その日の天気予報は、外れた。朝方から昼にかけては抜けるような青空で、それこそ雲一つない秋晴れと言ってもよかった。だが、秋だからこその天気か、夕暮れに差し掛かる頃、俄かに雲が広がり始め、傘を買うべきなのかと思案している内に、降り始めた。その上最悪だったのは、道すがらに傘を売っていそうな店が一店舗もなかったことだ。暫くは閉まっている店先で雨宿りをしていたが、到底止む気配はない。仕方なく、なるべく屋根のある場所を探しながら家路を急いだが、日は完全に傾いている。 小さく舌打ちをしながら、濡れたまま走って角を曲がった時、何かにぶつかった。 「っ!」 弾かれて、その場に倒れ伏す。元々びしょ濡れではあったが、水溜りだったのか、完全に全身が濡れた。 「すまない。大丈夫か?」 上から降って来た男の声に頭を上げ、差し伸べられた手を掴むと、強い力で引き上げられた。 「怪我はしていないか?」 「あ、ああ。大丈夫だ」 外灯に照らされた男の衣服は、見慣れない衣服だった。この国の伝統服でも、この国を支配している国の物でもない。 「ぶしつけですまないが、この辺りで、傘を売っている店はないか?今更なんだが」 「ないな。俺もそれで急いで家へ帰る所だ」 「そうか」 落胆した男は、そのまま、それじゃあ、と言って脇をすり抜けようとした。 「おい」 「ん?」 「何処まで帰る?」 「宿泊しているホテルまでだ」 ここは、住宅街及び学校施設などが並ぶ地区で、ホテルなどの宿泊施設や歓楽街などの観光客向け施設までは、歩いて二十分と言う所だ。走っても、十五分程度はかかる。 「傘を貸してやる。ついてこい」 「え?いいのか?」 「家はすぐそこだ」 そう。もう、眼の前で明るい光を放っている大きな施設………門扉に“アッシュフォード学園”と書かれたその中に、住まっている家があるのだ。 玄関扉を開け、中へ入るように促す。そこへ、独特の機械音が近づいてきた。 「お兄様?」 「ああ。ただいま、ナナリー」 「遅かったので心配しました。濡れませんでしたか?」 「濡れてしまったよ。咲世子さんはまだいるかい?」 「はい。呼んできますね」 車椅子が、遠退いていく。それを見送って振り返ると、連れて来た男が眼を丸くしていた。 「どうした?」 「あ、いや………今の、少女は?」 「妹だ。足が悪くてな。眼も見えていない」 「そうか。すまない。妙なことを聞いて」 「いいや。どうせだ。上がれ」 「え?」 「傘は勿論貸すが、その状態で傘を差しても無意味だろう?乾燥機くらい貸してやる」 「それは、ありがたいが、いいのか?」 「構わない」 そこへ、先程の機械音―車椅子の音―と、もう一つ足音が近づいてきた。 「まあ、ルルーシュ様、ずぶ濡れじゃないですか!それに、お客様ですか?」 「え?」 見えていないナナリーには、ルルーシュの後ろにいる男が分からなかったのだろう。 「ああ。丁度、帰る所でぶつかってな。宿泊しているホテルまで帰ると言うんだが、距離が大分ある。同じくずぶ濡れだから、乾燥機と傘くらいは貸してやれるだろう、と」 「承知致しました。すぐにご用意いたしますね。こちら、タオルです」 「ありがとう、咲世子さん」 渡されたタオルを受け取り、男へ渡す。 「ナナリー、リビングへ行っておいで。着替えたら俺もすぐに行くから」 「はい」 ナナリーの車椅子が消えるのを見届け、男へ上がるように促した。 男が通されたのはシャワールームだった。それも、正直宿泊しているホテルと比べても格段に設えがいい。未成年が二人で暮らすには、不釣合いな施設だ。 だが、折角の好意だ。受け取らない理由はない。雨のせいですっかり体の芯まで冷え切ってしまった体を温めるべく、シャワーを借りる。その間に、備えられていた洗濯機の中へ衣類を入れさせてもらった。 この辺りは、租界の中でも治安のいい方だと聞いている。学校や住宅街が並んでいるのがその証拠だ。特に、此処へ入る時に見えた学校名は、貴族の子息や子女も通う有名校だと聞いている。 「失礼いたします」 女性の声が聞こえ、シャワールームの扉が開く。 「お着物の代わりをご用意いたしました。ご利用下さい」 「何から何まで、申し訳ない」 それでは、という声と共に、シャワールームの扉が閉まり、女性の気配が遠退く。流していた湯を止め、長い髪から滴る水気を軽く振るい落として、脱衣所と浴槽を隔てているカーテンを引くと、そこに用意されていたのは、見たことの無い形状の衣類だった。 「これは………どう、着るんだ?」 それが、浴衣と言う名の衣類であることを男は知らなかった。 着方の分からない衣類を取り合えず羽織るだけ羽織り、洗濯機の中の自身の衣服が乾燥されるのを待つ。 洗濯機が機械的な音をさせて、乾燥が終了したことを告げる。少し皺になっているが、着られないことはない。先程の濡れた状態を思えば、上々だった。 急いで着慣れた衣服へ袖を通し、身支度を整えてシャワールームを出る。その手には、着方の分からなかった衣類と、使用させてもらったタオルを持っていた。 明かりの漏れている部屋を見つけて近づくと、そこは居間なのか、先程の車椅子の少女が兄と共に食事を取っていた。 「食事中、失礼する」 「ああ、終わったか?」 「大変助かった。だが、申し訳ない。今私は手持ちが何もなくて、礼が出来ないのだが」 「気にするな。礼が欲しくてしたわけじゃない」 「お兄様、お優しいから」 にこにこと、眼の見えない少女が笑う。立ち上がった少年が、男の手からタオルと衣類を受け取った。 「着なかったのか?」 「着方が分からなかった」 「何だ、日本人じゃないのか?」 「そう見えたか?」 「ああ。だから、浴衣を用意させたんだ」 「私は、中華連邦の者だ」 「へぇ。観光か?」 「そんなようなものだ」 近づいてきた女性へ、タオルと浴衣を渡して、洗うように頼んだ少年は、男を玄関まで案内した。 「返さなくていいぞ」 言いながら、少年は黒い傘を男へ渡した。受け取った男は、そのまま少年の細い腕を掴み、強く引き、その耳元へ口を近づけた。 「君は、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアか?」 「っ?」 「そして、彼女はナナリー・ヴィ・ブリタニアか?」 「貴様、何者っ、うっ」 「騒がない方がいい。別に、通報しようなどと言う気は更々ない」 少年の口を手で一度押さえて、掴んでいた腕と共に解放する。 「明日にでも、傘を返しに来よう。私の名前は、黎星刻だ」 ![]() ルルーシュがゼロになる前に星刻と面識があったら? が、出発点のルルーシュを幸せにしよう計画です。 なので、最終的にルルーシュが幸せになるはずです。(多分) っていうか、幸せにしたい!星ルルでラブラブが最終目標です。 2018/10/31初出 |