*虧盈*


 中華連邦の所有する人工島、名前を蓬莱島と言う。現在は、百万人の日本人が暮らす島となっている。その中には“黒の騎士団”も“ゼロ”も含まれている。だが、暮らす人々全てがそうではない。中には、子供も、赤子も、妊婦もいる。医者も、教師も、大工も、様々な職業を手に持つ者達がいる。
 口が堅そうだと言う理由で選ばれた医師が、扉を開けて出てくる。手には、聴診器を持っている。特に白衣を着ていないのは、用意できなかったからだろうか。
「ゼロの容態は!?」
 扇が立ち上がり、声を上げる。その場にいるのは、藤堂、ラクシャータ、ディートハルト、扇、千葉、朝比奈、カレン、C.C.と言う幹部クラスの者達のみだ。幸い、ゼロの倒れた席に居合わせたのが、彼らだけだった。他に、まだ“ゼロ”が倒れたと言う話は、伝わっていなかった。
 医師の男は、言いにくそうに聴診器を手の中で握り締め、視線を伏せた。その様子を見たC.C.が、立ち上がる。
「言え。ただし、外へ行って決して口外するな。それは、ゼロだけではなく“黒の騎士団”、ひいてはこの蓬莱島事態を崩壊に招くことになるからな」
 脅すようなC.C.の言葉に、医師は一つ大きく呼吸すると、意を決したように口を開いた。
「妊娠、されてらっしゃいます」
「………は?」
 C.C.とカレン以外の全員が、目を丸くし、扇や朝比奈などは口まで開けている。
「妊娠されている、と言ったのです。ゼロは、女性です」
「そのこと、決して外へ漏らすな。お前の心にだけ留めておけ。いいな?」
「分かりました」
 C.C.の言葉に頷くと、医師はそのまま頭を下げて、部屋を出て行く。残された部屋には、沈黙が流れた。誰も彼もが、現状についていけていないような顔をしている。
「カレン、あいつの携帯電話を持って来い」
「はぁ?何で私が!?」
「いいから。お前、こいつらにうまい説明が出来るのか?」
「うっ………」
 渋々、と言った風に立ち上がったカレンが、ゼロの部屋へと消える。それを見送ったC.C.が、未だ信じられないと言う風に驚いている面々を見渡して、溜息をついた。
「男だと、信じていたわけだ。なら、あいつの作戦は成功だな」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!ゼロが、女って…妊娠って………これからどうすんだよ!」
 扇が、まるで泣き声にも似た声をあげる。その横で、朝比奈とラクシャータが頷く。
「どうもしないさ。あいつはこれまでもこれからもゼロであり続けるだろうし、ここにいる人間を守るつもりなんだろうからな」
「だが、しかし、妊娠となれば、今までのように表舞台には立てまい」
 藤堂の言葉に、千葉が頷く。
「おろせと言うか?いや、あいつはおろすと言うかもな。だが、そうはさせないぞ。産ませる」
「ちょっとぉ、何であんたがそんなこと言うの?あんた、あの子の母親?」
 ラクシャータの言葉に、C.C.はにやりと笑う。
「そんなようなものだ。あいつは家族の縁が薄い。一人位、自分と血の繋がった者が側にいても、罪ではないだろうさ。それに、ゼロの正体は誰も知らない。誰が仮面を被ってもいい。中に入っている人間が誰でも構わないのさ。それが真実“ゼロ”であれば、な」
 ゼロとは記号。人々に分かりやすく悪意と善意を顕在化させる者。それ以上でも、以下でもない。そして、それは決して個人にはなりえない。
「C.C.持ってきたけど、勝手に使っていいの?」
「ふん。寝ているあいつが悪い」
 カレンの持ってきた携帯電話を受け取ると、C.C.はどこかへ電話をかけ始める。幾度かのコール音の後、相手が出たようだ。
「悪いが、あいつじゃない。私だ………お前に頼みがある。………ああ、そうだ。あいつのことだ」
 相手は、C.C.の言う“あいつ”がゼロであると言うことを知っている人物なのだろう。そうでなければ、固有名詞を出さずに話が通じるわけがなかった。
「あいつを、預かってくれ。………何故って?あいつの腹の子の父親が、お前の可能性があるからだよ。お前、あいつを抱いただろう?」
 明け透けなC.C.の物言いに、その場にいた全員が固まる。せめてもう少しオブラートに包んで…と呟いたのは、扇だった。
「否やはないはずだぞ。男らしく誠意を見せろ………………お前の都合など知った事か。責任は取れ。追って連絡する」
 眉間に皺を刻んだC.C.は通話を終了させると、持っていた携帯電話をカレンへと放り投げた。落ちる前にそれを拾ったカレンが、責めるような視線をC.C.へ向ける。
「話はつけた。しばらくゼロは私がやろう。作戦は全てあいつが立てればいい。どちらにせよ、天子の婚約の儀は来週だろう?その間にその他諸々は決めればいい」
 C.C.は腰を下ろし、側にあったクッションを抱え込んだ。
「このことは他言無用だぞ。“ゼロ”が女だと言うことも、妊娠して戦線を離脱している、と言うことも。無事に産ませてやれ」
 そのまま目を閉じて外界を遮断してしまったC.C.に反論する者も、意見をする者も、一人もいなかった。
 誰もが、あまりの展開に、頭がついていっていなかった。


 まるで、挑むように視線を向けていた男。名前など知らない。ただ、何故か、行く先々で眼にする男。
「何なんだ、あいつ………」
 中華連邦の総領事館で、学園祭で、そしてこの地で、何故か気に障る。いや、気に障る、などと言うものではない。
「ルルーシュの、何なんだよ」
 彼女は、自分のものだ。男のふりをしていた彼女が女だと分かった瞬間に、欲しいと思った。自分が守ると、そのためなら父の命を奪う事も厭わなかった。そのことでたとえ悪夢を見ようが、苛まれようが、それすら彼女を守った結果なのだと思えば、甘美に思えた。
 だのに………
「許さないよ、ルルーシュ」
 自分を、裏切るなんて。この手を、またも振り払うなんて。
 そう。それならば、いっそのこと、誰の手も届かない場所へ、彼女を捕まえて、そして………








タイトルは「きえい」と読みます。意味は、月が欠けること、丸くなること。
月の満ち欠けのように不安定で動いてゆく…と言う意味を込めて。
勿論、C.C.の電話の相手はあの人です(笑)
C.C.は基本明け透け。オブラートになんて包みません。そして相手の都合も知った事じゃない。
C.C.が産ませてやれと言うのは、脳内会議でマリアンヌ様と決定したからです(笑)
そのネタも入れたかったんですが、長くなりそうだったので、切りました。すみません……
星刻×女体化ルルなのに、星刻出てこなくてすみません………
スザクが不穏な発言を。くろるぎさんは恐ろしい………!





2008/6/16初出