*黒子*


 神聖ブリタニア帝国領、エリア11。かつて日本と呼ばれたその土地で、仮面の男“ゼロ”と彼の旗揚げした“黒の騎士団”により行われた数々の“正義の行い”により、エリア11内は混乱し、混沌の嵐が吹き荒れ、そしてそれはあっけなく、幕を下ろした。
 “黒の騎士団”の首魁“ゼロ”の死亡、と言う神聖ブリタニア帝国側の発表により。そして、数多くの“黒の騎士団”幹部の捕縛から、一年。
 死んだと発表のなされた仮面の男“ゼロ”は姿を現した。そして、それは捕縛されていた“黒の騎士団”幹部の処刑と言う混沌の嵐の、再びの幕開けとなった。
 だが“ゼロ”は誰もが考え付かない方法で捕虜となっていた全ての幹部を解放し、再び神聖ブリタニア帝国へと宣戦を布告し、エリア11は先の見えない戦いの渦中へと叩き込まれた。


 中華連邦総領事館内に、無事に逃げ遂せた“黒の騎士団”幹部及び新たに入団した団員や古参の団員、全ての者達がそれぞれの無事を労い、祝う。神聖ブリタニア帝国の手の届かない、治外法権である総領事館と言う場所においては、今、彼らは自由であった。
 そして、そこへ首魁である“ゼロ”が現れる。相変わらず仮面を被った男は、素顔を見せる気もないようで、幾許かの言葉を団員と交わした後、口を開いた。
「扇、藤堂、四聖剣、カレンはついて来い」
 他の者は休息と、今あるKMFの点検及び整備を行うように命ぜられ、その場は解散となった。
 “ゼロ”は、足音を高く、勝手知ったると言った体で、総領事館の中を迷いなく歩いていく。その中の一番奥の部屋の扉を押し開くと、そこには通信等が出来る大画面や様々な機材、そして机と椅子、ソファなどが用意された、司令室のようにも見える場所だった。
 解放されたばかりの扇、藤堂、そして四聖剣の朝比奈、千葉、卜部、仙波、“ゼロ”の親衛隊長であるカレンが入ってきたことを確認すると、先に室内にいたC.C..が扉へ近づき、鍵をかける。
「いいぞ」
 C.C..が声をかけると、“ゼロ”が仮面に手をかけ、その仮面を、外した。
 全員が息を飲み、仮面の下から出てくる人物の顔を、そしてその真意を知ろうと、前のめりになった。
 出てきたのは、男の顔。端正な、という表現が似合う、しかし日本人でもブリタニア人でもない、髪の長い男。
「やはり、私ではなく君がやった方がよかったのではないか、C.C..?」
「ふん。面倒だ」
 鍵をかけたC.C..は、ソファーに座ると寝転がり、瞼を閉じた。
「お初にお目にかかる。“黒の騎士団”の幹部諸君」
「君、は?」
 扇が口を開き、呆然と男を見る。
「私は、黎星刻。現在、この中華連邦総領事館で代理領事を務めている男だ」
「貴様が、ゼロか?」
 藤堂の言葉に、星刻は苦笑し、肩を竦め、マントを外す。
「まさか。私に“ゼロ”ほどの知略はない。今回のこの騒動は、事前に“ゼロ”が用意していた様々なトラップを、私が利用させてもらっただけだ」
「ならば、本物は何処だ?」
 憤ったように、千葉が声を荒げ、机を叩くが、星刻はそれを無視して、窮屈そうにゼロの上着を脱ぎ、長い髪を結んでいた紐を解くと、手首に巻いた。
「君達を助け出したのは、他でもない。本物の“ゼロ”を助け出すためだ」
「本物の“ゼロ”は今、何処に?」
「ブリタニア」
 藤堂の質問への返答に、全員が驚く。その間にも星刻はゼロの衣装の胸元を寛げた。
「詳しい居場所は現在調査中だ。今日中にも分かる手筈になっている。その後、救出作戦を考える」
「聞きたいことが山ほどあるが、何故中華連邦の人間が、我々に手を貸す?」
「無駄な質問だ、と“ゼロ”なら答えるだろうな。だが、あえて答えるならば、君達が囚われていた一年の間、潜伏していた団員の数名が私の所へ駆け込んできたのが縁だ、とでも言わせて貰おう」
「“ゼロ”から言われていたのさ。最悪の事態になった場合、この男を頼れ、と」
 寝転がったままのC.C..が口を挟み、瞼を押し開ける。
「君は、一体?」
 更なる扇の質問に、呆れたように星刻は溜息をついた。
「現在はこの領事館の代理領事だ。それ故に時間がない。そう遠くない内に正式な領事が赴任する。それまでに“ゼロ”を助け出す」
 それは、その間しか星刻が此処を自由に使えない、ということを示している。その期間が過ぎれば、必然彼らは追い出されるのだ。
「助けてくれたことには感謝してるけど、突然現れて仕切られても、ねぇ」
 朝比奈の言葉に、星刻は鋭い視線を向け、軽く手を振るった。その手、袖の内側から飛び出た道具の先端が、朝比奈の髪の一房を切り落とす。
「黙れ。裏切り者共が」
 かろうじて眼で追えたその道具はいつの間にか星刻の手の中に戻っており、藤堂は目を見張った。
「裏切ったのは“ゼロ”だ!」
 千葉が叫び、星刻に睨まれる。押し留めるように卜部が手を出し、朝比奈も一歩前へ出ようとするのを仙波が止めている。
「落ち着け、黎。お前の憤りは分かるが、仲違いしている場合でないことくらい分かるだろう?こいつらの協力なくして、あいつを助けることなど不可能だ。それから、忠告してやる。黎を怒らすな。こいつが本気になったら、お前達は即座に斬り殺されるぞ」
 C.C..に窘められ、千葉と朝比奈は不機嫌そうに視線を逸らす。
 緊張感の走る室内で、藤堂が一歩前へ出て星刻の正面に立った。
「いいだろう。君の話を聞こう。我々にとっても“ゼロ”が何処かに囚われているというのならば、助け出さねばならないし、最優先事項になる。そうだな、扇?」
「あ、はい」
 “黒の騎士団”を作ったのは“ゼロ”なのだ。その“ゼロ”が、ブラックリベリオンと呼ばれる一年前の蜂起によって行方不明となり、その後ブリタニア側から死亡の報告がなされたが、生き残った騎士団員達は信じなかった。そして、この一年各所に潜伏し、再び叛旗の狼煙を上げる機会を窺っていたのだ。
 幹部は助け出した。後は、本物の“ゼロ”が必要だ。あの知略、戦略、戦術、多くの者の先を読み、敵に打撃を与えることの出来る頭脳が。
「この中で“ゼロ”の仮面の下を知っているのは、C.C..とカレンだけ、と言うことでいいのだな?」
「ああ」
「え?」
 C.C..の頷きに、他の者の疑問符が重なり、カレンへと視線が集まる。一心に視線を浴びたカレンは居心地が悪そうに、視線を逸らした。
 そんな様子に、星刻は溜息をつき、懐から携帯電話を取り出した。
「此処に、ブラックリベリオン時、恐らく最後と思われる“ゼロ”の声が入っている」
「何故!?」
 扇の言葉に、星刻は携帯電話を操作し始める。
「私は“ゼロ”が“ゼロ”となる前から知っていたと言うだけのことだ。まさか“ゼロ”をしていたなど、思いもよらなかった。知ったのは、この通信が届いたその時だ」
 操作し終えた携帯電話を机上に置き、その場に居合わせた面々を見渡し、スピーカーの音量を上げる。
「心して、聞いてくれ」
 扇も、藤堂も、朝比奈も、千葉も、卜部も仙波も、そしてカレンも、呼吸を忘れたかのように小さな携帯電話に視線を注ぐ。
 星刻が、再生ボタンを押した。















2020/2/1初出