*鮮血*


「カレンが、逃げ帰ってくれてよかっただろう?」
「そうだな。俺が殺される場面を見せなくて済む」
「そういう意味じゃない。ああ、さっき仮面を撃った時に少し掠ったかな?血が出てる」
「これから殺す相手に、哀れみか?」
「君を?………殺せたら、どんなにいいか………でも、俺には殺せない」
「ならば、退け。殺す気もないのなら俺の邪魔をするな」
「邪魔をしているつもりはないよ。ただ、君を逃がしたくないだけだ」
「逃がす?」
「そう。君を逃がしたくない。何処へも行かせたくないし、俺から離れるのも許さない」
「は?………何………?」
「何?そうだな。簡単に言うと、俺は君を閉じ込めておきたいんだ。昔、枢木の家の地下には座敷牢、って言うのがあってね。悪いことをすると暫く閉じ込められたりしたんだけど、君には案内しなかったな。あれが残ってれば、あそこに君を閉じ込めておける」
「何のために?」
「君を、俺のものにしたい」
「ふざけるな!人を物扱いするな!」
「もの?違うよ、俺は君を、女の子扱いしたいんだ」
「っ!な、何で、知って………」
「ああ、知ったのは、君に最初に会った時だよ。男にしては細いし、体力もないし、おかしいな、って思った。川で水遊びをしただろう?その時に」
「人の着替えを盗み見てでもいたわけか?悪趣味だな」
「まさか。でも、俺には十分だった」
「十分?」
「俺は、信じてた。君達が来たのは、日本とブリタニアの和平のため。戦争を起こさないため。でも、戦争は起こった。ブリタニアは日本を侵略した。その上、父さんは全面戦争を訴えた」
「そうだったな」
「だから、俺は止めた。戦況は悪化していくばかりなのに、死者は増えていくばかりなのに、戦争を止めようとしない父さんを」
「殺すことで、か?」
「結果的にはそうなった。だから、俺も君と同じ、人殺しだ」
「同じ、か………くだらない感傷だ」
「そうかもしれない。でも、違う」
「違う?」
「俺が父さんを殺したのは、戦争を止めたかったからじゃない。君達を………君を、死なせないためだったんだ」
「どういう、意味だ?」
「あの時、父さんは言ったんだ。君達のどちらかを見せしめに殺せば、ブリタニアは止まるかもしれない、って。皇女より皇子の方が役に立つ。皇子を連れて来い、って」
「お前、まさか………まさか、それが理由で枢木首相を殺したのか!?」
「そうだよ。君が女の子だと知っているのは俺だけだ。なら、俺が守らないと………そう思ったら、ナイフを握ってた」
「それを今、俺に償えとでも言うつもりか?俺が嘘をついていたから、自分は父を殺したのだと?」
「そんなつもりはないよ。それは俺自身が償うべき罪だ。俺は、ただ君を閉じ込めて、何処へも出さず、目の届く所に置いておきたいんだ。だって、君はこんな格好までしてテロリストをしてしまうし、自分の義兄も、義妹も殺して、多くの日本人も殺させた。君は悪人だ。正義なんて、君には欠片もない。だから、これ以上君が罪を重ねる前に、俺が君を捕まえて、閉じ込めておけばいいと思わないかい?」
「ふざけるな。俺はお前に捕まる気はないし、閉じ込められるなど真っ平御免だ!」
「まあ、そうだろうね。ユフィも言っていたよ。君は、一度決めた事は絶対に曲げなかった、って」
「ユフィの名を出せば、俺が動揺するとでも思ったのか?」
「だめか、やっぱり。君達は仲が良かったって聞いたんだけどな」
「古い話を持ち出したところで意味はない」
「仕方ないな………少し痛いかもしれないけど、我慢してね」
「なっ、おい、何をする気だ!」
「え?わからないの?相変わらず鈍いなぁ。セックス」
「ふ、ざけるな!俺はこんなことをしている場合じゃないんだ!」
「ああ。ナナリーが攫われたんだっけ?大丈夫。後で俺が探すよ」
「この、馬鹿がっ!退け!」
「っ!足癖が悪いな。女の子なんだから、もっとお淑やかに出来ないの?」
「離せ、スザク!」
「教えてあげるよ。男と女の差を。どんなに男の振りをしたって、そう振舞ったって、君は女なんだ。自覚させてあげる」
「女、女と五月蝿い!俺は“ゼロ”だ!」
「往生際が悪いな。こんなことで逃げられるとでも………」
「………ぐっ………」
「ルルーシュ!」
「っ………ふっ………ふふ………お前に犯される位なら、死んでやる」
「毒か!?成分は!?」
「お、しえる、もの、か………っ。そん、なにお、かしたけれ、ば、お、れのしたいでも、おか、せ………」
「こんな………こんな逃げ方、許すものか!君は俺の………携帯、電話?」


 からりという音に続く小さな舌打ちと同時に、ぐしゃりと音がし、ぶつりと音が途切れた。
 録音されていた音声を聞き終えた者達の顔色が変わる。
「突然流れてきた声を聞き、私は咄嗟に録音した。だが、恐らく通話がされていたことに気づいた枢木スザクが、この段階で“ゼロ”の携帯電話を破壊した。自ら毒を服した“ゼロ”がこの後どうなったか、居場所が何処かは、現在調査中だ」
 星刻の言葉に答える声は、ない。誰もが沈黙し、どう言葉を発していいものか、模索しているようだった。
 “ゼロ”が女だった。それも、敵であるはずの枢木スザクと、少なくとも親しげに話す程度には知り合いだったということ。そして何より衝撃だったのは………
 神聖ブリタニア帝国の、皇族。
 それが理解できないほど、幹部も馬鹿ではなかった。話の流れ、単語、意味………仮面で顔を隠していたのは、それが理由か。
「この音声を踏まえて、改めて問いたい。君達に“ゼロ”を救出する意志があるかどうかを。神聖ブリタニア帝国の皇女であるはずの女性を再び“黒の騎士団”の首魁として迎える意志があるか、どうか。無論、この話は此処だけの話にしてもらいたい。一般団員にはあまりにも荷が重過ぎるだろうからな」
 星刻の言葉に、扇と藤堂が顔を見合わせ、扇は強く拳を握り締めた。
「救出しよう“ゼロ”を。俺達だけで日本を取り戻せるとは、到底思えない」
 扇の言葉に、カレンが頷く。
「では、交渉成立だ。私がここの権限を有している間に“ゼロ”を取り戻す。その間は私も君達に協力しよう」
 星刻が手元にあるパネルを操作し、外の状況を大画面に映し出す。そこには、未だに“黒の騎士団”幹部を奪われたブリタニア側が、混乱している様子が見て取れた。
「それで、その、黎さん?君と“ゼロ”との関係は?」
 扇が、誰もが聞きづらいと思っていた質問を問いかける。唐突なその問いに、星刻は少し考え込むと、口元に嘲笑を浮かべた。
「知ってもらう必要があるとは思えない」
 星刻にとって、そこまで彼らに明かす必要はない。知ってもらう意味もなかった。
「それから、後程協力者が来る。君達にとっては敵だと思うが、交渉の結果、こちら側についてくれることになった。仲良くしてくれとは言わないが、諍いだけはしないでもらいたい」
 星刻の言葉に、全員が脳内に疑問符を浮かべた。















2020/3/28初出