど、時々ちょっと弱ったり可愛かったりだといいかと。 思うに、星刻はルルに一目惚れかと。 ルルは、徐々に気になってく感じだといいと思います。 じわじわいきたいと思います、この連載は。 2008/6/3初出 |